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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第4章 落日の荒野編(クリバス〜クギ〜)
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第198話 川の流れの如く!(前編)

前回のあらすじ:ガンダブロウは亜空路坊からの打診に応じ、反乱軍の総大将を引き受ける。そして……


※一人称視点 サシコ



 早朝──


 ウラヴァとクギのちょうど中間地点に位置するアラール川は朝焼けを浴びて鮮やかな煌めきを帯び始めていた。


 この時間は九夏三伏の厳しい日差しもまだ控えめで、涼やかな朝霧を受けながら川面に舞う水鳥たちを眺めるのは結構気持ちがいい。冷涼なエイオモリアではこっち程の暑さがなかった代わりに、このような夏の風流を感じる機会も少なかった。土地ごとの風情や景観などを楽しめた事は千里近い遠路を旅してきて良かったと思える事の一つだ。



「はあーっ」



 アタシは川の沿岸の土手で手を横に広げると、目を閉じて十秒かけてゆっくり深呼吸をする。肺を換気して淀んだ空気を吐き出そう。そうする事でこれまでの……そしてこれから起こる暗澹とした出来事への不安を一緒に吐き出してしまえるかもしれない。そんな風に思った。


 しかし、一度目を開ければ一瞬にして現実に引き戻される。否応なしに目に入るその殺伐とした景色──対岸を埋め尽くす10万人の敵兵たちを見れば、数時間後には彼らと戦争をしなければならないという不可避の事態に思いを致さざるをえないのだ。



「宮元住()()! そこにおいででしたか!」 



 背後から声がする。



「そんなところにいては危ないですから、こちらに降りてきて下さい!」



 確かに──直接刃を交えてはいないが、アラール川を挟んでサイタマ軍10万と反乱軍2万5000が布陣するこの地は既に危険な戦場だ。いかに六行使いといえど呪力も纏わずこのように無防備な姿を晒していれば、対岸の敵兵から矢を射られてアッサリ死んでしまうかもしれないわね。


 うふふ。それはそれで諸々の雑念から開放されていっそ楽なのかも……そうなったらあの人も少しはアタシの事を想って心を痛めてくれるかしら?



「宮元住隊長!」



「はいはい」



 アタシは伝令兵の呼びかけに応じると、川の対岸に列を成す大軍勢を一瞥し、土手から降りて自軍の陣地へと戻る。


 それにしても隊長……隊長か。

 やっぱり慣れない響きだなあ。



「総大将殿から招集のご命令です。作戦会議を行うため直ちに帷幕の方にお越しください、との事です」



 この伝令兵の人はきっとどこかの国の軍隊出身なのだろう。隊長扱いされているとはいえ彼の娘ほどの年齢のアタシに対しても、軍人らしい丁寧な口調で話をしてくれた。


 軍の上下関係に年齢は関係ない……とはいえ、見習いしか経験していないアタシにとっていきなり年上のオジサンたちに恭しく接されるのもなんだかこそばゆい。作戦会議というのもいかにも大仰で、アタシなんかが呼ばれて大人たちと意見を言い合うなんてちょっと想像できないけど……



「……分かりました。今いきます」



 でも、アタシも一部隊の隊長を任されたからには、大人たちと同じように振る舞わなければならない。アタシは少し緊張しながらも襟を正し、対岸のサイタマ軍をにらむように布陣する反乱軍の群れの中へと分け入り司令部の帷幕へと向かう。



「反乱軍一番隊隊長・宮元住蔵子(ミヤモトスミサシコ)……それに総大将・村雨岩陀歩郎(ムラサメガンダブロウ)……か」




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 帷幕につくと他の各部隊の隊長たちは集まっており、軍儀用の簡素な机を囲んでいた。皆、この戦いが此度の戦の趨勢を決める重要なものであると強く意識している様で、決戦を前に一様に緊張した面持ちでいた。

 例外は隊長以上の地位で唯一この場に顔を見せていない踏越死境軍(モータルフロント)の三蔵寺と作戦参謀と称して奥に鎮座する吉備牧薪くらいであった。


 アタシが末席に着座してすぐ帷幕の奥から2人の男が姿を現す。

 一人は頭巾で顔を覆った怪しい大男、亜空路坊。そして、もう一人──反乱軍の総大将たる太刀守殿は机の最奥に構えてこちらを一猊する。アタシの姿を目に止め、一瞬視線が合うが、これといってなにか反応を見せるでもなく全員に対して訓示を行う。


 

「……開戦直前の忙しい中お集まり頂き、ご苦労である。報告によれば対岸に布陣する敵の陣形については大方の予想通りであったそうだ。故に作戦はあらかじめ伝えている通りだが、改めて打ち合わせをしておこうと思う……参謀長、説明を」



 参謀長……と呼ばれると、吉備牧薪は普段のお茶らけた様子はなく、将軍とその幕僚という態度で太刀守殿に一礼して応じる。



「はい。まず、敵軍はここより三里東の川幅が狭まった地点に移動し渡河を行うと思われます。本隊は敵の移動に呼応して移動し渡河点を叩いて迎撃する構えを見せます。しかし、これは擬態で、我々が受動的立場である事を印象付けている間に別働隊が…」



 吉備牧薪は淡々と作戦の説明を続ける……


 …………


 ……どうして、こんな事になっているのだろう?


 

 四人でウラヴァを目指して旅をしていたのはつい一ヶ月ほど前の事。それが今はアカネさんが囚われ、どういう訳かアタシたちは反乱軍となってサイタマ共和国と戦争をする事になっている。いや、もともとオウマの見張り塔から脱走したり御庭番を倒したりと反逆者であった事には変わりない……だけど、まさかこのような何万もの人々が命をかける戦に参戦する事になるなんて夢にも思わなかった。


 しかも、アタシは13ある戦闘部隊の一つで隊長を任されている。吉備牧薪は参謀長、太刀守殿に至っては総大将……なんと劇的な変遷だろうか。


 しかし、考えてみればこの状況は以前にアタシが思い描いていた理想の未来図に近いのではないのかしら?

 アタシは剣の道を志し、太刀守殿のお役に立つ為に戦える事を夢見ていた。その為に地元を飛び出し、紅鶴御殿で修行し、黄泉の狭間で寿命を捧げてでも剣の腕を磨いた。その甲斐あって、アタシの剣の腕は太刀守殿に一人前と認められたし、彼の元でその力をいかんなく発揮できる。目指した目標か今実現しつつあるのだ。



 でも……アタシの心に去来しているのは達成感や高揚感の類ではない。胸がポッカリと空いてしまったような……虚無感に近いようなえも言われぬ感情を感じている。



 ふと、あの日の事を思い出す。



 すべてが変わってしまったあの日──

 太刀守殿にアタシの胸の内を告白したあの時の事を。


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