第197話 幕間ロマンス!(後編)
前回のあらすじ:ついにガンダブロウに想いを打ち明けるサシコ。そして彼女は唐突に服を脱ぎ捨て……
「太刀守殿はアタシじゃダメですか?」
そう言って頬を染めながらサシコは俺の眼前に生まれたままの姿を晒す。
年不相応に膨らんだ胸部と剣術の稽古で引き締まった腹部との凹凸はまだあどけなさの残る少女の顔とは不釣り合いな色気を放っていた。艷やかな乳白色の肌の美しさと相まって、一人の男に劣情を催させるには充分過ぎる肉体であった。
俺とて男の端くれ……自分を慕い、求めるように晒されたその無防備な姿に肉体的に欲求を掻き立てられない訳はない。その誘惑は強烈である……だが……
「……落ち着け! お前、今何してるか分かっているのか!?」
俺は理性をもって欲求に抗い、興奮した彼女を沈静化させようと努める。
彼女はまだ幼い。男性と関係を持つのは時期焦燥というものだし、師匠が弟子と淫らな関係になったとなればその上下関係を下心に利用したと批判を受けるだろう。道義的に許される事ではない。
「分かってます! こんな事をしても太刀守殿がお困りになるだけという事……でもアタシは! 自分の心に……嘘はつけない!」
サシコは声を震わせる。
そうだ……俺は以前、彼女にこう言った。
大義や正義など関係ない。俺は心のままに動く。だからサシコも自分の心に従って動けばいい……と。
であればサシコにこのような行動をさせているのはやはり俺のせいか?
俺は彼女の理性のタガをはずし、持て余した感情を自制する機会をなくさせてしまったのか?
だとしたら俺は彼女の望みを叶えてやるのが責任を取ることになるのだろうか……?
「太刀守殿……アタシを……どうかアタシを受け入れて下さい」
サシコはそう言って再び俺の胸にもたれかかる。
「サシコ……」
汗ばんだ素肌の柔らかさと温もりが着物越しに伝わると、理性と欲望の均衡が崩れていくのを感じる……
俺は泣きじゃくりながら震える愛弟子の肩を抱き自分の方に引き寄せた。
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早朝、扉を叩く音に起こされる。
「太刀守殿。ご在室でしょうか」
俺は寝台から起き上がると、まだ眠っているサシコを起こさぬように扉へと移動する。
「なんだ?」
「ハッ。朝早くから申し訳ございません。亜空路坊殿が太刀守殿に至急伝えたい事があるとの事で……これより司令部の方に来て頂けますでしょうか」
急ぎの伝令──
何事か変事でもあったのだろうか。
「……分かった。行こう」
俺はそう言うと、簡単に身支度を済ませてサシコを部屋に残したまま宿舎を出た。
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司令室につくとそこには亜空路坊の他に吾妻榛名、座鞍、そして何故かマキの姿もあったが、他の幹部や各方面軍の司令官たちの姿は見られなかった。
「至急の件と聞いた。何事か」
俺がそう問いかけると亜空路坊が着座したまま低い声で説明を始める。
「この度、間者からもたらされた情報によるとサイタマ軍が正式に我ら反乱軍を討つため10万人の討伐軍を組織しこの砦に攻め込むつもりのようだ」
……サイタマ軍の全面攻勢の報!
「いよいよか!」
これまで俺たち反乱軍はサイタマ共和国内の砦や軍事拠点を攻撃しいくつも陥落させてきた。これだけ派手に反旗を掲げて侵攻しているというのに今までサイタマ軍の対応は緩慢そのもので、守備兵たちがその場限りの抵抗をするばかりで援軍や追討を受ける事はなかった。これは伝統派の有能な指揮官たちを更迭し、無能な恭順派が軍の指揮権を得たことによって軍令が機能不全に陥っている事と、憤激する反乱軍の決起の理由に自分たちの専横がある事がキリサキ・カイトにバレるのを恐れ大々的に軍を動かすことを渋っていたからだと推察出来た。恐らくは彼我の戦力差を考えて場当り的な対応でも早期に鎮圧できると踏んでいたのだろうが、その平和ボケが愚かな判断だとようやく気づいたようだ。
おかげでだいぶサイタマ軍の戦力を削る事ができたのと、こちらも兵員を集めて戦力を補充する時間をかせぐ事が出来たが、まだまだサイタマ軍と反乱軍では戦力に大きな隔たりがあるのも事実。こここらが本当の正念場だ。
「……ええ、いよいよ決戦になります。そこで他の幹部たちに先んじて太刀守殿をお呼びしたのは他でもない。この討伐軍との全面対決に際して我軍の総大将を務めて頂く、その了承をもらう為です」
総大将の再打診……!
