第173話 落日!(中編)
前回のあらすじ:燕木哲之慎との戦闘後、砦に戻るガンダブロウとサシコ。そこで目にしたものは……
「何か様子がおかしいです!」
サシコが指差す谷間に見える反乱軍の砦……
既に陽は沈んだというのに異様な明るさに照らされている。星あかりの白く薄い光ではなく、煌々とした赤燈。あれは照明の灯りではない。
すなわち……!
「攻撃を受けている!?」
砦が燃えている!!
何故!?
……という疑問など差し挟む余地もない。
サイタマ軍による計略である。伏兵か内紛かは分からぬが、いずれにせよ先の燕木の攻撃と連携した作戦なのは間違いない。
「そうか……しまった!!」
燕木の反乱軍への襲撃に対して感じた違和感。包囲するサイタマ軍の手ぬるさに加え、ヤツがその気になれば数分とかからずに反乱軍を全滅させられたのにそれをせずに援軍の到着まで時間稼ぎを許した事など……此度の襲撃が突発的なものではなく作為がある事を匂わせる要素はあったが、その意図を読み切る事はできなかった。しかし、今この局面を迎えてみれば奴らの作戦は明白である。
つまり、燕木の部隊は陽動!
その目的は主力を釣り出し一挙に叩く事……と、もうひとつ!
前線に意識を釘付けにして動揺を与えた上で別働隊で本拠を攻める事だったのだ!
となると……
「アカネ殿が危ない!!」
俺とサシコは炎上する砦へと駆け出した。
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「う……これは……!」
火の手が上がる物見やぐら、あちこちに穴を開けられた防壁、そこかしこに転がる死傷した兵士たち……砦に辿り着き、目に飛び込んできた惨状は想像以上に深刻なものであった。被害状況から察するに、燕木の率いていた部隊よりも強力な部隊がこちらを攻撃したものと思われる。
思えばこの二段構えの時間差攻撃は御庭番の常套手段……紅鶴御殿でも同種の作戦を用いていた事が脳裏に浮かぶ。
ちっ!一度同じ手を受けていながら、みすみす罠に引っかかるとは……まったく自分の浅知恵に腹が立つ。
「太刀守殿! こっちに来て下さい!」
サシコの声に反応し振り返る。
砦内部で見知った顔が倒れているのを発見したようであり、俺も足早にその地点へと向かう。倒れた瓦礫で身体の半分を下敷きにされた熊のような男は頭から血を流して気を失っていた。
「……壇戸さん!」
倒れていたのは反サ革の壇戸氏であった。
俺とサシコは瓦礫をどけて彼を救出。安全な場所に運んで介抱する。
幸い傷はさほど深くない。怪我の具合から見ても命に支障は出ないだろう。
「大丈夫ですか? 壇戸さん!」
「ぐ……おお……太刀守殿」
壇戸さんの体を揺らすと気絶から目を覚ました。
「一体何があったのですか?」
「か……からくり人形どもと……御庭番の男が砦に攻めてきて……応戦したのですが全く歯が立たず……」
からくり人形……能面法師の無線傀儡・見呼黒子か!
それに御庭番十六忍衆まで出張ってきているとは……
「我ら反乱軍は総崩れ…………しかし……奴らの殺戮から我らを守る為、司教様と……マシタ・アカネ殿が彼らを引き付けて……」
「何!?」
アカネ殿とマキが御庭番十六忍衆と交戦しているだと!
「奴らは今どこにッ!?」
壇戸さんは砦の奥を指さす……司令部のある塔の方向か!
「行くぞサシコ!」
「は、はい!」
俺とサシコはアカネ殿とマキを助けるべく、反乱軍の砦内を疾走する。
「アカネ殿! マキ! どこにいる!?」
…………壇戸さんは御庭番十六忍衆の男が来たと言った。しかしその口ぶりからして人数は一人。であれば、どれほどの達人相手とはいえあの二人が簡単に負けるとは思えない。しかも無線傀儡に対してはアカネ殿も無制限に陰陽術を使える事も考慮すれば、既にやつらを撃破している可能性だってあり得る。例え苦戦を強いられていたとしても、結界を張って粘るなり負けない戦いに徹すれば殺される可能性も極めて低い。普通に考えればそうだ……しかし、なんだ?この全身を押し潰さんばかりの不安感、胸騒ぎは一体?
「む…………村雨くん……」
背後から旧友の呼び止める声……その弱々しさが俺の不安を更に加速させた。
「マ……キ……!?」
振り返り、建物の陰に見えたマキの姿には言葉を失った。
砂埃と煤をかぶり、着物はところどころが破れ、擦り傷からは血が滲む……満身創痍。これほどボロボロにされて弱った彼女の姿を見るのは初めてだった。
「……ごめん。村雨くん……アカネ……ちゃんが……」
マキがそう口にした時──ズドン!とこの日何度目かの爆発音を耳にする。
その音が司令部のあった塔……その最上階付近の壁に内側から穴を開ける為に発生した音だとすぐに分かった。そして塔に開けられた穴から姿を現したのは……
「あれは……!?」
遠目にわかる程の黒い肌と長身が特徴の大男……腕には御庭番十六忍衆の証、銀の葵紋の腕章が光る。そして、男はまるで米俵でも抱えるかのように気を失った黒髪の少女を小脇に抱えていた。
「アカネ殿!!」
男はこちらに気づくと、アカネ殿を抱えたまま塔から砦の城郭へと飛び移り、眼下の俺を睥睨しニヤリと笑う。
「貴様!! その人を……アカネ殿をどうするつもりだ!!」
「さて……どうしようかな?」
男は気を失っているアカネ殿の身体を抱きかかえる様にすると、彼女の顎をグイと持ち上げる。そして、気を失っているアカネ殿の頬に艶めかしく指を這わせ……
「……許さんッッ!!」
俺は怒りに任せ、一直線に跳躍!
御庭番の男に迫る……と、彼を守るようにどこからともなく4体の黒子人形が出現!人形の胸の鉄板にはそれぞれ壱、陸、捌、玖と番号が打たれていた。
そして、そのうち「壱」の胸板の人形が滞空する俺と交差するように飛び出し、接近ざまに強力な六行の波動を放ってきた。
「止マレ!!」
黒子人形から放たれた波動を浴びると身体が硬直!
これは……金縛り!?
「ぐっ……!?」
予想外のからくり人形の攻撃に動きを止められると、すかさず「陸」の人形が突出。面に被せられた布をめくり、人間でいう口の部分から火炎を吹き出す!
「ちィ……邪魔を……するな!!」
俺は草薙剣を抜き放ち、強引に波動の呪縛から脱出!
そのまま放たれた炎を『逆時雨』で再利用し、2体の人形に弾き返した!
その攻撃によって2体の人形を後退させる事に成功……が、御庭番十六忍衆との間合いを詰める事は阻止され、跳躍の推進力を失った俺は城郭よりも低い近くのやぐらに着地した。
改めて跳躍しようと城郭を見上げる。しかし……
「 崩れ舞い散る銀砂の天蓋… 七星九曜は雫となりて… 撥ねて瞬き飛沫と消える… 」
この数秒の隙は男が陰陽術の詠唱を行わせる猶予には十分過ぎるものであった。
「空土合行【黃昏毬雨】!!」




