第180話 虚栄の帝王!(後編)
前回のあらすじ:キリサキ・カイトの歪な独裁に綻びが生まれはじめる……
※今回も引き続き座鞍の過去編
「つまり、"妹"たちの中に国の予算から横領を行っている者がいると……そうおっしゃるんですね?」
小栗が切り出した話はつまるところ汚職の告発であった。
次々と国の要職についたキリサキ・カイトの"妹"たちが、地位を利用し国庫の予算を着服しているという。
「はい。まだ確たる証拠はありませんが恐らく」
この話が事実ならこれはとんでもない話だ。確かに彼女たちはキリサキ・カイトのお気に入りで何かと彼から金銭や宝石を融通して貰っているのは知っていた。しかし、彼女たちがキリサキ・カイトの意思を介する事なく直接的に汚職を働き始めたとなるとこれは大問題である。
「その件、司法庁や近衛兵団には相談を?」
小栗は首を横に振る。
確かにこの件、証拠が固まるまでは無闇に相談するのはよくないかもしれない。
「今議会に2つの派閥があるのはご存知ですね?」
議会とはキリサキ・カイトが開いた国政を取り仕切る元老院議会の事だ。この議会は当初キリサキ・カイトが打ち出した政治方針「民衆による話し合いによる治世」が反映され様々な地域、年齢、性別の者が集められた。そもそもサイタマ「共和国」とは今まで王族や特定の貴族が行ってきた政治を民衆たちが自ら選んだ代表者たちの話し合いによって決める為の政体を指していた(結局キリサキ・カイトが政治を決めるようになってしまったので意味を為してないが)。しかし、政治に関する素人たちだけでは話し合いどころか何を議題にすればいいのかすらもなかなか決められず、結局旧体制下で国の行政を担当していた専門家たちを呼び寄せる事となった。サイタマ共和国の前身たる旧サイタミニカ王国は小国でジャポネシア全土を統治する能力のある行政担当者の人材数は乏しく、その元々少なかった行政官すらキリサキ・カイトの王国乗っ取りの際に多くを殺してしまっていたので、国家の運営はサイタマ共和国が最初に併合し、かつ全国統一の為の勢力基盤となった大国エドンの家臣たちが主となって行う事となったのだ。
故に今のサイタマ共和国の議会は、キリサキ・カイトの意思を実際の政策に落とし込んで実行する貴族出身組と行政を担う能力はないが数は多く大衆の声を代弁する市民出身組に分かれている。そしてこれは前者がジャポネシアの元からある文化に則して旧体制になるべく近い政治を行おうという伝統派(あるいは保守派)、後者がキリサキ・カイトを信奉し、彼の目指す「先進的」な世の創設を夢見る恭順派(あるいは革新派)と呼ばれる勢力となって、議会内で常に対立していた。
本来、市民組を主とする恭順派は様々な立場の者の意見を政治に取り入れる役目を担うはずで、1つの派閥となる事じたいが趣旨からはずれているのだが結局議会の人事権や政治の決定権はキリサキ・カイトが持つ以上、彼の意にそぐわぬ者たちは次第に淘汰されていき、彼の信奉者や媚びへつらう同じような意見の者だけが残った。その最たるところが彼の妾集団たる"妹"たちであり、議会での発言権を認められキリサキ・カイトに近い彼女たちが派閥の実権を握るのは自然な流れであった。その彼女たちを告発するという事は勢力間の争いを激化させる火種となる事は間違いなく、かなりの覚悟が必要な事であった。
「我ら伝統派の立場は弱く発言権もさしてありませんが、キリサキ・カイト陛下のお無茶なご指示も我ら実務能力を持つ評議員や役人たちが形にする事で何とか形を成してきました。しかし、それも此度の様にクビのすげ替えが進み、国家の健全な運営を続ける事も限界が近づいて参りました」
当初、行政の専門家たる彼らは疎ましくても完全に排除する事は出来ないと恭順派からも認められていた。しかし、統一から数年が経過し、とにもかくにも政治が機能してる状況に慣れた今、その現状認識が変わりつつあり、完全な権力の掌握に彼らの食指が動きはじめたのだとすればこれはかなり危険な状態と言えるだろう。
「このまま恭順派の連中が国の中枢を掌握し、国政を壟断する事となればこの国の民はますます不幸になります。そうなる前に今我々が動かなければならんと決意するに至ったのです」
「事情はよく分かりました……して、私は何をすればよろしいのですか?」
そう小栗に伝えると、彼は視線を落とし唇を噛んだ。
「座鞍姫。私は自分を恥じます。本来ならばこのような危険な事を大恩あるエドン王家の者に願い出るなどもっての他なのは重々承知……家臣としてあるまじき行為。しかし、これは貴女にしか成し得ない事なのです」
私にしか出来ぬ事……か。
この話を聞いた時からなんとなく想像していた事であるが、やはりそういう事なのね。
「つまり後宮を内偵し、妹たちの汚職の決定的証拠を掴んできて欲しいと……そういう事ですね?」
小栗は口を結んだままこくりと頷いた。
後宮……この「神王宮」のすぐ裏手にある私たち"妹"たちの住処である。ここに入れるのはキリサキ・カイトと彼に選別された"妹"たち、それにごく一部の護衛兵士(女性限定)だけ。つまり怪しまれずにここを内偵するのは"妹"の一人である私がうってつけという訳だ。
……私は今までずっとキリサキ・カイトの身勝手な治世に対して端から見ているだけで何もする事はできなかった。しても意味がないと思っていた。しかし、その傍観の結果が今日の腐敗した政治体制を作り出したとするなら私もその罪の一端を担っていると言えよう。
それは例え私が死んだとしても償える類のものではなく、もしもほんの少しでも償いになるのだとすればそれは今この状況を変えるために何か一つでも自ら動く事だろう。
そして、今その機会が訪れた。ならば悲嘆にくれるばかりの日々を終え、一歩踏み出さなければ私が今ここで生きている意味がなくなってしまうのではないか?
