第17話 招かれざる者!
前回のあらすじ:虹の泉に現れたサシコはガンダブロウに同行を申し出る。難色示すガンダブロウにサシコはタダでは無いと条件を示した。彼女に連れられ草むらを抜けると、そこには……
「ヒヒィーン!」
虹の泉の湖畔に威勢の良い嘶きが響き渡る。
「おおっ……馬!?」
サシコに付いて藪を抜けると、そこには立派な体躯の赤毛の馬が一頭いた。しかも、ご丁寧に幌付きの荷車まであるではないか。
「ふふん、どうです? 立派な馬でしょう? アジトラ号と言って、村一番の名馬なんです」
サシコは誇らしげにそう話す。
「ツガルンゲンの町で馬を探していたと聞ききました……あたしの同行を許してくれれば漏れなくアジトラちゃんも付いてきますよ?」
ぬぐ、何という地元のネットワーク……ものの1日で情報が筒抜けとは。
「あと、ついでに荷台には食料の備蓄や旅に必要な道具も一通り揃ってますよ」
なんという周到さか。そういえばサシコは村の有力者でかなり裕福な家の娘であったな……馬や旅支度を整えるくらいは造作も無いという事なのであろう。
「サシコちゃん、出来るぅ~!」
アカネ殿もすっかり乗せられて、サシコの大盤振る舞いに甘える気満々の様であった。確かにここで馬が手に入るというのはとてつもなく助かる……また、路銀の少ない中、物資の補充が出来るのもありがたい。だが、そのような援助を受けた事がキリサキ・カイトに知られれば、サシコまで反逆罪に問われる可能性も出てくる……俺の勝手に彼女を巻き込む訳にはいかないのだ。
「ねえ、ガンダブロウさん! 彼女も本気の様だし、連れて行ってあげてもいいんじゃないの?」
「いや、しかしだな…」
その時──背後に寒気が走る。
殺意を孕んだ邪悪な冷気……そう、"冷気"だ。
「 " 氷 柱 豆 打 "!! 」
振り返ると大小無数の「氷柱」が飛来してくるのが見えた。
野盗たちが放った矢とは比べられない程の危険度!
「きゃあ!!」
「今度はなに!?」
俺は咄嗟に草薙剣を抜き、被害がアカネ殿とサシコに及ばぬよう氷柱を迎撃する!
「はあッ!!」
攻撃の射角を見極め、剣を刹那に4度振るう!
不意を突かれ多少反応が遅れたものの、かろうじて全弾打ち払う事に成功した。
「えっ、えっ……ええ?」
突然の襲撃にサシコは狼狽している様である。
「また野盗の攻撃ですか?」
アカネ殿は一度襲撃を受けていた事もあってか、しごく冷静に状況確認を俺に促す。
「いや」
今の攻撃は呪力を用いた技である。明らかに手練れの所業。野盗の報復とは考えづらい。とすれば答えは一つだ。
「刺客よ!! コソコソしないで姿を現せ!!」
攻撃者は十中八九、キリサキ・カイトの刺客だ。ここにたどり着けたのは恐らくサシコを尾行したのだろう。迷いなく攻撃してきたのもその証拠である。
俺の呼びかけに応じたのか元々そうするつもりだったのか、技の主たちが木の陰からゆっくりと姿を現した。
「……もぐもぐ。んんー、"氷柱豆打"をかわすたァ、中々やるじゃねえか……もぐもぐ」
「伊達さん……任務中くらいお菓子を食べるのはよしたらどうです?」
「うるせェ、おやつは任務と同じくれェ大事なんだよ。俺ん中ではな」
現れたのは二人組の男である……一人は全身黒ずくめの生気を感じさせない男。顔も目玉が書かれた不気味な頭巾で隠しており表情も読めない。
もう一人は派手な装束に派手な髪型。顔は隈取りの化粧を施し、両眼の色が異なる傾奇者。右手には刀を握り、左手でしきりに菓子を食べていた。
「もぐもぐ……ん!! この林檎入りの菓子旨えな!! ふわりもち……こりゃ、まさに“ふわりもち”だ!!」
右腕には葵紋の腕章。それが意味するところは……
「ふう……さあて、おやつの時間も終わった事だし名乗っておくか。おほん…………あ、そこ行く旅人、御三方ァ! 御控えなすって! 俺の名は伊達我知宗! 泣く子も黙る御庭番十六忍衆が一人でござい!」
やたらと芝居がかった名乗り口上だ。ふざけた態度だが、恐らく先ほどの技の主はこいつ……見た目によらず、油断ならない相手という事である。
「だっ、伊達我知宗!?」
サシコが驚きの声を挙げた。
「サシコちゃん、こいつの事を知っているの?」
「ええ、伊達我知宗……またの名を"ミヤーギュの白眼竜"! 北ジャポネシアの者なら誰もが知っている名てす!」
ミヤーギュ王国はかつて北ジャポネシアにあった大国の名である。
「あの男は北ジャポネシア最強の剣士にして大逆の罪人! 元々は国の英雄だったのが、十年ほど前突如ミヤーギュの王族を殺傷して逃亡……軍の追撃もことごとく返り討ちにし、今まで行方を暗ましていたはずなんですが……」
なるほど。さしずめ逃亡中にその異能に目をつけた御庭番にスカウトされたのであろう。
「おや、随分と有名人なんですね。伊達さん」
「ヘッ、大逆の罪人たァ大げさだな。俺の作った菓子にケチつけた味覚音痴どもをちょっと斬っただけじゃねーか…………んまあ、そんな事より……」
伊達が青と銀の瞳でジロリとこちらを観察する。
「お前の見立てだとどうだ黒子……? 牛騎士のヤツを倒したのは、やっぱりこっちの兄ちゃんか?」
「どうですかねえ……後ろの娘さんもかなりの力を秘めているようですから」
黒装束が慇懃な口調で回答する。一目でアカネ殿の実力を見抜くとは、こいつもただものではあるまい。
「ほぉう! 面白ェな! 娘ってなどっちの方だ? 黒髪の方か? それとも背の低い方か? ……まあ、戦りあってみりゃあ分かるか」
伊達が肩に担いでいた剣を下ろし、一歩二歩と前進を開始した。その顔は心底楽しそうであり、自分の腕への絶対の自信を覗かせた。
「そうはさせんぞ」
俺も伊達の接近にあわせて、アカネ殿とサシコの前に陣取る。
「おう、兄ちゃん。まずはアンタが相手かァ……いいねえ! 女・子供を守るのはサムライの本領だ! 粋だねえ、伊達だねえ……」
迫る御庭番との対決。今まさに戦闘に入ろうかという時、後ろで見ている黒装束が放った言葉は予想外のものであった。
「伊達さん! 戦うのならお気を付けなさい…………その男は村雨岩陀歩郎。かつて"太刀守"の名で呼ばれた伝説の剣士です」




