第177話 覚悟の代償!
前回のあらすじ:ガンダブロウ一行は座鞍から反乱軍への参戦を要請される。
「お義兄様、我らと共にキリサキ・カイトと戦って下さい」
座鞍は俺の目をまっすぐ見据えてそう告げた。
反乱軍への協力要請……これは反乱軍の盟主・吾妻榛名にもされた事だが、彼の言葉と彼女の言葉では俺にとって意味合いは大きく異なる。
「そんな……勝手な事を言わないで!」
サシコには彼女の誘いがひどく不躾なものに聞こえたのだろう。声を荒らげて座鞍に強く反発する。
「貴女がエドンの王女様だったという事は聞きました! 太刀守殿と義兄妹の仲だったという事も…………でも昔は昔! 今の太刀守殿には今の太刀守殿の事情があります! 私達もそれは同じ! それなのに、いきなり現れて戦争に加担しろだなんて言われてそう簡単に承諾できると思ってるんですか!」
サシコは不満を座鞍へとぶつける。
サシコの目線で言えばこれは正論だ。
そもそもサシコは別にエドン公国の出身でもなくエドン王族に義理を立てる理由など端からない。しかも、アカネ殿が彼女たち反乱軍を守る為に戦い、そして拐われた事で彼らの事を恨みこそせぬまでも、俺たち側から貸しがあるという意識は多少はあったはずだ。座鞍たちは感謝の気持ちや負い目があって当然なのに、そんな状況でも更にこちらに犠牲を強いるような事を依頼してくるなんて、なんと恩知らずで図々しい女か……そう感じたのだろう。
「サシコちゃんの言うとおりです」
マキもサシコの意見に同調する。
「エドン時代は私や村雨くんもあなたがた王族とは主従関係でしたが、今や貴女は王族どころかお尋ね者。何かこっちにも利益がないと協力はできかねますね〜」
マキの場合はサシコと違う。エドン同盟国のカムナーガ侯国出身の彼女はその才能を見出され「俄門塾」に入塾、見返りとして没落した貧乏貴族だった彼女の生家は相当の金銭を得たと聞く。その後、国の戦略とはいえ破格の待遇で六行の修行が出来たのもエドン公国の恩あっての事。今は国家が滅亡したとはいえ、元王族には多少なりとも忠義を感じていてもいいものだが、彼女の言葉からそれは感じられない。
「もちろん見返りは用意いたします」
しかし、座鞍はマキとサシコの抗議に対して答えを用意していた。
「命をかけるに足るだけの金銭はもちろん、革命が成った後は貢献度に応じたしかるべき地位をお約束します」
金と地位、そして名誉……戦争に兵士たちを駆り立てる時に為政者たちが提示する条件としては一般的な報償だ。人は忠義や崇拝だけで他人の為に命を賭ける事はない。実際、かつてエドンでサムライとして命を賭けて戦った俺も、やはり最強の剣士という名誉の為に戦っていた。
だが、今の俺にはその条件では魅力を感じない。無論、それらが全く不要だなどと言うつもりはないが、そんな事よりも俺が今必要としているものは別にある。
座鞍もその事は分かっているのだろう。俺の目を見据えて、更に条件を上乗せした。
「それに御庭番に拐われたキリサキ・カイトの本当の妹……アカネさんを助ける為に反乱軍は全面的に協力を致します」
そう。今の俺の最大の関心事はそれだ。
アカネ殿の救出──その過程として反乱軍との連携が必要かどうか。物質的な対価でも過去の恩義や忠節でもなく、そこが交渉のキモだという事を座鞍はしっかりと認識していた。取引は取引であり、お互いの利益に見合うかどうかが判断基準。座鞍の態度にはそういう意図があった。
ふっ……座鞍よ。あのお嬢様がなんと立派になられたものか。
おそらく吾妻榛名が座鞍を招聘した理由の一つには俺が彼女への情によって反乱軍に加担するだろうと踏んでいた事もあっただろう。しかし、彼女はそういった弱みにつけ込む事をよしとせず、あくまで対等の立場で交渉をしようと臨んできている。そういう態度こそ俺に対する誠意になると理解しているのだ。
しかし、サシコにはそういった彼女の毅然とした姿勢がひたすら不快に感じたのだろう。さらに態度を硬化させて、怒りを顕にする。
