第202話 からくり兵団!
前回のあらすじ:快進撃を続ける踏越死境軍の前に無数の見呼黒子が立ち塞がる!
※前回に引き続き今回も三人称視点になります
「死をも恐れぬ者どもには命無き無線傀儡がお相手いたしましょう!」
踏越死境軍に荒らされた戦列に生気を帯びない黒子たちが次々と現れる。
「あれは、見呼黒子……!」
人の形をして人ならざる者、自立駆動からくり人形「見呼黒子」。御庭番十六忍衆の人形使い・能面法師が作り出した無線傀儡だ。サシコは旅の途中で幾度かこの人形と対峙しており、御庭番の絡む戦場である以上この人形とまた交戦する可能性はあるだろうと予想していた。しかし、それでも彼らの登場が彼女を驚かせたのは、動員されたその数が予想を遥かに上回っていたからである。
「ニ十……三十……何体いるの!?」
現れた見呼黒子の数はおよそ100体。
今までサシコが会った人形とは違い、胸に固有のナンバリングがない量産型である。彼らの個々の戦力は未知数であるが、それでも六行使いではない一般兵よりは遥かに強く、また生身でない分耐久力も高いのは間違いがない。そして何より人形は死を恐れて逃亡する事がない。概して一体につき一般兵の20倍ほどの戦力があるだろう。
そして、彼らの先頭には指揮官機に相当するワンオフ機体が4機……それぞれ壱、陸、捌、玖の識別ナンバーが胸のプレートに記されている。
量産型とは一線を画す彼らは並の六行使い以上の戦力がある。この人形部隊と反乱軍の通常部隊が戦えば苦戦は必至であり、数、質ともに六行使いの集団である踏越死境軍にも対抗可能な戦力と思われた。
「はっ! 少しは楽しめそうだな!」
「あの特に強そうなのはアタシがやるわ」
「フェフェフェ。そりゃ早いもの勝ちじゃろうて」
死地を求め、戦場を彷徨う踏越死境軍にしても、自分達にも死を感じさせてくれる無慈悲な人形たちの登場は望むところであった。彼らは喜々として100体の人形軍団に挑みかかる。
(アタシは……どう動けば正解か……?)
その様子をやや遠巻きに見ていたサシコはこの混沌とした戦場において自分がどのように振る舞うべきか逡巡した。本来であれば友軍である踏越死境軍に加勢すべきところであるが、サシコは戦場で無軌道な蛮行を繰り返す彼らと肩を並べて戦う事には抵抗があった。また作戦を無視して突出した踏越死境軍の進撃はともかく止まったのであるから、援軍がくるのを待って戦力の再結集後に攻勢にでるのが作戦行動に秩序を取り戻す意味でもベターな選択なのではないか。むしろ、後方から来る援軍にこの戦況を伝えるため一度戦場を離れた方がよいのではないか……様々な考えがサシコの頭を巡る。しかし……
「カァッ!!」
「……!?」
棒立ちで考え込むサシコに量産型見呼黒子の一体が襲いかかる。
「ぐっ!」
サシコは間一髪で見呼黒子が腕から展開させた隠し刀の一撃を剣で防いだ。
「考えてる時間はないかっ!」
ここは戦場である。
ゆっくりと戦況を分析して作戦を考えるフェーズは過ぎ去っているのだ。立ち止まっている暇などはない。事ここに至っては、ただ目の前に迫る脅威を排除することに集中する……それが正しい兵士の在り方なのである。
サシコは改めて自身が選択の余地の少ない死地にいる事を確認し、ただ剣士としての本懐を全うする為、得意の小太刀を構えて敵に向かって駆け出した。
「エイモリア無外流『武蔵風』……"蹴速抜足"!!」
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「総大将! ご報告です!」
「……」
サイタマ軍の本営にて反乱軍討伐を指揮する総大将・燕木哲之慎は無言のまま伝令兵の報告を聞く。
「敵の小部隊が我が軍の第4連隊が布陣する河川敷に奇襲をかけたようでして……渡河地点への進軍に影響が出ております!」
もともとサイタマ軍は渡河部隊と河を迂回する部隊に別れ大規模な包囲殲滅を行う手筈であり、奇しくもこれは反乱軍側の作戦とほぼ同じであったが、兵力の差に大きな隔たりがある事からより重厚かつ広範囲な軍の展開が可能なサイタマ軍に圧倒的有利なのは明白であった。反面、それだけ広くに展開した軍への命令伝達は簡単ではなく、予定通りの行動が取れなかった時の混乱と連携の乱れは反乱軍のそれよりも大きい。それでも部隊ごとに臨機応変の用兵が可能な指揮官がいれば奇襲にも現場レベルで対応し軍全体の作戦行動に影響は及ぼさなかったかもしれないが、今のサイタマ軍にそのような人材は少なく、結果的にサイタマ軍全体の動きを止め、反乱軍に大きく利する事になった。
