第200話 開戦の狼煙!
前回のあらすじ:サイタマ軍と対峙する反乱軍。開戦直前、司令部に急報が入り……
※一人称視点 サシコ→ガンダブロウ
「どうしたっ!」
息を切らせる伝令兵に隊長の一人が問う。
「じゅ……13番隊が……踏越死境軍の連中が……舟で対岸に渡り、無断で戦端を開いた模様!」
「な、何ィー!?」
伝令兵の報告を言い終えた瞬間、川の向こう岸でズドン!と陰陽術と思われる爆音が鳴り響く。次いで激しい喊声と立ち上る黒煙が認められると陣内に不測の事態への動揺が広がった。
「ちぃ! 狂犬どもめ!」
「作戦は奴らにも伝えておったはずなのに……」
「だから奴らと共闘するなど無理だと言ったのだ!」
どうやら踏越死境軍のやつらは最初から作戦になど従う気はなく、頃合いを見て勝手に戦い始めるつもりだったのね……
敵が河を渡りやすい地点の近くにあえて陣を築き、渡河部隊の上陸を防ぎつつ奇襲部隊が上流から回り込んで背後を討つという当初の計画はこれで使えなくなってしまった。
緻密な計画というのは作戦の実行には不可欠だけど、計画からズレた時の修正が難しくなるという欠点もある。吉備牧薪が立てた戦術案は巧妙で、実際途中まで上手く事態が推移していただけに反乱軍の混乱も大きかったのだ。まして反乱軍は歴戦の兵士たちばかりではない。構成員の過半数を占める一般市民の義勇兵たちに動揺が移れば、指揮系統が乱れ統一された作戦行動ができなくなるかもしれないが……
「狼狽えるな!!」
醜態を晒す幹部たちに太刀守殿が一喝する。
「まだ計画から大きくズレた訳じゃない……こうなれば予定を繰り上げ、作戦を次の段階に進めるだけの事だ!」
そう檄を飛ばすと、阿吽の呼吸で今度は参謀長の吉備牧薪が速やかに次の段階の作戦を説明・指示する。
「聞いての通りよ。第一段階を飛ばしてただちに第二段階の作戦を実行してください。踏越死境軍の連中が奴らを釘付けにしてる間に各隊は川の上流と下流に別れて河を渡り、時差をつけて東西から挟み撃ちに…」
おお……元々第二段階はアタシの部隊が川上から奇襲をかけ、対岸への意識を逸らした後に一挙渡河を行うという計画であった。それを状況に合わせて即座に修正するとは、吉備牧薪も流石ね。
戦では事がすべて予想通りに推移する事はほとんどない……
と、以前に太刀守殿が言っていた事を思い出す。
実際、紅鶴御殿やミヴロでの戦いでの経験でそれは充分に分かっていたけど、万単位の兵士が動員される今回のような戦において最初から計画が狂ってしまった状態で戦いを始めてしまえば、その誤差によって人命がどれほど失われるかは分からない。
しかし、事ここに至っては後戻りもできない。それならば今最善と思う行動を応変かつ迅速に判断し、実行し続ける以外にはないのだ。
……ふと、帷幕を見渡す。緊急事態に戸惑い、慌ただしく陣内を走る幕僚たちの合間から将兵たちに指示を飛ばす太刀守殿の姿が目に入った。そして、彼の方もこちらの視線に気づきアタシと目が合う。
と、その時……
かすかに太刀守殿が口を動かし、アタシに何かを伝えたようとしたように感じた。喧騒の中でその言葉はアタシの耳には届かなかったが……
「任せたぞ」
と、そう言ったように思えた。
……それはアタシの都合のいい幻聴であっただろうか。
いや、本当にそう言っていたとして、アタシの想いを受け入れなかった男に何を頼まれて、喜ぶ道理などはない。ないはずであるが……
……頭を横に振り、不毛な思考を消し去る。
太刀守殿の真意はどうあれ、今のアタシは一軍を率いる将だ。
与えられた責務を全うする事に集中しよう。そして女としてではなく剣士としてのアタシの志に殉じよう。
戦いの果て、剣の道を極めた先の高みへ……
それだけが今、アタシの心を満たす方法なのかもしれない。
そう思った時、あの人との因縁が頭をよぎる。
そうだ……対岸にあの人が……コジノさんがいるかもしれないのだ。
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
「すまんな」
帷幕でサシコと目があった時、俺は思わずそう口走っていた。
いや、謝ったところで彼女の心を満たしてやる事は出来ないのは分かっている。旅に巻き込み、危険な目に何度も合わせた挙げ句にこの戦……そして、俺は俺を慕ってついてきてくれた彼女の愛の告白を拒絶した。
フッ……もはや俺は彼女を都合よく利用していると言われれば、何の反論もできないな。どれだけ恨まれても文句の言えない立場であるが、それでも許しを請おうというのか?まったく、俺はどれだけ卑しい男なのだろうか……
俺はズキズキと痛む右肩をギュッと掴みながらも、戦地へと駆け出すサシコを見送った。今の俺にはそうする事しか出来なかった。
「村雨くん、大丈夫?」
そんな俺の憂いを悟ってかマキが心配そうに声をかけてきた。
「……ああ。何も問題ない」
「それならシャキっとする事ね。総大将がそんな不安そうな顔だと兵士たちも不安になるでしょ。それに……」
そう。今の俺は反乱軍の何万という命を預かる身。個人的な感傷で指揮に影響が出るような事があってはならないのだ。それに……
「戦いの流れが早まった分、アイツが……燕木くんが前線に出てくる時期も早まったでしょう。彼に対抗できるのは村雨くんしかいないんだから、ボサッとしてもられないわよ」
そうだ。燕木……敵軍を率いているのはヤツだ。
サイタマ軍が劣勢になるか、戦局が膠着するかすれば、必ずヤツが出てくる。それまでいくら局地的な勝利を積み重ねようとも、あやつ一人の力で戦況は一気にひっくり返ってしまうやもしれない。だからその時を見計らって俺も前線に出ていき、ヤツを倒すか最低でも拮抗して戦局に影響を及ばされない様にしなければならないのだ。
先の戦い、燕木には踏越死境軍でも太刀打ちできなかった。そして、俺自身も敗北寸前まで追い詰められた。
あの時の俺では燕木には歯がたたなかった。だが、今回は状況が違う。俺の技は他人の六行の呪力がなければ力を発揮しない。前回はヤツと一対一で、ヤツに六行の出力を抑えられた結果、有効な返し技を繰り出す事が出来なかったのだ。しかし、今回の戦場では、踏越死境軍はじめ多くの六行使いが参戦し、否が応にも戦場には六行の残留呪力が漂うことになるだろう。そうなれば前回とは戦いも大きく変わる。
……一対一での決闘の結果にこだわるならば、自力のみでヤツを倒したい。実際、前回の戦いでも踏越死境軍が乱入してきて以降はその戦い方も出来たが、俺自身の矜持がそれを許さなかった。
しかし、今の俺はあの時とは違う。
戦争を勝利に導くため、そして何よりアカネ殿を救うため手段を選ぶつもりはない。
「舟を用意させてくれ……俺も対岸に渡る」