「何を言ってるの! アカネさんはあなた方を助ける為に戦って捕えられたんだよ! それを助けるのに協力してやるから御庭番や帝と命を賭けて戦えですって? そんな理不尽通ると思ってるんですか!」
サシコはまくし立てる。今の彼女には何を言っても受け入れる事はないだろう。
それは分かっていながらなお座鞍はサシコの剣幕に飲まれることなく、主張を続ける。
「サシコさん……貴女は命の恩人です。昨日貴女が助けに来てくれなければ私はサイタマ軍に捕らえられ、処刑されていたかもしれません。個人的には感謝こそすれ、こんなお願いをするなんて恥知らずもいいところだというのは重々分かっているのです。しかし……」
座鞍はサシコの金色の瞳をまっすぐ見据え、キッパリと言い放つ。
「しかし、私とて今は反乱軍の兵たちを率いる将の一人。彼らを勝利に導く事が最優先事項であり、その為にはどの様な事もする覚悟です」
将……そうか座鞍は今の己を将と位置づけたか。
彼女は人の上に立ち、人の命を預かる将としての論理で話をしているのだ。生まれた時より人の上に立つ宿命を背負った者は時に人間一人の情を越えた理屈で動かなければならぬ時がある。
一方でサシコは一人の人間、一人の兵としての理屈で話す。それぞれの側からすればどちらも筋が通った意見であるが、立場が違えば意見が異なり交わらぬものだ。
「今の我々にはどうしてもあなた方の力が必要なのです。これは単に武力だけの話ではありません。例えばお義兄様が反乱軍にいる事が軍内外に知られれば、兵たちを鼓舞しキリサキ・カイト打倒の為に奮い立たせる為の精神的な支柱となるでしょう」
……兵を動かすには実利が必要だ。
しかし、いくら兵たちが集まってもキリサキ・カイトへの恐怖が与えられる報償への魅力に勝ってしまえば、命を賭してまで戦う事はしないだろう。反乱軍にはキリサキ・カイトへの恨み骨髄の者も多数いるし、例え差し違えても奴を打倒したい者もいるだろう。しかし、そういった者たちだけで万単位の軍は成り立たない。人間、命を惜しまぬ覚悟というものはそう簡単に得られるものではないのだ。
ならば、大軍を形成する為には何が必要か。早い話、勝算があるのか否か、危険を掻い潜った先に勝ち馬に乗れるのかどうなのか。それこそが将兵にとっては最大の関心なのだ。
特に今の反乱軍は砦を襲撃され、出鼻をくじかれた不利な状況。ここから勝機を演出するには紛いなりにも太刀守の威名を持ち、各地で御庭番を連破してきた俺の名前は確かに効果があるだろう。
「ヨロズ神の巫女たる吉備司教も同様です。我軍の宗教的な正統性を示し、各地のヨロズ神道関係者の支持を集める為に司教の名前は大きな効果があります」
また、戦争の趨勢とはそういった単純な兵の数や兵法の論理だけでは決まらない事も多々ある。地の利、人の利がなくとも天の利を得たものが勝利を掴むことが往々にして起こり得るのだ。将としてそこまで思いを至して軍略を練っているのであれば、なかなかの名軍師ぶりと言える。
「そして、サシコさん。貴女の持つその眼はかつての大エドンを建国した始祖、徳川佐宇座の…」
「いい加減にして!!」
しかし、今のサシコにその様な理屈は通じない。
「そんなのあなた達の都合でしかないじゃない! アタシたちには何の関係もないわ!」
反乱軍が勝った先の未来だろうが、このままキリサキ・カイトが支配し続ける未来だろうがサシコにしてみればどちらでもよいのだろう。思えば俺やアカネ殿とは違い彼女はキリサキ・カイトへの直接的な恨みは何もない。成り行きで旅に参加し、共和国とは対立する側にいるとはいえ反乱軍の志に同調する謂れはないのだ。
そして、それはマキや俺も同じ事だ。しかし……
「お金も地位もいらないし、アタシたちには貴女方の命令に従う義理は…」
俺はそこまで言ったところで興奮するサシコの発言を手で制した。
「……具体的にアカネ殿を救う為にどのような方法で協力してくれるのだ?」
「た、太刀守殿……!」
