第186話 隠者たちの野望!
前回のあらすじ:アカネを救う為、反乱軍との共闘を決意したガンダブロウ。そこに現れたのは……
「……吾妻」
振り返るとそこには金色の長髪に深緑色の瞳をした貴族然とした優男が立っていた。
いつからそこに居たのか、また今までどこに居たのか。本拠地たる砦を襲撃され、陥落寸前まで追い詰められた敗軍の将とは思えぬほど悠然とした態度で──反乱軍の盟主・吾妻榛名は俺たちの前に姿を現した。
「ふふふ。戦う理由は人それぞれ。貴方がどんな思いであれ、同じ敵と戦うのであれば我々は同志という事です。同志の為なら我々は協力を惜しみません……亜空路坊」
吾妻がそう呼ぶと彼の後ろかもう一人、音もなく姿を現す。顔をスッポリ隠す頭巾付きの法衣を纏う怪しげな風体の男には見覚えがあった。クギ湿原で燕木と戦った時に座鞍と共にいた男、亜空路坊だ。
亜空路坊は巻物状になった紙を広げながらにこちらに投げてよこす。
俺は空中で紙の端を掴み、その内容を検める……む、これはウラヴァ周辺の地図か。
「マシタ・アカネがどこにいるかはある程度当たりはついている」
「何!?」
亜空路坊はそう言うと俺に寄こした地図を指差す。
よく見ると地図のあちこちに朱色で×印が書かれていた。
「その地図の×印がついているのがサイタマ直轄領内で御庭番が根城にしている砦だ。マシタ・アカネが捕虜にされているなら、その砦のどこかにいる可能性が高い」
「……何故そんな事が言える?」
「もともと敵の主戦力である御庭番十六忍衆の居場所は探っていたのだ。サイタマ軍は数こそ多いが、奴ら以外は所詮有象無象。昨夜は先手を打たれてしまったが、御庭番の動向さえ分かってしまえば今度は我らが優位に…」
「そうじゃない。アカネ殿の居場所が何故そこに限定できるのか聞いたんだ。例え御庭番の居場所が分かってもアカネ殿がそこに囚われているとは限らないだろう」
アカネ殿を攫ったのは確かに御庭番十六忍衆の猿飛丈弾とかいう男だ。奴が反乱軍の砦を襲撃した後、アカネ殿を連れて近くにある拠点のどこかに帰還したという可能性は高いだろう。しかし、アカネ殿をそのままその砦に残し続けるとは限らない。砦には何人かの捕虜を収監しておく施設もあるだろうが、本格的に拘禁する為には監獄や捕虜収容所に移送するのが通例だ。
サイタマ直轄領内にどれだけの監獄や収容所があるかは分からないが、隣接する旧エドン領にはガモスティーユ牢獄という難攻不落の巨大監獄もある。そこに移送されてしまえばいかに俺とて簡単には手を出す事はできない。アカネ殿が攫われてまだ間もない今なら当てずっぽうで近場の砦に奇襲をかけてみるという手もなくはないが、当てがはずれた時に警戒されてアカネ殿を更に遠くに移送されてしまうという可能性があり、そうなってしまえば元も子もない。
そういう意味でも、居場所の確証のない状況で無闇やたらと御庭番に仕掛けたくはないのだが……
「いや、私も御庭番とアカネちゃんが一緒にいる可能性は高いと思うわ」
と、亜空路坊の話に疑問を投げかけていると、脇からマキが自身の見解を示す。
「アカネちゃんは捕まったといっても地異徒の術を使う最強の異界人。普通に牢屋に閉じ込めただけじゃ捕らえておく事は出来ないでしょう?」
それは確かに……
アイズサンドリアで熊野古道伊勢矢に不意をつかれて捕まった時にも陰陽術を使ってアッサリと脱出した例もある。
「だから相応の戦力で見張りをするなり、強力な結界の中に閉じ込めておくなりする必要があるけど、いずれにしても並の六行使いじゃその仕事はとても務まらない」
「……とすれば御庭番がその任についている可能性が高いという訳か」
なるほど。その理屈は確かに筋が通っている。
異界人たるアカネ殿を抑えておけるだけの力を持つ六行使いなどそうそういるものではないし、どこかに移送するにしてもアカネ殿の抵抗を封じたまま長距離を移動するとなると相当な戦力が必要だ。となれば御庭番、それも複数人がその任についているという可能性は高い。だが、それでもやはり場所の特定をするにはまだ情報が足りない様に思う。
「しかし、砦ではなく近くの監獄やウラヴァの別の軍施設を使っているという可能性もあるのではないか?」
俺が再び呈した疑問に、亜空路坊が答える。
「その可能性もなくはない。だが、御庭番がこの周辺で自由に使える施設は限られているのだ」
亜空路坊はそう説明するが、そこまで聞いてもイマイチまだ納得はできない。
「……何故だ? 御庭番は将軍に匹敵する権限を持っている。サイタマ軍管轄の施設ならばたいてい自由に使用する事ができるはずだが……」
更に深堀した質問に、今度は座鞍が答えた。
「此度の戦、御庭番とサイタマ軍の連携は限定的な場面に限られるのですよ。彼らはサイタマ共和国軍や"妹"たちとは協力関係にありますが、その内情は必ずしも一枚岩ではないのです」
確かに御庭番の一連の行動にはどこか独自の目的があるように思える。それはこの旅の道中、彼らと何度も剣を交える中でも感じられた事であり、マガタマを管理する為に歴史の影で暗躍しているという【統制者】たちと手を組んでいるという話からも何かとてつもなく遠大な謀略に則って動いているという事が伺えた。
それがキリサキ・カイトの取り巻きや奸臣どもと同じく、ただの権力欲や金目当てであれば拍子抜けもいいところであるが、恐らくそんな単純なものではないだろう。何しろ御庭番にはあの燕木がいる。他の連中の事は知らないが、少なくとも奴がその様な低俗な欲求を満たす為に戦っているとはとても思えないのだ。
その真意をある程度まで知っていたと思われた明辻先輩はその事を話す前に死んでしまい、燕木の奴に至っては取り付くシマもなかった。故に御庭番の真の目的は俺たちにとって大きな謎であったのだが……
「というと、貴方たちは御庭番の目的が何なのか分かるのかしら?」
すかさずマキが疑問を投げかける。
そうだ。座鞍の口ぶりは御庭番十六忍衆どもの目的を知っているという風であった。
「ええ」
座鞍はマキの問いに対して答える代わりに吾妻榛名に視線を移す。吾妻はおもむろに俺とマキの間をつかつか歩いて通り過ぎると壁に空いた大穴の前に移動すると、眼下に広がるサイタミニカ地方一帯の平野を見渡した後、ゆっくりとこちらに振り返った。
「彼らの目的……それはマガタマの力を利用した世界秩序の再構築です」




