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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第4章 落日の荒野編(クリバス〜クギ〜)
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第175話 瓦礫の城にて!

前回のあらすじ:アカネが御庭番に連れ去られ、立ち尽くすガンダブロウ。そこに現れたのは……



「く……うぅ……」



 薄暗い牢獄──

 鎖に繋がれた少女は衣服をズタズタに裂かれ、赤らんだ素肌がところどころに露になる。彼女の前に立つのはいかにも粗野な褐色肌の大男……彼が目の前の自由を奪われた生娘にどのような行為を及ぼそうとしているかは想像に難くない。



「へっへっへ」



 男はうつむく少女の顎を掴み強引に顔を上げさせる。



「こんな別嬪を好き放題出来るなんて、とんだ約得だなァ」



 大男はそう言うとおもむろに着物を脱ぎ始める。



「い、いや……!」



(アカネ殿……!)



「それじゃ楽しませてもらおうか」


 

(やめろ……)



 男は少女の服の胸の辺りを掴み、そのまま力強く引き裂き……




(やめろおおおおおおおお!!!!)




──


─────


───────────

 



「ハッ!?」



 目が覚めるとそこは御庭番の男もアカネ殿もなく、ただ簡素な木塀と戸板、最低限雨風を凌ぐ為だけにあるボロ雑巾のような布の天幕だけが視界に入る。それらの隙間からは纏わり付くような温い夏風と昼の暑さの気配を感じさせるボワッとした朝の日差しが入り込む。

 


 夢……

 そうか、夢か。



「……()っ!」



 肩口がズキンと痛む。

 紅鶴御殿での戦いで負った識行による戦傷の後遺症で、何か深く頭を悩ます事が起きると右肩は熱を帯びて痛みを発するのだ。


 悪夢から覚めても悪夢とそう違わぬ現実……旅に出て以来、初めて迎えるアカネ殿のいない朝は不安と焦燥と後悔とに満ち満ちていた。


 アカネ殿は御庭番十六忍衆(ガーデンガーディアン)の男──猿飛丈弾とかいうらしい──に攫われた。彼女が今この瞬間にどのように遇されているかは分からない。もしかすれば先程の悪夢の内容の様な事をされているかもしれない……そう頭をよぎるたびに胸が締め付けられ、息が荒くなる。



 何故俺はあの時、猿飛と黒子人形を倒しアカネ殿を救えなかったのか?

 何故俺はあの時、御庭番の連中の策略を見抜けなかったのか?

 何故俺はあの時、アカネ殿と離れて別行動をしてしまったのか?

 何故俺はあの時、吾妻榛名との取引なんかに応じてしまったのか?


 何故俺はあの時──



「……ちっ!」

 


 悔やんでも悔やみきれぬ失敗……だが、過去の事ばかりに目を向けていても仕方がない。そんな事をしてる暇があるのなら今後の対策について少しでも頭を働かせるべきだ。


 今後の方策──つまり、アカネ殿を御庭番の手からどう救い出すかという事について。まずは奴らがどこにアカネ殿を連れ去ったかを探らねばならない。大方サイタマ軍の施設のどこかであろうから、手当たりしだいに乗り込み御庭番に繋がりそうな軍の高官を締め上げていくか……?


 いや、それは浅薄か。御庭番は正規軍とは思惑を異にしているのは間違いないのだから、その様な事をすればかえって悪目立ちし、警戒を与えてしまう可能性もある。


 そもそも奴らがアカネ殿を攫った理由は何なのだ?

 単に異界人の捕虜としてか?

 反乱軍に対する一連の攻撃は本当に共和国の軍令によるものなのか?


