第194話 狂犬サロン!
前回のあらすじ:ガンダブロウたちはマガタマの秘密にまた一歩近づく!
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「あっ! お前らは!」
定例会議が終了し、司令部の塔から出て兵舎に向かっていると見覚えのある連中から声がかかった。真夏だというのに漆黒の外套を纏う異様な集団。その背面には半面半骨の威圧的な刺繍……
「踏越死境軍……」
半歩後ろを歩いていたサシコが嫌そうに呟く。
……ちっ。なんとも面倒な連中に出くわしたな。
「あらァ〜! 誰かと思えば、太刀守御一行様じゃないの!」
彼らのうちの一人、きゅうり形の首飾りをした水色の髪の女がこちらに歩み寄る。こやつは確かクギ湿原で燕木と俺の戦いに乱入してきたやつ……
「何の用だ?」
「あ〜冷たーい! 用が無けりゃ、話しかけるなってか? アタシら仲間だろう? なっ?」
やたらと馴れ馴れしい絡み……この感じ、コイツ昼間だというのに酒を飲んでいるな?
「とゆー訳で、お近づきの印に……一杯! どう?」
女は酒がなみなみと注がれた巨大な盃をこちらへと差し出す。
お近づき……か。よく言う。戦場では協調を欠くどころか、敵味方関係なく攻撃しまくる戦闘狂集団と仲良くなるつもりなど毛頭ない。俺はその意思を無言と冷たい視線によって示すと女の方も察したようで差し出した盃を戻して、ふんと嘆息した。
「なにさ。連れないじゃん」
女はそう言って自ら盃をぐぐいと飲み干す。
「フェフェフェ……沙湖嬢や、ちと飲みすぎじゃのォ」
「何よ、いいじゃない。戦いが無い時はお酒くらいしか楽しみがないんだからさ〜、ここ〜」
小柄な老人──コイツも燕木との戦いで乱入したやつだ──にたしなめられても沙湖は省みる様子を見せない。まったく呑気なものだな……彼らの目的は戦そのものであり、反乱軍の悲願が成就するかどうかなど関係ない。そもそも自分自身の命にすらあまり執着しないのであるから、ある意味緊張や心配事とは無縁の究極の自然体でいられる訳だ。その気ままさには呆れを通り越して羨ましいとすら思える。
と、複雑な思いで彼らの奔放な様子を眺めていると集団の中から二人、俺たちに因縁のある二人の男がズズイと前に出てきた。
「太刀守……雑魚どもを倒して随分と粋がってるそうだな?」
男の一人、猪村地備衛が俺に必要以上に近づき、ジロジロとメンチを切ってくる。俺は特に彼の言葉に反応する事はなく視線を逸らす。
「英雄だなんだと祭り上げられていい気になっているのか? 反乱軍の総大将になる事も打診されたんだろ? ヌクク……槍守にやられて這いつくばってた男と同一人物とは思えんなァ」
猪村は更に挑発を続ける。槍守とはこのところ巷で耳にする燕木のあだ名で、太刀守や御珠守の様な正式な称号ではない。クギ湿原での戦いで太刀守たる俺を寄せ付けぬ強さを見せた事が噂になっているらしく、太刀守に匹敵するほどの武芸者という意味で誰かが言い出したものらしいが……
俺はジロリと猪村に視線を向ける。
「……何だ? やるのか?」
猪村は刀の柄にに手を置く。
この男は自身の流派の先達・緋虎青龍斎、阿羅船牛鬼を破った俺を決闘で倒すことに執着しており、今にも剣を抜いて斬りかかってきそうなほどの殺気を放っている。
……が、自分からは仕掛けてこない。反乱軍の砦では私闘に及ぶ事は固く禁じられており、これを破れば追放処分になるし、戦闘中に周りから邪魔も入るだろう。それでもそういった規則や合理性を無視して危険な戦いに及ぶのが踏越死境軍という集団なのだが、意外にも彼らはその取り決めに今のところ大人しく従っている。
今後戦争に参加し続ける方がより彼らを満足させると判断したのかもしれないが……いずれにせよ自分たちから手を出せぬ以上、戦うには相手から手を出されたという大義名分が欲しい。故にこのような見え透いた挑発を仕掛けてきているのであろうが……
「よお、宮元住蔵子!」
俺と猪村が険悪な空気でにらみ合う中、もう一人の因縁の男は俺の横にいるサシコに対して絡みに行く。
「……なによ孫吾郎」
「特攻斎だ! 木下特攻斎!」
一夜の宿で妙な縁が出来てしまった若者、木下特攻斎こと木下孫吾郎。彼のことは成り行きで痛めつけてしまった為、猪村ほどではないにせよ俺たちに対して対抗心を感じている様である。特に俺の命令とはいえ直接叩きのめしたサシコに対しては特別思うところもあるようであった。
「あの兄ちゃん……何とかいう有名な剣士らしいな! 道理で呉光のジイサンのとこで偉そうにしてた訳だ!」
「はぁ?」
孫吾郎は田舎者ゆえか太刀守の称号を知らない様子である。
「だがまあ、所詮は過去の栄光! すぐにオイラの方が強いという事が証明されるだろうけどな!」
「なに? もしかしてアンタも太刀守殿と戦いたい訳?」
孫吾郎は六行使いではない。通常、六行を使えない者は六行使いには敵わない。そもそも孫吾郎は六行の技について知ってさえいない様で、井の中の蛙も甚だしいのだが、その無知さ故に戦場での恐怖や無力感を感じずにいられる様だ。
「そうしたいところだが、アイツには地備衛兄さんがご執心だ。オイラはお前の方で我慢してやるよ」
「はあ〜?」
孫吾郎は背負っていたご自慢の仕込み槍に手をかける。
「ジイサンのとこでは決着をつけられなかったからな」
雪辱と言うならまだしもあれだけボコボコにやられてまだ決着がついていないときたか……ここまでアホだと、逆に痛快さすら感じる。
「ほれほれ。お二人。この砦の中では決闘禁止じゃ」
戦場で無差別に広域陰陽術を乱射していた狂気はどこへやら、老人は意外にも常識のある様子で血気にはやる二人を諌める。今は三蔵寺がいないようだが、彼がいない時のまとめ役はこの老人の仕事のようである。
「ちっ! 宮元住蔵子、首洗って待っとけよ!」
「いずれまた同じ戦場になる事もあるだろう。その時までせいぜい英雄気分でも満喫しているのだな」
猪村と孫吾郎は捨て台詞を吐くと武器から手を離し、後方へと退く。
……ふう。戦力としては反乱軍では突出した存在ではあるが、まったくもって厄介な連中だ。アカネ殿を助け出すには彼らの力も有用だが、いつ噛みつくとも知れない狂犬と同じ砦の中で過ごすのは精神的に疲れる。
「行くぞ。サシコ」
「はい」
俺たちはジロジロとこちらを見る踏越死境軍人だかりの中を突っ切る。
「あら〜、言っちゃうの〜。きゅうりだけでも食べてけばいいのに」
すれ違いざまに沙湖と呼ばれた女が首飾りのきゅうりを齧っている姿を一瞥する。
「それ、食べれたんかい」とどうでもいい好奇心を刺激されながらも、俺たちは自分たちが寝床にしている兵舎へと向かった。




