第193話 マガタマの秘密・第4弾!
前回のあらすじ:吾妻はガンダブロウたちに自身が【統制者】である事を明かす!
「アンタが……【統制者】だと!?」
吾妻が明かした自らの正体……それはにわかには信じ難いものであった。
「ええ。正確には元【統制者】と言った方が正しいかもしれませんが」
「……どういう事だ?」
「【統制者】も決して一枚岩ではありません…………【統制者】の中にも此度の陰謀を良しとしない者もいるのです」
「それがアンタだって言うのか?」
「ええ」
むむむ……これは、どう考えるべきであろうか?
確かに金鹿の残した資料には旧ゲンマ皇国議会の流れを汲む六昴群星は当地の【統制者】と繋がりがある事が示唆されていた。その六昴群星の指導者である吾妻が【統制者】やマガタマについて何らかの情報を握っている可能性が高いとは考えていたし、そもそも反乱軍の砦に来たのはそれが理由だ。
しかし、まさか彼自身が【統制者】であるとは流石に考えもしなかった。
「【統制者】はいつの時代も時の為政者たちを裏で操ってきました。時には口封じの為に人を殺すという事もしてきた……しかし、それはあくまでマガタマの存在を秘匿し、この世界の均衡を保つ為。此度の彼等の陰謀はその範疇を遥かに逸脱しています。だから私は彼らの暴走を止める為、彼らと袂を別ち、彼らに対抗する武力としてこの反乱軍を組織したのです」
吾妻の言うとおり確かに此度の陰謀は今まで歴史の影にいた彼らにしてはひどく強引なやり方だし、権力の掌握という目的も「マガタマの管理」という観点からはやや逸脱しているようにも思える。外部の勢力である御庭番との提携も本来ならばやりたくない事であろうし、そういう意味で【統制者】内部に反対派が生まれるのも理解できなくはないが……
「うーん、流石に……ちょっと嘘くさいわねぇ」
「そ、そうです! いきなりそんな事言われてホイホイ信じられますか!」
マキもサシコも彼の告白を素直に受け入れられないようであった。
まあ、当然といえば当然。何しろ何の確証もない話だ。俺自身、吾妻の話を信じるかどうかは半々といったところである。
「貴方が【統制者】だって何か証明出来るものはないのかしら?」
マキが吾妻に問う。すると吾妻は「いいでしょう」と言って懐から何やら箱を取り出した。
「これをご覧下さい」
吾妻そう言って取り出した箱を丁寧に開ける。箱の中から更に小さな硝子の箱を取り出し、それをこちらに突き出して見せた。硝子の箱は数本の黒い紐で縛られており、その中には碁石ほどの大きさの虹色に光る石が見える…………うおお!? まさかそれは!?
「マガタマ!?」
この硝子越しにも感じるとてつもない圧はマガタマ……なのか?
大きさが少し小振りなせいか金鹿との戦いの際に目にしたマガタマよりはやや力が弱い様な気がしないでもないが……
「 転 移 」
そう吾妻が口にする。その瞬間──
突如として足場が消失する!
「なっ!??」
何の前触れもなく宙に放り出され混乱しながらも、周りを見渡す。
「え……ええっ!?」
「これは……!?」
サシコとマキも俺と同様に自由落下している……司令室の床に仕掛けがあって下に落とされたのか? と思ったが、周囲の景色がそれを否定する。
見渡す限りは雲以外に何もない!
そして眼下に広がる人里や山々……
ここは……空!? それも相当な高度!?
「おっ、おおおおお!?」
今まで反乱軍の砦の一室にいたはずなのに……一体何故!?
……ハッ!
ま、まさか……これがマガタマの力……なのか!?
「 転 移 」
また吾妻の声が聞こえる。
と、またもいきなり視界が変わり、先程の司令室へと戻された。
「ハァ、ハァ…………い、今の空間転移はマガタマの力ね!」
マキがすかさず吾妻を問い詰める。
「その通り。これはマガタマの一つ、ヴィシュニタマの効果によるものです」
やはり……!
