第195話 幕間ロマンス!(前編)
前回のあらすじ:会議が終わり、踏越死境軍に絡まれつつ宿舎に戻るガンダブロウとサシコ……
「もう……何なんですかね、あの人たち!」
宿舎の部屋に戻るとサシコが改めて踏越死境軍の連中に対する不満をぶちまけた。
「ああいう連中もいる。特に戦争では、ああいうのが自然と集まってくるんだ」
無法の戦闘狂集団・踏越死境軍……確かに彼らの異常性は他に類がないが、やつら程ではないにせよ戦争を行えば秩序を省みないならず者たちが一定数混じるのが必定だ。本来国家間の戦争とは政治的な主義主張を相手勢力に認めさせる為の手段であり、単なる略奪や殺戮が目的となればそれはもう人間の戦争ではない。ただ動物が本能のままに暴れているだけである。故にあの様な輩は組織内部の統制で排除しなければならないのだが、いかんせん奴らの戦力は現在の反乱軍では無視し難い。その辺りの調整を上手くやるのが将軍の手腕でもあるのだが、どうも反乱軍の各隊の将は敵を倒す事と自分たちの手柄を得る事にだけ傾注しがちだ。
一応反乱軍の盟主は吾妻榛名だが彼自身が大将として軍を率いる事はなく、現在は反乱軍として集まった主要な反統一派組織の長が各方面軍の指揮を取っている。各方面軍の作戦行動に統一を持たせるためには戦略・軍規を統括する絶対的な存在が必要ではあるのだが……
「そういえば太刀守殿……何故、総大将の打診を断ったのですか?」
「ん? ああ……」
サシコからの質問に答えを濁す。
そう。先程の会議終了後、その指揮系統の統一に不可欠な実戦部隊の「総大将」を俺に任せたいと亜空路坊から密かに打診があった。サイタマ共和国への反攻の象徴として、各隊の将をまとめ上げる旗頭としての格を備えているのは俺しかいないとの事であった。
政治面はさておき戦闘面での指揮官としては吾妻や座鞍では物足りないし、確かに「太刀守」の武名を持つ俺ならば上に立つことを兵たちも納得するだろう。それに軍の最高指揮権を得ればアカネ殿を助ける為の動きもしやすくなる。そう考えれば、亜空路坊の打診を受けるという選択もあった。だが……
「いや……俺は彼らの理念に賛同して軍に参加してる訳じゃないからな。幹部連中に反対されるのがオチさ」
「そうでしょうか……?」
「ああ。そうさ。それに……」
それに……
何というか言葉に出来ないが、こう……成り行きにしても知らず知らずの内にどんどんと事が大きくなってしまっている現状への不安感というか……またしても何者かの陰謀によって袋小路の奥へと誘い込まれているような、そんな漠然とした焦燥が俺を一歩引いた位置に留まらせている。むろん、吾妻榛名や【統制者】、御庭番たちの陰謀が渦巻く中、利用するにせよ排除するにせよ彼らが俺に対しても何らかの思惑を持っているのは間違いない。
問題はその思惑が現状の俺の行動にどう影響を与え、最終的にどう帰結させようとしているかだ。俺の行動が誰を利して、誰を害するのか……あるいはそう深読みする事自体まったくの被害妄想で、単に訪れた遇機を目の前に二の足を踏んでいるだけかもしれない。
いずれにせよ、現状俺の最優先目標はアカネ殿を助け出す事で、その為の最善策ならば誰のどんな思惑にも甘んじて乗るしかないのだが……
「…………それに……なんです?」
「あ、いや! 何でもない!」
考えの根拠が直感に近いものであるので、サシコにこの事は説明できない。頭の中も整理できていないし……とにかく、今は考える時間が欲しい。
「それにしても今日は疲れた。俺はもう休むから、サシコも今日は部屋に戻って休むといい」
俺は寝台に座りながらそう言って話題を逸らし、一人で思考する時間を作る為サシコに退室を勧める。
「……」
しかし、サシコはまだ思うところがあるのか部屋から立ち去ろうとはしなかった。何か言いたげな雰囲気であるが、これといって話を切り出すでもなく部屋の真ん中に立ち尽くし、視線だけ忙しなく動かしていた。
「んん? どうした?」
「……そ、そういえばっ! 呉光さんから孫悟郎に渡すように言われていた手紙……渡しそびれちゃいましたね!」
「……あっ!」
おお……色々な事が起こってすっかり忘れていた。呉光さんが木下特攻斎こと木下孫悟郎にしたためた書簡を預かっていたのだった。
俺は思い出して手紙を寝台の下の荷袋から取り出す。
「こりゃうっかりしていたなあ」
内容は分からないが、孫悟郎を手のかかる孫のように思っていた呉光さんの事だ。口では呆れたような事を言っていたが、手紙にはきっと何か彼の身体を案じるよう言葉が書かれているのだろう。
「だがまあ、またどうせすぐに会う事になるだろうし、その時にでも渡せばいいか」
「……アタシから渡しときますよ! あんな奴に太刀守殿が直接会いに行く必要はないですよ〜!」
「お? そ、そうか……そりゃあ助かるが……」
そういってサシコが俺の横にやってきて寝台に座り込みつつ、俺が手紙を持つ右手に触れる。
しかし、そのまま手紙を受け取るのかと思いきや、彼女はその体勢のまま何故か数秒ほと動かなくなってしまった。
「……サシコ?」
んん?
どうしたというのだ?
サシコのやつ、とこかいつもと様子が違うようだか……
「太刀守殿……あ……あの!」