そう考えた時、私の行動は既に決まっていた。
「承知いたしました。して、その汚職をしている者とは一体誰なのですか?」
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小栗から話を聞いた日から数日後。
夜も深まった時間帯に後宮の寝室を抜け出し、他の"妹"たちがいる棟へと移動する。
妹は基本的には後宮で何不自由なく暮らしているが、夜間の外出にはキリサキ・カイトへの報告が義務付けられている。今夜は小栗に教えてもらった二人の対象者、璃樂と瑠華──疫病のわくちん開発とそれに係る財務を一手に任されたあの少女たち──はいずれも公務で外出すると報告されており、彼女たちの部屋を探るにはうってつけだった。
私は自分付きの世話係と衛兵に金を握らせ、今夜寝室を抜け出す事を黙認し他言無用とする事を交渉した。そして今二人のうち一人、瑠華の部屋の前にたどり着いた。
鍵までは流石に用意できなかったので、ひとまず中の様子を伺い何か侵入の為の手がかりがないか探りを入れようとした。
まさにその時──
「かんぱーい!」
!?
だ、誰か部屋にいる……!?
「か〜、国の金で飲む酒は旨いね〜!」
「へへへ! しかし、まさかこんな簡単に行くとはな」
中にいるのは複数人……しかも、男の声も混じってる!?
キリサキ・カイト以外の男が後宮に入ることは禁止されているはずだけど……
とりあえず、私は扉に耳をつけ中の会話を盗み聞きする事に集中する。
「ね? だから言ったでしょ? ホントの馬鹿なのよ。あのカイト坊やは」
こ、この声は……瑠華!?
今は公務で外出しているはずの彼女の声が何故、部屋の中から……?
「おいおい。仮にも金を無限に貢いでくれる帝様に坊やはないだろ」
「だって〜、ちょっと優しくして、おべっか使うだけでなーんでも言う事聞いちゃうんだもん。いくら強いって言ったってアタシらからすりゃ赤ちゃんみたいなもんなのよ。璃樂もそう思うでしょ?」
璃樂!?
まさか疑惑の二人のうちもう一人……璃樂もこの部屋にいるのか!?
「いや、でも流石にアイツがあそこまで馬鹿とは思わなかったわ。今回だって少しずつ国庫からお金をくすねるつもりだったのに、いきなりアンタみたいな田舎娼婦に財務担当任すなんて思わないじゃない? こんなんだったらアタシが財務担当に名乗り出るんだったわ」
これは確かに璃樂の声!
しかし、普段のオドオドした無害そうな様子とは違いかなりやさぐれた声色……気の強い瑠華とは違い、あの気弱そうな娘が横領などするものかと半信半疑だった。でも、普段の様子は擬態でこれが彼女の本性だったという訳ね!
「アンタにゃ無理よ。アタシの演技力あっての事なんだから」
「何だよその演技力って〜! まさかいつも俺と寝てる時も演技なのか〜!」
軽口を叩きあう男女。
この会話から察するに3人は不義の関係……これだけでもとんでもない大罪なのだが、更に彼らはキリサキ・カイトへの不敬極まる発言を繰り返す。
「てかさ。どんな感じでいつもカイト坊やを騙んしてんのか、ちょっとやってみせてよ笑」
「え〜!」
「いいでしょ。ちょっとだけちょっとだけ。俺がカイト君の役やるからさ。やってみてよ。ねっ」
「もー、仕方ないなあ笑」
そんなやり取りの後、彼らはキリサキ・カイトを小馬鹿にする寸劇を始めた。
「カイト兄様〜、役人たちは本当にこの国の民の事を考えているのでしょーか〜?」
「むむ、今何と(棒読み)?」
「私……村で小さな雑貨屋を切り盛りしていました。だからお金が大切なのは分かります。でも彼らは自分自身の保身の為にお金を出ししぶ……渋って……ぷぷ!」
「ぎゃははは、だめじゃん途中で吹き出したら〜!」
聞くに堪えない嘲弄……キリサキ・カイトの事を心の底から好いている者などいないと思っていたが、まさか裏でここまで馬鹿にしているとは……
しかし、とんでもない事を知ってしまった。彼らの会話を聞く限りキリサキ・カイトの目を盗んで横領を行っている事も確実だし、何より"妹"の身分にありながら他の男と交際するなど言語道断。この現場を通報すれば彼女たちが粛清ないし失脚させられる事は間違いない。
ただこれ程までに衝撃的な事実をあのキリサキ・カイトが知ればどれほど怒り狂い、暴走して何をしでかすか分かったものではない。その場合の彼の怒りの余波がどこまで影響を及ぼすか分からない以上、慎重に事を運ばなければならないが……
と、今後待ち構えているであろう混沌の事態に思いを致していたその時!
「そこにいるのは誰ッ!?」
ふいに廊下の奥から声が鳴り響く。