これほどの距離を瞬間移動する陰陽術など聞いたこともないが、マガタマの力を持ってするならそれも納得できる。
「これはヴィシュニタマから分離した一欠片に過ぎません。ヴィシュニタマ本体の力であればもっと広範囲を一挙に移転させられますし、距離の制限もありません」
「待って……ヴィシュニタマは何個にも分かれているの!?」
「マガタマが一つの形状をしているというのはあなた方の勝手な思い込みです。マガタマとは不定形で、常にその形を変化させるもの……時には分裂しますし時には溶けて液体となる事もあります」
「むむ……確かに宿った六行の力によって形状を変えるというのは私の仮説通り。ならば、確かに分裂する事も想定しておくべきだったか……」
マキは吾妻の答えに一人うんうんと頷き、納得した様子を見せる。百聞は一見にしかず、と言うがこれほど確かな証明もないだろう。
「一ついいかしら? 今回の反乱軍への協力の条件だけど……」
「ヴィシュニタマの研究でしたら構いませんよ」
「!」
「何でしたらゲンマ皇国領内にある本体もお見せします。もちろん、金鹿や御庭番の様に自己の欲望の為に利用はできませんし、他言無用が条件ですが」
「それで構わないわ!」
マキは座鞍の説明だけでは反乱軍への参加に納得してはいなかった。彼女は人の描く理想では動かない。しかし、マガタマの研究という確かな利益を対価に示され態度は一変。反乱軍への協力を承諾した。
まあ、マキはもともとそれがこの旅に同行する主目的であるし、戦争時代に戻ることへの忌避感はあっても自己の利益を最優先に動くのが彼女の性である。アカネ殿の救出には彼女の力も必要になる事があるだろうし、無理に付き合わせる訳ではないなら俺としてもそれを止める理由はない。
「【統制者】…… それにマガタマ……」
一方サシコは今起こった事態にまだ頭がついていかないらしく呆然とした様子で立ち尽くしていた。マキと違い彼女には【統制者】同士の争いやマガタマの力などは究極的にはどうでもいい。金鹿の時と違いどちらが勝ってもこの世界が滅ぶということもない。むしろ、これ以上巨大な陰謀に巻き込まれて危ない目に合うよりもこの辺りで手を引く方が彼女の身にもいいだろう。
だがサシコの事だ。危険な戦いになるからこそ俺に気を遣って一緒に戦うと言いかねない。俺としてはそれは心苦しいが、かといってここで突き放すのも無責任というものだ。心に従えとは言ったが果たして彼女の真意が一体どこにあるのか……
と、サシコの処遇を考えて逡巡していると……
「空間転移…… ハッ! もしかして!」
サシコは何かに気がついたのかマキと同様、吾妻に質問を投げかけた。
「吾妻さん! そのマガタマの空間転移の力……この世界だけでなく、異世界にも行く事ができるんですか?」
……!
サシコ……まさか……!
「異界ですか……ふむ。試した事はありませんが、伝承には神々はヴィシュニタマを使って鬼門を開き、現世と黄泉を行き来したという記述が確かにあります」
そうだ。その伝承は俺も聞いたことがある。神の黄泉巡り……有名なおとぎ話だ。
その伝承が真実で彼ら六昴群星が所持するヴィシュニタマがその伝承のマガタマという事ならば……アカネ殿が探すマガタマとは恐らくそれだ。
「もし【統制者】と御庭番十六忍衆を倒した暁には……私たちにそのマガタマを使わせてもらえますか?」
「サシコさん。残念ながらそれは……」
吾妻はサシコの質問に首を横に振るが、サシコも持ち前の交渉力で彼に食い下がる。
「この世界に悪影響が出る事はしません! むしろ、この世界を混乱に陥れた現況……帝を元の世界に送り返すのに使うのです」
「……ああ、なるほど。合点がいきました。あなた方が探しているキリサキ・カイトを元の世界に戻す為の手段とはすなわちマガタマの事だったのですね。それでマガタマについて情報を知りたがっていたと……しかし、我ら【統制者】とて、本当に異界への転移が出来るかなど、やり方も分かりませんし本当に出来るか保証も出来ませんよ。それでもよろしいのですか?」
「出来ます! きっと……」
サシコは金色に輝く瞳で吾妻を見つめる。その熱視線に気圧されたのかしばらく思考したのち、吾妻は条件付きで検討する事を告げる。
「ふむ……分かりました。ヴィシュニタマの使用は我らの監視の元という事であれば、考えましょう」
「……ありがとうございます! それなら、アタシも反乱軍に協力します!」
……なんと!
「サシコ!」
「この旅はアカネさんと帝を元の世界に帰らせる為にはじめたものですよね? アカネさんが戻った暁にはどっちみちマガタマの問題を解決させる必要があります。それならこの反乱軍に協力するのは一石二鳥。乗らない手はないですよ」
……その通りだ。アカネ殿が戻り異界へ帰る手段であるマガタマを使用する手筈が整えば、あとはウラヴァに向かいキリサキ・カイトを説得するなりふん縛るなりすれば彼女の目的は達成。北の最果てオウマから続く旅も終わり、戦争の火種は消えて万々歳……しかし、そうなれば当然アカネ殿も元いた世界に戻ることになり、今度こそ彼女とは永遠に離別となる。無論、そんな事は最初から分かっていたし、避けられる事ではない。俺は彼女の目的を達成する為にこの旅に同行しているのだ。そんな事は今更反芻する必要はない。そんな事は分かっている。分かっているのに……
「サシコ……しかしだな」
「アタシはアタシの心のままに動けばいい。そうですよね?」
サシコはキッパリとそう宣言する。
何故、彼女がいきなりアカネ殿の目的達成に意欲を見せたのかは分からない……が、ともかくこうして俺とマキとサシコ全員が反乱軍に協力する事になった。正直俺自身、【統制者】同士の争いに巻き込まれる事は不本意だし、吾妻榛名を完全に信用した訳ではない。彼が最後まで味方でいるという保証はないのだし、場合によっては彼と対決する事も想定しなければならないだろう。しかし、今はこうする他に手立てが思いつかない。運命に翻弄されている事も自覚していながらもアカネ殿という希望の光を辿るには、暗がりの峠道を一歩踏み出すしかないのだ。例えそれが谷底に続く路であっても……




