第201話 死線の内側!
前回のあらすじ:反乱軍VSサイタマ軍の戦は双方の予期せぬ形で開戦を迎える!
※今回は一貫して三人称視点の回になります
「到着ぅ〜!!」
サイタマ軍10万の大軍が半里(約2km)に渡って展開するアラール川沿岸に一隻の小舟が流れ着く。小舟には十数人の黒衣の集団がぎゅうぎゅうに乗っており、彼らは船から降りると布陣したサイタマ兵の列に向かってゆっくりと歩を進める。
「ん? なんだ?」
兵士たちは突如現れたその集団に注意を向ける。
「あれは敵襲か?」
「いや、敵があんな少人数でくる訳が無いだろ」
「じゃあ何だ? 友軍にも見えんが……現地民か?」
わずか一隻での接岸、近づいてくる中で敵対行動らしい動きがみられない事から兵士たちは彼らに対して特段の臨戦態勢を取る事もなく、自分たちの隊列を横切るようなところまで彼らが進んだ時にようやく一人が彼らに対して臨検を試みた。
「おい! お前たち、我が軍に何か用か?」
先頭をいく大柄な男に質問すると、男は兵士の顔を見やりニヤリと笑う。
「くっくっく……名誉だねぇ。あんた」
「……は?」
「この大戦の記念すべき死者第一号だ」
次の瞬間──男が抜き放った居合の一閃により、臨検にあたった兵士の首は高々と飛ばされた!
そして、事ここに至り、サイタマ軍の兵士たちは自分たちが攻撃を受けているという状況にようやく気付いた。
「うおお!? なんだ!? 敵襲か!?」
「たった十数人で10万の軍のど真ん中に攻め込んできたってのか! 死にたいのかコイツら!?」
兵士たちは動揺する。
自分たちが川を渡り守る反乱軍を攻撃すると聞かされていた事もあり、大幅に数で劣る反乱軍が堂々と川を渡り攻め込んでくるなど夢にも思わなかったのだ。実際、反乱軍は彼らに正面から当たらない為に策を巡らせており、まともな戦術構想を持った将兵ならばこのような愚行を実行したりはしないだろう。
「フェフェフェ……分かってないのお」
慌てて武器を構えて敵の小集団を囲む兵士たち。
黒衣の集団の周囲はまたたく間に何百倍という敵に埋め尽くされた。それは包囲されたというより飲み込まれたという方が正しく、抗戦はおろか身動きすら取る事の難しい状況である。
だが、その絶対絶命の中にあっても黒衣の者たちが動じる事はなく、むしろそうなる事を待ち望んでいたかのように各々が狂喜の笑みを浮かべていた。
「死にたいんじゃないのよアタシらは。死を感じたいの」
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最初に渡河を果たし、踏越死境軍が無断で開戦した戦場にいち早く到着したのはサシコであった。
もともと彼女が率いる1番隊が先行して渡河を行う予定で船舶の準備が出来ていた事、彼女の風行・火行の力を応用し舟の推進力を強化した事がその理由であるが、他の部隊との連携を差し置いてでも早く戦いに身を投じたかったという心理的作用が働いたという側面もあった。
「うっ!? こ……これは……!?」
だが、彼女の葛藤や克己心からくる戦意の高さは、眼前に現れた惨状を前には数段の減退を余儀なくされた。
「ひどい……こんな……」
この世のものとは思えぬ酸鼻を窮めた光景──焼かれ、斬られ、圧し潰されて戦死した兵士たちの亡骸がそこかしこに転がっている。その数は十人、ニ十人いう規模ではない。わずか小一時間の間に奪われた命は数百人以上にのぼる。その目を覆いたくなるような惨事には旅の中で人の死に幾度か触れていたサシコにとっても衝撃的なものであった。彼ら一人一人に家族が友が恋人がいた。彼ら一人一人に感情があり、歴史があり、夢があったのだ。それが一瞬のうちに物言わぬ屍と成り果て、彼らが人として持っていた尊厳も愛されるべき権利も、最初からなかったかのように無造作に野に打ち捨てられている……
サシコは自分自身気づかぬうちに心の底に封印していた戦争への恐怖や嫌悪感が一気に湧いて出るのを自覚した。
しかし、この不愉快さも彼女自身が望んだ結果だ。確認するまでもなく、戦争と大量殺戮は同義であり、それに与する事は当然殺人者の責任を負い、また自分自身が殺される事を許容するという事でもある。
(そうだ……アタシに踏越死境軍の所業を批判する資格はない……それどころか彼らの殺戮を支援し、彼らと同じ事を自ら進んで行わなければならないのだ。これが戦争……これがアタシの選んだ道……!)
サシコは自分が死線の内側にいるのだと理解した。この地では自分を殺す無数の死神の鎌が常に首元をかすめ、また自分自身が誰かにとっての死神となって命を刈り取るのだと。
(今まで太刀守殿もこれを感じながら戦ってきたのかな?)
サシコは戦場に生きる剣士の業の深さを改めて感じつつ、それでも己が責務と胸に誓った志に殉じて戦場を走った。一歩ずつ地獄の底に踏み入るような感覚を覚えつつも、死体と断末魔の道標を頼りに戦いの中心地を目指す。数分後、川沿いの雑木林を抜けた先の平地で踏越死境軍とサイタマ軍が今まさに戦闘を繰り広げているところへと追いついた。
「ぐわああ!」
「ぎゃあっ!」
しかし、それは戦いというよりほぼ一方的な虐殺であった。
「ヌッハッハァ! ヌルい! ヌルいぞ、サイタマ軍! 大陸統一を果たした最強国の兵士とはこんなものか?」
踏越死境軍の巨漢剣士、猪村地備衛が斬り捨てた兵士の亡骸を踏み越えながら叫ぶ。その威嚇に怯えた歩兵たちは次々と後退し、彼の前には無人の野が広がっていった。
「いやいや、地備衛よ。こやつらは雑兵も雑兵。雑魚っぱの足軽部隊じゃ。どこかにもっと強いのが控えておるじゃろうて」
「カワイイ顔したイケメンもいないわ〜、あーん、つまらないの!」
老陰陽術士・紅孩童子と水行使いの大酒飲み・浄江沙湖の二人も眼前の敵を掃討し、先行する猪村に続いて進軍する。
「先輩たち流石っす! オイラも負けてらんねえや!」
新人の如意槍使い、木下特攻斎こと木下孫悟郎も何人かを討ち取り、他の踏越死境軍の狂戦士たちとともに彼らの後背を追っていた。そして……
「……ふふっ」
最後尾で薄笑いを浮かべ彼らの戦いを督戦しているのが、踏越死境軍の実質的なリーダー格・三蔵寺法春……半人半骨の不気味な刺繍を背にした黒衣の死神たちは新たな獲物を求めて戦場の奥へ奥へと突き進んだ。まるでその先に自分たちの帰るべき故郷があるかのごとく……
「ほっほっほ! やってくれましたね!」
しかし、サイタマ軍も彼らに対していつまでもやられっぱなしではなかった。意表を突かれて損害を出したとはいえサイタマ軍もまったくの無能という訳ではない。手練の六行使いと戦う事も当然ながら考慮されており、対策もいくつか準備されていたのだ。
「六行には六行……死を恐れぬ者どもには命無き無線傀儡がお相手いたしましょう!」