 奴らの一連の行動の思惑が見えない以上、断定はできない。

 となると俺がまずすべき事はやはり……



「太刀守殿、起きておりますか?」



 戸板の向こうより声がする。



「サシコか。起きてるよ」


「反乱軍の人たちが朝ご飯を作ってくれてます。これから一緒に食べにいきませんか?」


「……ああ。そうさせてもらおう」


 

 サシコの誘いに応じると、一夜の宿として使わせてもらった砦の中にある粗末な掘っ建て小屋の倉庫を出て炊き出しのある広場に向かう。

 道中明るくなって砦内を改めて見て回ると昨日の襲撃による損壊がひどく、そこかしこに怪我人が座り込み、土埃が舞う煤けた空気は敗北の余韻をこれでもかと匂わせていた。

 

 しかし、せわしなく砦内を走る伝令の若者や、包帯を身体中に巻いた痛々しい姿ながらも散乱した武器を広い集める者、果てはこの状況で練兵を行う一団などが見え、反乱軍が依然として高い士気を維持している様子が伺えた。



「ここの人たち……思ったより被害は少なかったらしいですよ。壇戸さんも動ける様になったと聞きましたし、盟主の吾妻さんも無事だったとの事です」 



 昨晩の御庭番による奇襲は俺とサシコが到着する前、マキとアカネ殿が応戦する事で人的被害は最小限に抑えられたようであった。特にアカネ殿は敵に攻撃をしないという己に課した制約を守りながらも、結界術で多くの兵士たちの命を守ったという。


 盟主の吾妻榛名(アヅマシンメイ)が逃げおおせたのも彼女のおかげと言って過言ではないが、その代償として彼女自身が攫われる事となるとはなんと皮肉な話ではないか。



「とすると座鞍(ザクラ)姫は奴と無事謁見できたのだな」



「……はい。そのようです」



 サシコはそう答えると、続いてやや遠慮がちに質問をしてきた。



「あのっ……それで……昨日の座鞍(ザクラ)って人はその……」



 ……どうやら例によって座鞍姫と俺との関係について聞きたいようだな。俺の知り合いの女性が現れる度にその関係性を勘ぐる悪癖がサシコにはあるが、今回ばかりは状況が状況であるからしてやや聞きづらそうな態度である。

 ……まあ、隠している訳でもないし、今後の反乱軍との付き合いを行っていく上では彼女の事についてサシコにも話しておくべきか。



「座鞍姫か。彼女はな……」



 そうして俺はサシコに俺と彼女の関係性と、キリサキ・カイトとの戦いに敗れた後の顛末について説明をしはじめた。


 …………しかし、それにしてもまさか彼女とあんな形で再会するとはそれこそ夢にも思わなかったな……




───────────


─────


──




「座鞍……!!」



 反乱軍の砦を奇襲した御庭番と黒子人形が撤退したのち、突如現れた祖国の姫君……燕木との戦いと敗北、踏越死境軍(モーダルフロント)の乱入、御庭番の襲撃、そしてアカネ殿が攫われる事態と目まぐるしく変わる状況のトドメがこれである。


 当然頭は混乱し、正常な思考力を失う。

 いや正常な思考力があったとしてもこの状況を正しく理解する事はできないだろう。



「だ、誰ですか? 座鞍て……?」



 エドン公国の出身ではないサシコは突如現れた彼女が何者なのかを知らない。

 そして、その疑問には衝撃を受けしばし硬直していた俺に代わり同じくエドン出身のマキが答えた。



「彼女は旧エドン公国の公王の娘で第一公女の徳川座鞍(トクガワザクラ)……正真正銘のお姫様よ」



「ええっ!?」



 先程クギ湿原で自分たちが救い出した反乱軍の要人がまさかあの座鞍姫とは……こんな偶然があるとは信じ難い。

 ……いや、彼女との邂逅は偶然ではないか。俺が彼女との関係が深いという事を知っていた吾妻はあえて彼女を招聘したのだろう。俺を仲間に引き入れやすくする為、そして旧エドン公国民へ反乱軍の正当性を喧伝する為……