サシコの意見に水を差す形になってしまうが、これ以上不毛な平行線の議論をするつもりもない。時間は一刻を争う。とにかくアカネ殿救出の為にどう動けばいいのか。その判断材料を集める為に今は集中したいのだ。
「まず、我らの持つ情報網を使ってアカネさんの居場所を特定します。反乱軍の間者がサイタマ軍内には何十人とおりますから御庭番の動向を探る事もそう難しくはないはず。そうして居場所が分かったら救出作戦に最大限の兵を動員します。それに政治的な取引……人質交換などの機会があれば真っ先に彼女の身柄を優先します」
御庭番はサイタマ軍と連携しているとはいえ思惑が彼らと別の所にあるのは間違いない。軍にもその独自行動の全てを把握されてはいないだろうし、反乱軍の間者が彼らの動向をどこまで正確に掴めるかは正直疑問だ。
しかし、昨日の戦いに御庭番の構成員二人、御庭番が操る傀儡を四体も動員していた事から今後の反乱軍との決戦に際し、また御庭番の誰かが打って出てくる可能性は高い。となればその時に御庭番と相対し、倒して捕らえる事が出来ればアカネ殿の居場所を吐かせる事が出来るかもしれない。またアカネ殿の身柄を利用して何らかを要求してくるのであれば、その交渉いかんによって彼女を奪還する事ができるかもしれない。場合によっては反乱軍を裏切る事を要求されるかもしれないがそれもまたよし。アカネ殿の命が保証されるなら是非も無い事だ。
……その機会を得られる可能性が少しでも上げられるのであれば、俺にとって反乱軍に参加する意義は充分にある。
「分かった。座鞍……アカネ殿を助け出すまでは反乱軍に協力しよう」
「……そう言ってくれると信じておりました!」
俺が反乱軍への参加を承諾する意思を見せると座鞍は安堵の表情を見せる。対照的にサシコは不服そうな、マキは複雑な表情で俺の判断への思いを表明した。
「太刀守殿!」
「村雨くん……」
彼女たちにもアカネ殿を助けたいという思いはあるだろう。しかし、それぞれの立場を鑑みれば、それを理由に戦争にまで身を投じる事を了承するかは軽々に判断できぬ事だ。
「ただし、これはあくまで俺個人の判断だ。マキとサシコが参戦するかは各々の判断で決めてくれ」
ましてやアカネ殿本人が自分を理由にマキやサシコに殺し合いをさせる事など絶対に望まない。それは分かっている。だから彼女たちの参戦を強制するつもりは全くない。
これは俺のワガママでしかない。俺個人の覚悟に彼女たちが従う道理などないのだ。だから、俺の事など見限ってくれても構わないし、それは彼女たち自身が決めればいい。
だが、その覚悟に関して言えば俺や彼女たちだけでなく、座鞍自身も問われている事である。俺は改めて座鞍に対しても確認する。
「しかし、座鞍こそ本当にいいのか?」
「……何がでしょう?」
「キリサキ・カイトと本気で争う事になれば捕らえられているご家族……エドン王家の者たちは見せしめに殺されてしまうかもしれないのだぞ?」
彼女の親族たるエドン王家の人々は俺が知る限り軒並み投獄、ないし辺境へ流刑となりサイタマ軍の監視下に置かれているはずであった。これは今回のように彼らの一部が反乱を企てた時の人質としての意味合いもある。彼らすべてを救出する事は現実的に不可能であろうし、王家の御旗をキリサキ・カイトへの反旗に掲げるという事は、反面彼らを犠牲にするという事に他ならない。
無論、そんな事は承知の上で反乱軍に参加したのであろうが……
「その心配はいりません」
「……え?」
「何故なら……私が惜しむべき王家の者たちは既にこの世にはいないのですから……」
な……!?
王家の者がこの世にいない……だと……!?
「俺が流刑にされてる間……一体、何があったというのですか?」
座鞍は俯き、目を瞑る。
彼女にとっと思い出す事も憚れる程の凄惨な過去があったのだと、簡単に察する事ができる。
しかし、彼女は気丈にも再び顔を上げ、ここに至るまでの苦難の経緯を少しずつ話してくれた。




