第174話 落日!(後編)
前回のあらすじ:反乱軍の砦を奇襲した御庭番十六忍衆・猿飛丈弾はアカネを捕える事に成功!そこに駆けつけたガンダブロウは……
「空土合行【黃昏毬雨】!!」
御庭番の男が陰陽術を発動させると、男の周囲に人の身長ほどもある赤茶色の呪力の球体か8つ出現。球体はバチバチと稲光を放ちながら男のいる城郭より同時に落下を始める。その動きはあくまで自然落下によるもので、俺を直接狙って来ている訳ではなかった。
「砦ごと破壊する気か!?」
ヤツが放った呪力球の一球ごとに感じる呪力からは、8球全て合わせればこの砦の敷地をまるまる吹き飛ばす事が出来るほどの破壊力になるだろう事は容易に予測できた。
下にいるマキやサシコを巻き添えにする事で俺の集中を削ぐつもりか…………舐められたものだ。
「…………エドン無外流『逆時雨』……!」
俺は着地していた物見やぐらから再び跳躍。
草薙剣を抜き、「同化」の呪力を放つ。
「 秘 剣 ・ " 星 屑 返 し " !!!! 」
俺は男の放った呪力球を形成する空行と土行を吸収し、空を流れる流星群を逆さまにするがごとく弾き返した。
「おおっ!? これが太刀守の無外流『逆時雨』か!? 噂に違わぬ……いや噂以上の絶技! だが……」
このまま攻撃をぶち当てれば男を倒す事はできるだろう。
しかし、攻撃を直撃させてはヤツが抱えるアカネ殿も巻き添えにしてしまう…………
「……くっ!」
俺は寸前で放った攻撃の軌道をそらし、男のすぐ横の城郭に激突させる。城郭の壁の一部は一瞬のうちに吹き飛ばされ、その勢いのままに呪力の流星は空へと登って空中ではじける。
俺は空中で技を放った姿勢のまま寄る辺なく、そのまま地面に着地する。
「ふー、くわばら、くわばら」
男は俺の放った流星の行方を目で追いつつ、黒子人形4体に手で引くように合図を出す。
「やるべき事ァもうやったし、あんなバケモノとやりあうなんて馬鹿らしいぜ。撤収撤収」
そう言って男と黒子人形は飛び上がり、撤退の素振りを見せる。
……まさか、奴らこのままアカネ殿を連れて行く気か!?
「逃がすか……!」
俺はふたたび跳び上がって城郭へと迫ろうとする……が、再び黒子人形の「壱」が念動力を発動。今度は直接の金縛りではなく瓦礫を飛ばして攻撃してくる。
「ぐうっ!」
六行を纏わせて空中で操っている訳ではなく、あくまで弾き飛ばすだけの攻撃……ちっ!これでは『逆時雨』が発動できない!
「太刀守殿……! エイモリア無外流『武蔵風』……"宿禰嵐"ッ!!」
地上にいたサシコもこの時になって合流し、技を使えない俺の代わりに飛んでくる瓦礫を弾くのに貢献してくれた。だが……
この数秒の時間稼ぎが決定となり追跡の可能性が潰えた。
「ははは! さらば、太刀守! さらば、反乱軍諸君!」
そう捨て台詞を残し、御庭番の男はアカネ殿を抱えたまま凄まじい勢いで跳躍。まるで空を後ろ向きに歩くように彼方へと消えていった。黒子人形たちもそれを追って夕闇に紛れ姿を暗ます。
「待て!!」
俺は奴らがいた城郭付近に急ぎ駆け上り、月明かりを頼りに辺りを見渡す。
……が、既に視界の範囲に奴らの姿は見えず、派手に砦を襲撃した後とあってはそこかしこに漂う呪力の残穢から個人を追跡する事は難しかった。それでも感知能力に特化したマキならば逃げた方角くらいは分かるかもしれないが、今の満身創痍の彼女では身体の方が追い付かないだろう……
「どこだ!! 出てきやがれ!!」
城郭の上で渾身の声で叫ぶが、こんな事をしても意味などあろうはずもなく、谷の間を声がむなしく反響するだけであった。
…………アカネ殿が攫われた。
しかも俺の目の前で──
その受け入れがたい現実を前に頭の中はグチャグチャに錯乱し、ただ呆然と立ち尽くすしか出来る事はなかった。
「う……うおおおおおおおおおお!!」
行き場の無い感情は、ただ絶叫するという形で表す以外になかった。
…………くそ!くそ!!
くそォ!!!
なんという無力!
なんという不甲斐なさ!
俺はアカネ殿をこの身に代えても守るんじゃなかったのか!
もう大切な人を絶対に失うまいと、魂に……太刀守の御名に誓ったのではないのか!
村雨岩陀歩郎よ……お前は一体何なのだ?
矮小な己に気付く事もできず、腕を過信し、万能感に酔って局面を見誤る……ははは!何が太刀守だ!何が大陸最強の剣士だ!
何度も過ちを繰り返し、その度に後悔を繰り返す愚かな男……それが俺の正体だ。情けなさ過ぎて死にたくなる。
「村雨くん……」
「…………太刀守殿……」
それともこれが俺への罰だと言うのか?
今まで幾千の罪を背負った俺への……だとすればそれを与えた神とやらはきっととんでもなく残酷で性根が曲がったヤツに違いないな。ははは……
「なりません!!」
身体中から力が抜け、地面に膝が崩れ落ちんとしたその時。
眼下広がる蹂躙された砦の一角から俺を叱咤する声が響いた。
「村雨太刀守はエドン公国の象徴。そして、全武芸者が目指すべき剣士の鑑でなければなりません」
振りかえると声の元には先程湿原の窪地で救出した一団が護衛していた籠が見えた。籠の横には亜空路坊が侍り、その籠の主に片膝をついて敬意を示す。
そして、籠から降りたその女人を、ちょうど月明かりの強い光が照らし、その毅然としたやんごとなき美しさを衆目に晒し出した。
「太刀守は……例え剣が折れ、その身が地に伏す事があったとしても……心まで屈してはならないのです。だから……」
その声、その姿は俺の記憶するある人物のものと全く同じものであり、絶望的な状況でグチャグチャになっていた頭の中を一陣の風が吹き抜ける。
「な……何故貴女がここに……」
そこにおわすのはかつての大国エドンの公王・徳川"国津守"家須の娘にして、公王の養子となった俺の義妹……
「悲しい顔を見せないでください……お義兄様!!」
「座鞍……!!」
座鞍って誰?
という人は第4話をご参照下さい。




