第170話 クギ湿原の戦い!(後編)
前回のあらすじ:サシコとコジノの一騎打ちに割り込む聞き覚えのある声。声の主は一体……?
※ 一人称視点 サシコ
「ほおー! 盛り上がってるじゃねえか!」
コジノさんとの決闘の最中、突如横から割って入って来た男の声には聞き覚えがあった。
振り返ると赤いボサボサに目つきの悪い青年や姿が目に飛び込む。この男は……
「木下孫悟郎!?」
勝負に負けたら田舎に帰るという約束を反故にして出奔した槍使いの若者・木下……反乱軍に加入する為にクギに向かったという事だったけど、彼が何故今ここに!?
「木下特攻斎だ! ……って、誰かと思えば昨日の小娘!」
木下はアタシの姿を確認すると目を見開いて半歩後ずさる。
「へ……へへっ、ちょうどいい! お前との決着もここでつけてやる! だが今は……」
決着……て、昨日さんざん試合をして完膚なきまでに負けてたと思うんだけど……
今はコジノさんとの戦いの真っ最中だし、うっとおしい絡みはやめて欲しい…………て、あれ?今木下が着ている黒い外套ってどこかで見たことあるような……
「そっちのワルモノ共をぶちのめすのが先だ!」
木下はそう叫んで槍をアタシではなくコジノさんへと向ける。
「よく聞け悪の手先ども! 我こそは天下無双の槍使いィ! タキアの成らず香車、木下……」
「邪魔」
コジノさんは名乗りを最後まで聞くことなく、空行の赤い斬撃を木下に飛ばした!
あ……まずい!
彼は六行使いじゃないんだ!コジノさんの六行の技をまともに喰らえばひとたまりも……
「水行【泳弾杓子】!」
と、木下の身を案じた直後──
黒い無数のオタマジャクシが飛来!
バシーンと音を立ててコジノさんの技と衝突して空中で相殺される!
「……ム!」
水行の式神……アカネさんの火行【鼯火】と同系統の術だけど、破壊力の高いコジノさんの空行の技を水行で相殺させるなんて凄い威力だ。
「先走りすぎだな。新入り君」
「おお、沙湖先輩!」
術を放ったのは水色の髪の奇抜な格好の女であった。年の頃は二十くらいだろうか。編笠……というより巨大な盃を逆さに被っており、首には宝石の代わりにきゅうりをぶら下げた首飾り、手には先端がカッパの顔を模した錫杖という怪しい風体。そして、木下と同じく黒い外套を羽織っており、その背中には半人半骨の面が描かれていた。こいつらはまさか……
「踏越死境軍!?」
戦闘狂集団・踏越死境軍!
やはりこいつらも反乱軍に合流していたのね!
……んん?
という事は彼らは援軍?
仲間って事……?
「……厄介な奴らが来たばい」
コジノさんの警戒は木下から陰陽術士の女に移る。
危険な連中とはいえ彼らは六行使いの手練れ揃い。援軍の戦力としては申し分ないとは思うけど、果たして彼らと足並みを揃えて戦う事が出来るのだろうか?敵対する者同士とはいえ殺す必要のない者を殺す事はないというのが太刀守殿の教え。彼らのクリバスの門での所業を見る限りその様な倫理観を持ち合わせているとも思えない。そんな奴らと一時的にでも手を組む事は剣士として恥ずべき行為なのではないのかしら?
…………それに……
「ていうか孫悟郎! アナタ踏越死境軍なんかに入ってたの!?」
「孫悟郎言うな! ここの三蔵寺さんが俺の志を認め、仲間に加えてくださったのだ! 俺はその恩に報いる為、踏越死境軍の一番槍として名を上げ、いずれは悪の帝王キリサキ・カイトを倒し、最強の称号を手にしてみせる!」
な……!?
この人、踏越死境軍がどんな集団か知っていて言ってるの……?
踏越死境軍はそんな大義を重んじる集団じゃなくただひたすらにお互いの死を求めるいわば屍の兵士。そこに善も悪もないし、行く先に待っているのは自他の破滅だけ。
あれだけ呉光さんが心配していたというのに……この男はそんな事などつゆ知らず進んで危険に身を置いて、あまつさえ自分が信じる大義の価値すら貶めている。
本当にとんだ大馬鹿ね……!