ふむ、なるほど。他の幹部たちを呼ばずに俺を呼んだのはその為か。
「亜空路坊殿。その話はお断りしたはずですが」
彼らの狙いは分かる。
亜空路防の言うとおり、来るサイタマ軍との決戦は今までの戦いとは違い此度の反乱の勝敗の帰趨を決定づけるかもしれない程重要なものだ。なにしろ10万の大軍。勝てば反乱軍の正当性を諸国に知らしめる事ができ、戦争を忌避していた市民の支持も得られるようになるかもしれないが、負ければ今まで築いてきた勝利も無駄になり、反乱軍自体が一挙に掃滅させられる可能性もある。
この大一番に臨み、兵士たちの士気を高め結束を強める為にも総大将に太刀守の威名を求めるのは当然だ。
しかし、俺は彼ら兵士の上に立つのは乗り気ではない。彼らの理念に賛同していない俺が彼らの上に立つのは道理に合わないし、彼らの死の責任を取ることも出来ない。そして、何より……再び大きな流れに飲まれ、望まぬ形で自分の立場を後戻りできぬ場所に運ばれてしまうことへの抵抗感が彼らの提案を拒絶させた。
今の俺は何者でもない流浪の者。かつてキリサキ・カイトと戦ったエドンの英雄でも革命の指導者でもない。そもそもアカネ殿を助ける事が叶えば再び旅に戻るつもりだし、過分の地位を得る事は本意ではないのだ。
「……情報によれば討伐軍を率いるのは御庭番十六人衆・燕木哲之慎であるとの事です」
……なっ!?
「燕木が……!」
その時──俺の心の均衡を保っていた天秤に別方向からの重しがのしかかる。
「……太刀守殿にとっては色々と思うところもおありでしょう。しかし、彼が撃って出てくるとあれば、彼に対抗できる者は実力的にも名望的にも貴方しかいないのです」
燕木……先日の戦いで俺はヤツに敗れた。
いや明確な決着がついた訳ではないがあのまま続けていれば俺が負けていたのは疑いない。
奴は言った。
俺が弱くなったと。
剣士としての屈辱感はアカネ殿を奪われた事とは別の意味で俺の心に挫折感を深く刻みこんだ。再び、奴と相対する……しかもより大きな舞台で雌雄を決する。年来の好敵手と相まみえるのにこれ以上の条件はないだろう。
鼓動は早くなり、理性が戦士としての救い難い本能によって薄まっていくのを感じる。
「お義兄様。私からもお願いします」
座鞍もここぞとばかりに嘆願する。
「苦渋の思いは承知の上……しかし、一人でも多くの兵士たちを死なせぬ為にも、お義兄様には燕木殿に対抗して頂きたいのです」
確かに奴が前線に出てくるとなれば、兵の数は関係ない。結局のところヤツを倒せるかどうかが戦局を左右する事になる。
アカネ殿の居場所を探すため御庭番を引きずり出すのは本来の方針でもあるし、総大将同士の一騎打ちでカタをつけられるなら兵の犠牲も少なくなるしそれに越したことはない。
あとは俺自身がヤツに挑む度胸があるか……そして、ヤツを倒すだけの力があるか。それが重要だ。
「いかがですかな? 太刀守殿」
吾妻榛名が静かに俺に問いかける。
ヤツらの……統制者の思惑がどうかは分からない。もしかしたら俺は奴らの争いのために道具として利用されてるだけに過ぎないのかもしれない……
が、しかし。
この機に立ち上がれないのであれば俺はアカネ殿に出会う前の……自分の心を押し殺したままだった頃の俺と一緒だ。
心のままに……そうだ。俺は自分の心に従い、剣を握るのだと決めたはずではないか。燕木を倒し、アカネ殿を取り戻す。求める限り最高の到達点、そこへの最短の道筋が見えているなら、その道をまっすぐ進もうではないか。
そうだ。そこに何を思い悩む必要があるというのか。誰のどんな思惑が介在していようとも何の関係もない。
そう思いを致した時、俺は彼らの打診への答えは自ずと決まっていた。
「分かりました。総大将を引き受けましょう」