「現在、同連隊が迎撃中ですが……敵も精兵であるとの事で予想外に苦戦を強いられ、能面法師殿のからくり機動部隊に援軍要請を行ったとの事です」
「そうか」
燕木はそう短く答えるのみであった。
「おそらくは鎮圧も時間の問題かと思いますが……虚をつかれた分、その隙をついて敵軍本隊に行動の自由を許してしまっております。当初の計画にも支障が出ており作戦の修正が必要と思われますが、いかがいたしましょう?」
「……作戦の変更は不要だ」
本来であれば総大将たる燕木はこの火急の事態に対処すべく至急なんらかの指示を出すべきところである。だが、この時燕木から何か具体的な指示が出される事はなかった。
無論、この報告には敵が異能の六行使いであるとの内容はなく、彼我の戦力差を考えれば小部隊の奇襲など多少苦戦したところですぐに制圧可能と判断しても無理からぬ事ではある。しかし、このような無謀な攻撃を行い、かつ数十倍の相手に損害を与えるほどの力を持った小部隊というのが踏越死境軍である事は燕木は既に洞察していた。彼らの戦力が無視出来るものでないのも、彼らの存在がこの戦争の不確定材料になり得る事も燕木は理解していた。それでもなお燕木は秩序を失いつつある戦場に干渉する事をしなかったのである。
「引き続き敵の本隊への監視を続けろ。以上」
「……そ、それだけでよろしいのですか?」
「お前らは余計な事を考える必要はない。言われた通りにだけしていればいい」
「ハッ……失礼しました」
伝令兵は燕木の指示に釈然としない様子であったが、それでも総大将にそう言われれば引き下がる以外にはなく、一礼して本営の帷幕から出ていった。
しかし、彼と同じように燕木の判断に納得しえない者もまだいる。
「師匠」
燕木の横に侍り報告を聞いていた彼の弟子・武佐木小路乃が燕木に問いかける。
「なんだ?」
「この戦いも例の計画の一貫……裏切り者の【統制者】に今キリサキ・カイトを討ち取られては困るのは分かりますばってん、今は不本意ながらアイツを守る為に戦うのも理解できます」
「……」
燕木は弟子の質問を無言で聞く。
「大義の為であれば、邪魔をする村雨太刀守や踏越死境軍とも命を掛けて戦う事にも躊躇はありません。しかし……しかし、此度の戦、本当にそれだけが目的なのですか?」
「……」
コジノはかつて戦争で自身の家族を2度も失っている。
故に目的の為とはいえ戦争をすること自体に苦々しい思いもあるのは事実だが、それ以上に彼女はこの戦いに説明された計画の必然性を超えた違和感のようなものを感じていた。
「ウチは師匠を信じております。しかし、師匠はいつも大事な事を教えて下さらん」
「……」
「師匠の……御庭番の真の目的は一体何なのでしょうか?」
コジノが燕木に対して一連の戦いの裏に隠された真の意図について問いただそうとしたその時……
「報告ー!」
再び伝令兵が帷幕へと駆け込んできた。
「密偵より連絡がありました! 先の奇襲に乗じて敵本隊も我が軍を攻撃せんと渡河をはじめた模様!」
「……敵の総大将は?」
「本隊と共にこちら側へ渡河するとの情報です!」
その報告を聞いた途端、先程まで戦局をどこか他人事のように無表情で聞いていた燕木がニヤリと笑みを浮かべ、愛槍・鳥雷傅を握って立ち上がる。
「そうか……ならば俺も出る!」
燕木は本来の冷徹な戦略家としての表情ではなく一戦士としての表情で、帷幕から足早に前線に向かうべく出立の準備を始めた。もちろん、その目的が敵の大将にして最強の戦力たるガンダブロウを自ら打ち倒すためである事は明白であった。
「師匠!!」
話を遮られなかば無視された様な状態となったコジノは再び燕木に呼びかける。燕木は愛弟子の問いかけに対して、一度立ち止まるとそのまま振り向くことなく彼女の問いに答えた。
「……近々御庭番の欠員を埋める為、候補者を選抜する事となっている。コジノ……俺はそこでお前を新たな御庭番に推薦するつもりだ」
「……!」
「お前の力は既に六行使いとして達人の域にある。足りないのは実績だけだが、それも此度の戦いで戦果を上げれば名実ともに御庭番に相応しいと誰もが認めるだろう」
燕木の回答はコジノの問いに対して直接的な答えにはなっていない。しかし、コジノはその意図するところを理解する事が出来た。
「あとはその時……御庭番の志をお前が受け入れる事ができるかどうかだ」
御庭番の真の目的は力を認められし者にしか明かされない。彼らの秘密を知りたければ実力を示すしかない。そして、その機会は今目の前にある……
「分かりました。では、ウチもお供させて頂きます」
望んだ答えが得られた訳ではなかったが、今の彼女にとってはそれだけ分かれば充分であった。