「そこで見てやがれ小娘! まずはコイツを俺が血祭りに上げてやる!」
そう身の程知らずに息巻く木下に沙湖と呼ばれた踏越死境軍の女がクスリと笑う。
「あれは君の腕で手に負える相手じゃない。それに新入りはおいしい獲物を先輩に譲るもんだぞ」
そう言って沙湖はカッパ錫杖をコジノさんへと向ける。
しかし、ここにやってきた踏越死境軍の手練れは彼女だけではなかった。
「フェフェフェ。獲物は早いもの勝ちじゃろうて。沙湖のお嬢や」
そういってまた新たな踏越死境軍が飛び出す。ひどく小柄な体に深くひん曲がった腰の老人……そして、手には首長の燭台。
クリバスの門で陰陽術の無差別爆撃をしたやつだ……!
「火行【灼赫酸漿】!」
老人が燭台をコジノさんへとかざすと、彼女と老人の位置を結ぶ地面がまるで血を垂らした跡のように陥没していく!
そして、開いた穴はボコボコと音を立てて赤く染まり、煮えたぎった溶鉱炉のような灼熱の色を発した!
「……ッ!」
コジノさんは直前で跳躍してこの燃え盛る沼を回避!
しかし、攻撃ははずれてもコジノさんの背後まで地面の陥没は続いていき、その先にいたサイタマ軍の兵士と反乱軍兵士が攻撃に巻き込まれる!
「ぎゃあっ!」
燃えたぎる溶鉱炉の穴に嵌った兵士たちは瞬く間に体が溶解……うっ!なんてムゴイ!
「フェーフェッフェッフェ!」
「待て待て〜!」
沙湖と老人がコジノさんを追っていくと同時に戦場の各地から悲鳴が上がる。
「うわあああ!」
「な……やめろ! やめてくれぇ!」
周りを見渡すといつの間にか他数名の踏越死境軍が窪地周辺に展開し暴れ回っており、敵味方に関わらず殺戮の限りを尽くしていた。
阿鼻叫喚……この世の地獄とはまさにこの事であった。
「ほお、ほお。これが例の踏越死境軍か……いやはや噂に違わぬ暴れっぷり」
それまで戦いを傍観していた亜空路坊は、味方すらも巻き込む惨劇をどこか他人事の様に評し「どけ」と要人の籠を運んでいた轎夫を押しのけ徐に籠の真下に潜り込んだ。
「ふぅ〜……ハアッ!!!!」
亜空路坊は籠を一人で担いだ体勢のまま、凄まじい勢いで跳躍!
わずか十秒たらずで戦場の危険地帯から離脱してしまった。
今の剛力……間違いなく六行の技だ!
やはり亜空路坊は六行使い!
しかし、何故今までその力を隠していたのか?今の技を使えばもっと早く戦場を離脱出来たし犠牲も少なくて済んだはず……だが、ともかくはこれで当初の作戦目的は達せられた。
これで踏越死境軍の連中が暴れる意味もなくなった。コジノさんとの事は心残りだけど、敵部隊も総崩れになっているのだしここは戦場から撤退を……
「ぎゃああ!!」
「ひへへ! 雑魚どもは死ね死ねィ!」
だが、踏越死境軍の殺戮は終わらない!彼らの攻撃は戦意を失った敵兵や撤退を始めた味方の兵士にまで及んでいた。
く……なんて奴らなの!
彼らは戦場で自分たち以外の全員が骸になるまで戦闘を続ける気なのか!
「やめて! もう戦いは終わりでしょ!」
アタシはそう言って殺戮を続ける踏越死境軍の一人を止めに入ろうとすると……
「ヒャオウッ!」
「くっ!?」
血走った眼の細身の男は両手に持った短剣を振り回し、邪魔するなと言わんばかりに斬りつけてきた。
「ヒャヒャヒャヒャッ!」
男は不気味に哄笑を上げると、獣のように飛び退いて別の獲物を探して戦場に消える。
だ、だめだ……
アタシ一人じゃどうする事もできない……
想像を超える混沌。そこかしこから聞こえる絶叫や悲鳴が頭を駆け巡る度心臓が嫌な音を鳴らし、汗が頬を伝う。こんな時……こんな時、一体どうすれぱいいのか。立ち尽くして考えても答えはでない。剣士として太刀守殿に教えられた心構えの範疇を大きく逸脱している。これが戦場……これが戦というものなのか…………
はっ!
そうだ!太刀守殿!
太刀守殿はいずこにおられるだろうか?
あの人なら……あの人ならきっとこの混沌も収める事が出来る!
そう思って太刀守殿を探して戦場を走り、彼と別れた場所付近に戻った時……信じがたい光景が目に飛び込んできた。