「……」



 城郭の上から座鞍と視線を合わせる。

 夜陰もあり彼女の表情までは判然としないが、何か強い決意を感じさせるような雰囲気を感じさせた。



「……亜空路坊(アクロボウ)殿。吾妻殿の生死は分かりますか?」



 座鞍は俺への視線を逸らす事なく、横に控える亜空路坊に問いかける。



「いえ……まだでございます」


「そうですか。では、まずはそれをご確認下さい。私は他の生き残った幹部たちを集めて司令部を再編するようにいたします」



 そう言うと座鞍は踵を返し、司令部のある塔へと足を向けた。



「お……お待ち下さい!」



 俺は慌てて城郭より飛び降り、彼女の側に駆け寄ろうとする……が、前に亜空路坊(アクロボウ)が立ち塞がり、俺が彼女に近づく事を阻んだ。



「お義兄(にい)様。お義兄(にい)様にはお義兄様の役割があるように、私にも私の役目がございます」



 座鞍はこちらを振り向かぬままそう答え、最後に一言こう言い添えた。



「明日。まだこの砦におりましたら、使いを寄越します。募る話はそこでゆっくりと……」




──


─────


───────────




「……という訳だ」


「ふーむ、なるほどですね……」



 炊き出しで受け取った炊き出しの雑炊をすすりつつ、座鞍姫と俺との関係について一通りの説明を終える。


 俺が太刀守の称号を得ると共にエドン公国公王の養子となり、公王の実の娘であるところ座鞍姫とは義兄妹となった事、その後近衛兵としての公務で彼女の護衛もしていた事、そして侵攻してきたキリサキ・カイトに敗れた折に彼女がヤツの「妹」……という名目の妾にさせられた事など……


 正直、エドンを追放された時には彼女と生きてまた再会出来るとは思ってもいなかった。彼女をはじめキリサキ・カイトに敗れて拘束・追放された他の王族たちの事は常に心の片隅にはあった。しかし、彼らを歪ながらも続く平和の世を乱してまで救い出そうとまでは思わなかった。

 覇業を志す乱世の王家にとってはその様な処遇を受ける事は珍しくはなく、エドン王家とて戦争で捕えた敵国家の王族にも同様に遇してきた。故に彼らの処遇には嘆きこそすれ、不当なものだとは思わなかったのだ。

 これはサムライの在り方にも通じる価値観であり、忠誠心はありつつも万古盛衰の理を重んじるエドンでは至極当たり前の考え方なのであった。



「しかし、あの姫がまさか反乱軍に参加しているとはな……」



 反乱軍に参加するという事は紛いなりにも寵愛を受けたキリサキ・カイトへの決別、さらには彼に未だ捉えられているであろう王族や身内を人質に取られるという事。彼ら全員を救出するなど恐らく不可能であろうから、こうなった以上はその人質を見殺しにする覚悟を持ってウラヴァを出奔したのだ。かつてはまだ子供っぽさもあり、気位はありつつも温室育ちで非情の世界とは無縁だった深窓の令嬢がこのような決断を下すまでになるとは……一体キリサキ・カイトの下で何があったというのか……?



「そのお姫様が呼んでるよ」



 そう声をかけられ振り返る。

 いつもいつも物陰から現れては突然話に割り込むこの女にはイラッとさせられるが、今回ばかりはそれよりも彼女の身を案じる思いが先にきた。



「マキ……怪我は大丈夫なのか?」


「ええ。反乱軍の治癒系の陰陽術師に手当てしてもらってね」



 どうやら反乱軍専属の医療術師が無事だったのは不幸中の幸いだった。恐らく反乱軍の人的被害が少なかったのもそれによる所も大きいだろうが……



「そこで伝言を頼まれたの。座鞍姫が司令部のある塔に来いってさ」



 座鞍姫からの呼び出し……恐らくは吾妻榛名もそこにいるだろう。

 彼女についての心配もあるが、それ以上にアカネ殿を奪還する為にさしあたってまずは反乱軍との協力体制は必須。となれば、やはり俺がまずすべきは彼らと接触し、混沌とした情報の整理を行う事だろう。



「……分かった。行こうか」



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