第187話 熱砂戦線!(前編)
前回のあらすじ:吾妻より御庭番十六忍衆の真の目的を聞かされたガンダブロウ!そして時はひと月程進み……
…………一体どれほど歩いただろうか?
「はあ、はあ……」
かんかん照りの空からは容赦なく日射が降り注ぎ、熱した鉄板のような大地からは熱気が立ち昇る。ゆらゆらと揺らめく蜃気楼の砂景色は何時間と代わり映え無く、いつ終わるとも知らぬ無限地獄の道なき道を歩き続けるのは体力的にも精神的にも厳しいものがあった。
まぶたを伝う大粒の汗を拭うと、水筒から残りわずかの水を口に含んだ。
「はあ、はあ……」
太陽の位置からするともうすぐ正午か……日が昇り切る前には到着したかったが、あまりの暑さに馬が斃れてしまった事や持たされた地図の曖昧さもあって予定の行程を大幅に遅れてしまったな。
「た、太刀守殿。ま、まだつかぬのですか」
名刀・天羽々切を杖がわりにかろうじて前進するサシコは、ぐったりとした様子でそう問うてくる。
北ジャポネシアの涼しい地域に生まれ育った彼女にとってはこの暑さは相当に堪えるのであろう。
「……もうすぐのはずだ」
俺はそう短く返答する。が、俺自身もはや今どの辺りを彷徨っているかさえ分からなくなってきていた。呪力による身体機能の底上げで何とか立っていられるが、それもあと一時間ほどで限界だろう。
むむぅ……ヤフカ砂漠……まさかここまでの難所とはな……
サイタミニカの夏の酷暑は有名だ。
特にゲンマ皇国との国境に近い北部のヤフカ砂漠はジャポネシア屈指の熱帯地域で乾季の日中は周辺の住民すら滅多に近寄る事はない。一般人よりも遥かに悪環境への耐性がある六行使いですら一日と生命を維持出来ないとも言われる灼熱地獄である。そんな場所を真夏の真っ昼間に歩き回るなど酔狂も極まれりというものであるが……
「うう……こんな事なら援軍なんて断ればよかった……」
「そうはいかんさ。反乱軍に参加した以上は、命じられれば従うのが道理だ。少なくとも利害が一致しているうちはな……」
そう。俺たちは先だって反乱軍に参加を表明した。
アカネ殿を救い出すまで、という限定条件付きだが望んで軍に所属した以上は軍律に従うのが兵士の義務というものである。命じられればどんな危険な場所にも赴いて戦わなければならない。
だからサイタマ軍の砦攻略に手間取る友軍を助ける為に砂漠を突っ切って援軍に向かえと言われればその通りに動くだけだ。ましてやその砦がアカネ殿が囚われているかもしれないという御庭番十六忍衆の拠点の一つであるというのだから、無理を押しても行く価値はあるというもの…………っと。
「ようやく見えてきたな」
蜃気楼の向こうに──砂上の楼閣でなければだが──目的の砦がようやく見えてきた。荒野にそびえる何とも歪な建造物……捻れた木製の柱が何本も天に向かって伸び、それらがまるで渦のように連なり城壁を形成する。堅牢さだけでなく、曲線が織りなす前衛的な建築の美しさでも名高いサイタミニカの名城……そうかあれが……
「あれが要塞マクガイヤか」
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「太刀守殿! サシコ殿! お待ちしておりましたぞ!」
反乱軍の本陣に到着すると、帷幕ではマクガイヤ攻略軍の指揮官である壇戸さんが俺たちを迎えてくれた。
「わざわざお二人にこんな所にまで足を運んで頂く事になるとは……いやはや面目次第もない!」
……よく言う。
一夜で城が落ちないと見るや手持ちの兵士でロクに攻城戦をせぬまま、即座に俺たちに助けを求めておいてこの言い草……まあ、彼からの伝令の内容が真実であれば英断であるとも言えるが。
「して、戦況は?」
俺とサシコは涼を取りつつひとまず彼に戦いの推移の報告を聞く。
「状況はあまり変わっておりません。先日の伝令の通り、城壁の上に強力な六行使いの部隊が配置されておりまして攻城兵を近づかせないのです。その後いくつかの策を講じ包囲網は維持しているのですが、戦況は膠着したまま今一つ決定打を欠くという状況でして……」
ふむ。つまりは攻めあぐねているという事だな。
いくつも策を講じたというのも果たして本当かどうか……
まあ、ただでさえ守備側が有利な攻城戦で六行使いが複数いるのであれば攻め手がなくなるのも無理はない。そういう意味では兵を無駄に突撃させて死なせるよりは何もしないだけでマシであるし、並の六行使いならば俺とサシコの二人が来ればおそらく対処は可能である。問題はその相手の六行使いが並かそうでないかという点だ。
「その部隊に御庭番十六忍衆はいるのですか?」
俺の聞きたかった事をサシコが先に質問する。
「分かりません。なにぶん、城壁に近付く事も難しいものでして」
通常、御庭番十六忍衆は葵紋があしらわれた銀の腕章をしている。近くまで行けばその有無を確認する事はできるだろう。御庭番がいるのならそこを直近で根城に使っていたという証であり、アカネ殿がいる可能性も高まる。仮にそこにいなかったとしてもその御庭番を捕らえて彼女の居場所を吐かせるなり、捕虜交換の交渉材料に使うなりアカネ殿の救出の足がかりになる。
反乱軍に加わってからおよそひと月。既にいくつか御庭番十六忍衆の根城として当たりをつけていた砦や拠点を落としてはいるが、今のところは全て空振り。御庭番十六忍衆の姿を確認する事も出来ていなかった。
「太刀守殿……」
「……うむ。確認してみる価値はあるな」




