第184話 座鞍の決意!
前回のあらすじ:座鞍は吾妻榛名と邂逅。状況打開の糸口が見出したかに見えたが……
※ 今回も引き続き座鞍の過去編です
「なっ……それは本当か!?」
扉の外より吾妻榛名の声が響く。
「ま、まさか……奴ら、そこまでやるとは……」
ただ事ではない雰囲気。私は思わず部屋を出て廊下で話し込む吾妻たちに割って入る。
「座鞍姫……」
「……何があったのですか?」
吾妻は下を向いて沈黙する。
やはり私には話しづらい内容のようである。しかし、どんな内容であれ私は知らなくてはならない。
「気遣いは無用です。お話し下さい」
「……"妹"たちは此度の一斉摘発の大義名分を伝統派議員たちによる反逆の企みの為と公表しました」
……やはりそう来たっ!
横暴極まりない滅茶苦茶なでっちあげ……しかし、ここまで急速に事を進めてしまった以上はそれくらい突飛な主張をしなければ辻褄を合わせる事はできない。
そういった意味では彼女たちのその発表は予想通りの事ではあった。故に吾妻榛名が驚いた報告とはこれに続く内容であろう。
「そして……どうか落ち着いて聞いて下さい。彼女たちは……伝統派を率いて反逆を企てた首謀者は……旧エドン王家であり、彼らを謀反人として処刑するとお触れを出したそうです」
「な!?」
旧エドン王家……つまり、私の父や兄や伯父たち……!
彼女たちは事もあろうに罪のない私の家族に冤罪を被せて粛清し、自分たちの立場を固めようというつもりらしい……しかし、それはあまりに無茶な主張だ。
「……お父様やお兄様たちがそんな事を出来るわけ無いじゃない! 彼らは獄中か辺境で監視されて暮らしているのよ! それがどうして……」
「詳しい事は分かりません。しかし、キリサキ・カイトに恨みを持つエドン王家の者たちが貴女と伝統派議員たちの手引きで脱獄し、兵を率いて王宮を襲撃……御庭番にからくも撃退された……と、そんな噂も市中に流布している様です」
「デタラメだわ! 私が出て行って真実を……キリサキ・カイトに真実を直接話します!」
「お待ちなさい! これは罠です!」
吾妻榛名がそう言って激昂する私をなだめると、彼女たちの意図について説明し始めた。
「奴らは貴女をおびき出す為に王族たちを使うつもりなのです」
「そんな事は分かっています……でも……!」
「貴女が出ていけば今までどこにいたのか、どうやって憲兵の捜査網を掻い潜ったのかを必ず問われます……その時、貴女はどう説明をするんですか?」
うっ……それは……!?
「貴女が何と言おうと反統一派組織に助けられたという事実が知られれば、奴らはそれをもって反逆の動かぬ証拠と強弁してくるはずです。我らの動きが逆手に取られた……おそらく奴らは我々が貴女の身柄を抑えにいく事をあらかじめ読んでいて、あえて泳がせたのでしょう。悔しいが、奴らの策が一枚上手です」
反統一派組織に守られて王宮に行けば私はやはり反逆者の仲間だったと奴らのデタラメな理屈に根拠を与えてしまう事になる……かといって反統一派組織の護衛がなければ王宮にたどり着く前に憲兵に捕らえられ、キリサキ・カイトに謁見する前に口封じされてしまうだろう。それに彼らと伝統派が繋がっていた事も事実は事実。そこを突かれて水掛け論になれば多数派の奴らが圧倒的に優位となるだろう。頼みのキリサキ・カイトにはその様な複雑な状況下で正誤を正しく見抜く慧眼はない。どちらが正しいか判別がつかなければきっと多数派の意見に流される。"妹"たちはそこまで計算して手を打ってきてるのだ。
窮地を脱する一手に留まらず、敵対勢力を一挙に殲滅し自分たちの権力基盤を確固たるものにしようと目論む"妹"たちの恐るべき邪智……残念ながら今この謀略を破る手立ては私たちにはない。
「では私は……私は一体どうすれば?」
「……今は堪えるしかありません」
今動かねば私の家族……エドン王家の者たちは"妹"たちに見せしめも兼ねて処刑されてしまうだろう。これをむざむざ見過ごすというのはあまりにも耐え難い。しかし、吾妻の言うとおり私が出ていったとしても結果は同じ……今の無力な私にはどうする事も出来ない。
それならば……
「しかし、ここを堪えればまだ逆転の目はあります。何故なら貴女はまだ生きている。彼女たちの専横の事実を知る貴女が生きてさえいれば、それだけで彼女たちへの牽制になるし、いつか奴等の罪を白日の下に晒す機会も巡ってくるでしょう」
それならば、今私がやるべき事は奴等の手を逃れて身を隠し、力をためて反撃の機を伺う事だ。
「今はまだ力が足りない。今の我らの力だけでは彼女たちに真実を突きつけても暴力と謀略によって揉み消されてしまう」
そう。いかに真実を知っていようとも圧倒的な武力と権力の前には何の意味を成さない。正義とはそれを実行するだけの力があってはじめて成り立つものだと嫌という程思い知った。
今までの私は自分では何もする事も出来ず、ただただキリサキ・カイトと彼を傀儡にしようとする佞臣たちの悪政を安全圏から傍観するしかできなかった…………いや、違う。自分には何も出来ぬと決めつけ、何もしない事の言い訳にしてきただけだ。
その無気力と無責任のツケが今巡ってきている……そうだ。今のこの状況、誰でもない私の選択が招いた結果なのだ。流されるままに流されて、滝壺が目の前に迫るまで流れに逆らって泳ごうとしなかった。その怠惰の代償を遅ればせながら自覚する事が出来た。
「ならば、真実を主張するに足るだけの力を……サイタマ共和国そのものに対抗できるだけの力を手にする必要がある……そうですね?」
「……ええ」
自覚出来たならば、その次は行動に移さなければならない。
どうにもならない現実を嘆いているだけではなく、その嘆きの原因を自ら取り除く為に動かなければ何も変わらないのだ……例え自分が傷つく事になっても……
………………私は覚悟を決めた。
「…………吾妻殿。私はこれより反統一派組織の一員となります。そして、いつかこの歪な世界の秩序を壊し……世界を元の姿に戻す為に戦います」




