第181話 欲望宮殿!(前編)
前回のあらすじ:"妹"たちの不貞の現場を目撃してしまった座鞍は……
※今回も引き続き座鞍の過去編です
「そこにいるのは誰ッ!?」
ふいに聞こえた声──振り返ると薄暗い廊下の先で誰かが瑠華の部屋の扉の前で聞き耳を立てていた私を見ていた。
しまった!
部屋の中に気を取られ過ぎて誰かが通る事への警戒が薄れてしまっていた!
「何だ!? 誰かそこにいるのか!?」
部屋の中にいる瑠華たちにも今の大声で私がここにいる事を知られてしまった……まずい!早く離脱しないと……!
「くっ……!」
私は一目散に瑠華の部屋の前から逃走し、自分の部屋のある棟へと走った。背後からは扉を乱暴に開け放つ音が聞こえたが振り返る余裕はなかった。
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「何だ!? 誰かそこにいるのか!?」
部屋の外から聞こえた声──扉の前に誰かいる!?
まさか間者!?
寝台で間男の権左と戯れていた瑠華は「え!? なんなの!?」と狼狽えるばかりで緊急事態への対応が遅れる。
ちっ……!
いつもは偉そうにしている癖にいざという時には頼りにならぬやつ!
私は急いで部屋の入口まで走ると、扉を開け放ち部屋に面する廊下の左右を確認する。
と、右方向に何者かが走り去る後ろ姿だけが見えたが、暗がりで誰なのかまでは分からなかった。
「お、おい! ま、まさか……誰かに今の事聞かれたのか!?」
権左が寝台から半裸姿で立ち上がり、ひどく怯えた様子でそう問うてくる。
「……どうやらそのようね」
まずいわね……今逃げたのがたまたま通りかかった世話人や衛兵ならいくらでもやりようはあるけど、問題は私らの計画に勘付いた伝統派側の密偵だった場合だ。物的証拠までは掴んでいないと思うけど、キリサキ・カイトのやつにこの事を密告され調べられたらいずれはバレてしまうだろう。そうする前に手を打たねばおしまいだ。
しかし、手立てを講じようにも相手が分からなければ有効な策が打てない。私は逃げたのが恐らく女だったというくらいしか判別出来なかった……こうなると頼みはアイツしかない。
「マズイことになったねえ」
そう言って左手側の廊下の奥から姿を表したのは先程の声の主──私らと同じ"妹"の一人にして今回の計画の協力者・廻理だ。
今日彼女と瑠華とで今後の計画──つまり、キリサキ・カイトを操り、この国を牛耳る為の算段を話し合う手筈だった。廻理はたまたま用事があるとかで部屋には遅れて来るとの事だったが、結果的にはそれが功を奏す形となった。
「廻理……アンタは見たの? 今のやつの顔」
「ええ、ええ。見えたわ。薄暗かったけど、一瞬目があったの……あれは座鞍よ。間違いないわ」
……ッ!
座鞍か!
であればこれは偶然じゃないわね!
元エドン公国第一公女にして、旧エドン系列の伝統派とも繋がりが深い。私らが要職を得て国庫から財を得ている事を疑ったやつらに密偵する事でも依頼されたか……いい子ちゃんぶりっ子のあの女ならいかにもやりそうな事ね!
ふん!
でも、それさえ分かればこっちのもんだよ!
「おい! ど、どうすんだよ! この事が帝に知られたら俺たちゃ間違いなく殺されるぞ!」
「そうだろうね。特にお前は凄惨なやり方で殺されるだろうよ……ま、私らはいざとなればアンタに脅されてた事にして何とか言い逃れが出来るかもだけど」
「な……テメェ、俺を売る気か!?」
権左は、自分の置かれた絶望的状況に狼狽する……ちっ!ナニばかりデカくて肝っ玉の小さい男だ。私らのキリサキ・カイトからの寵愛を利用して労せずのし上がろうとしていた癖に、危なくなると文句だけは一人前に言う。こんなヤツを見捨てる事には何の躊躇もないが……
「ふん。安心しな。それじゃ私らの今までの苦労が全て水の泡……何年も我慢してあのクソ帝に媚びてきた意味がなくなっちまう。そんな事は許さない……だから手は打つ。だから、とりあえずアンタはどっかに隠れてな」
そう言って寝台でガタガタと震えるばかりの裸の瑠華に目を向ける。
「瑠華! アンタは服着てさっさとこっちに来な!」
「な、なによ……一体どうするつもりなのよ!」
瑠華は動揺し、今何をすれば生き残れるかが見えていないようであった。対して廻理は状況を理解し、私が何をしたいのかをすぐに察したようであった。
「あらあ、璃樂さん……アレをやるつもり?」
「ふん。遅かれ早かれ伝統派の奴らは排除するつもりで計画をしていたんだ。ちょうどいい機会じゃないの……」
そこまで言ったところで瑠華はようやく私の言葉の意図に気がつく。
「え、嘘……まさか例の計画を……!?」
「ええ。今夜始めるわ」
「今夜!? ほ、本気なの!?」
「当然でしょう? ボサッとしててこの事バラされたら私らは終わりだって言ってたの聞いてなかった? やらなきゃやられるだけ……そこんとこ分かってんの?」
私がそう強く言い放つと瑠華は閉口する。
ふん……臆病者め。だが、ここで覚悟を決めて動かねば破滅は確実。座して死を待つなんてごめんだ。今ならまだこちらがわずかに有利……となれば勝負をかけるのは今しかない。
「さあ、そうと決まれば行くわよ。エドンのジジイどもに目にもの見せてやろうじゃないの」




