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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第4章 落日の荒野編(クリバス〜クギ〜)
201/262

第199話 川の流れの如く!(後編)

前回のあらすじ:川を挟み相対する反乱軍とサイタマ軍!今正に戦が始まらんとするこの地で、サシコが思うことは……


※ 一人称視点 サシコ



───────────



─────



──




「サシコ、許してくれ。俺はお前を抱く事はできない」



 乙女の恥じらいをかなぐり捨て、ありのままの姿をさらけ出してまで挑んだ一世一代の告白は太刀守殿からの拒絶の言葉によってあえなく玉砕した。



「……な、何故ですか!? 太刀守殿はアタシの事がお嫌いなのですか!? 太刀守殿にとってアタシは……宮元住蔵子(ミヤモトスミサシコ)は抱く価値も無い女なのでしょうか!?」



 アタシは未練がましく太刀守殿にすがりついたまま、彼を問い詰める。


 意地の悪い質問だ……その答えは分かっているのに。

 太刀守殿はアタシの事を嫌いになったとか、蔑ろににしてるとか……そういう問題ではない事くらい分かっているのに……


 すぐ上にある太刀守殿の顔は見えなかった。でも、その表情が苦渋の決断に歪んでいる事はアタシを抱きとめる手の震えからも分かった。



「そうではない! 俺はお前の事を嫌いに思った事など一度もないのだ! しかし……」



 太刀守殿もまた動揺を隠せないでいる。

 彼もアタシの告白を受け止め、心を砕いているのだ。師として年長者として……そして一人の男して。真っ向から真剣に答えてくれている。

 その言葉に偽りやはぐらかしが無いことは彼と肌を重なり合わせている今、よく分かる。だけど……



「俺はアカネ殿を愛している」



 いっそ太刀守殿がずるい男であればよかった。

 アタシを手籠にして、本心を甘い言葉で取繕う。そんな下心と虚栄心を持った賢しい青年ならアタシはいっそ幸せだった。


 かつて、アタシの村を救ってくれたのがそういう男でも──きっとアタシは好きになる事が出来た。


 でも、アタシが憧れた男は愚直で不器用で、頑迷なまでに強く清らかな意志を持った男だった。



「一人の男として……アカネ殿が心にありながら、別の者の肉体を求める事はできないのだ」



 ……そう。

 太刀守殿は自分の心に嘘をつけない。


 アタシの憧れた人はそういう男なんだ。だからこうなる事は分かっていた。


 それでもアタシは太刀守殿が己を貫いた様に……アタシ自身の心を嘘偽る事なく思いを伝えた。そうするしかなかったのだ。



「……分かりました。いえ、分かっていました…………でも今日は……今日だけは……どうかこのままでいてくれませんか?」



「サシコ……」



「お願いっ……!!」




 太刀守殿はアタシの未練に満ちたワガママを何も言わずに聞き届け、そのまま父親が我が子にするように頭を優しく撫でてくれた。


 アタシは赤ん坊のように泣きじゃくりながら、太刀守殿の腕のぬくもりの中でまどろみ、いつの間にか眠ってしまった。目が覚めた時、もう二度と元の関係には戻れない事を自覚しながらも、その夜、夢の中だけでは幸福な幻想の中に包まれる事が出来た……

 


──



─────



───────────




 あの日以来──アタシと太刀守殿が二人きりになった事はない。


 太刀守殿が反乱軍の総大将を拝命し、アタシも部隊を統率する立場になった事から各々の軍務に多忙を極めた事もその一因だが、それ以上にアタシと太刀守殿の心は交わる事無くすれ違い、二度と再び交じり合う事もない程離れていってしまったからだ。川の流れが逆流し山に帰ることがないのと同じように、アタシたちの関係も元に戻ることは決してない。


 

「サ……宮元住隊長」



 ふいに太刀守殿がアタシに声をかける。



「此度の作戦、上流から船で逆に渡河を行い、敵部隊の背後をつく第一部隊の役割は非常に大きい。勝敗を左右する最重要の任務といって過言ではない……その分危険も伴うが、くれぐれもよろしく頼んだぞ」



 太刀守殿はあくまで上官と部下という立場でアタシに指示をおくる。公の場という事もあり、軍規を守るという意味でもアタシを特別扱いしないよう配慮した側面が強いのだろうけど、そのどこか他人行儀な態度がアタシと太刀守殿の間に開いてしまった距離をより一層と自覚させてくれた。



「……はい。総大将の期待に答えられますよう、微力をつくします」



 アタシは張り裂けそうな胸の内を抑え、あえて一兵士としての解答に徹した。



「うむ」



 太刀守殿もアタシの心の内を知ってか知らずか、短く答えるのみでそれ以上真意が伝わるような言を発することはなかった。



 ……ああ。

 ああ、いっそ早く戦が始まってしまわないものだろうか。


 一度戦場で剣を振るい、敵と戦うことに集中出来ればこんな未練がましい悩みも忘れる事が出来るのに……



「そろそろ敵軍にも動きがある頃合いだ。各部隊の隊長は各々の持ち場に戻り、予定通り配られた武器を装備して戦いの準備を…」



 太刀守殿が散会を命じ、作戦開始に向けた準備が始まろうとしたその時──



「た、大変ですッ!!」



 帷幕の中に入ってきた伝令兵の報が、我々の思惑を越えて事態が急流の流れの如く進んでいる事を知らせてくれた。



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