第169話 クギ湿原の戦い!(中編)
前回のあらすじ:ガンダブロウVS燕木、サシコVSコジノ勃発!
※一人称視点 サシコ
「コジノさんっ!!」
落ちる茜色の夕陽を反射して明るく煌めく銀髪。
ミヴロでの数奇な縁によって巡り合った少壮の女剣士・武佐木小路乃──同じ剣を学び、違う男に憧れ、そしてお互いしか知り得ない秘密を共有する、もう一人の自分。アタシは彼女に対してそのような特別な感情を抱いており、彼女との再会はアタシの胸を否応もなく昂らせた。
「サシコちゃん……やはり来たんやね」
コジノさんはハクオカ訛の独特の抑揚のない声でそう呟く。
……落ち着け。
落ち着けアタシ。
ここに来た以上、彼女と遭遇する事も敵として剣を向けられる事も予想の範疇。その覚悟があったから太刀守殿についてきたんでしょ?
「君とは出来るだけやりとうなかった。ばってん、任務の邪魔をすると言うなら……」
コジノさんは剣を構え、戦闘体勢を整えた。アタシを見据えるその琥珀色の眼には友愛の情ではなく冷たい敵意が秘められている。
「容赦はせんばい」
こうして立場を異にして相見えた以上、手心は加えない。コジノさんはそういう人だ。
そしてそれが戦場の倣い。剣士の運命と言うものだ。
アタシは一度大きく息を吸い、そして大きく吐き出す。
「コジノさん……アタシは……」
自分の想いを吐露しようとして言葉を飲み込む。
アタシはコジノさんを超えたい。でも出来る事なら殺し合うことはしたくない──そんな欺瞞の言葉を伝えてどうする?
アタシはコジノさんと戦いに来た。望んでそうした。
ならば剣士として今やるべき事は何だ?
……少なくとも言い訳がましい言葉を投げかける事ではない。
「……覚悟はよかね?」
「もちろん」
アタシはもう一度深呼吸をして剣を構えた。
「エイモリア無外流『武蔵風』……宮元住蔵子! 参ります!」
アタシはコジノさんが動くより先に大地を蹴った。
そして、アタシは所持する二本の剣のうちの小太刀を振りかざし、呪力を込めた。
「"宿禰嵐・雷電谷風"ッ!!」
ミヴロで得た5属性。そのうちの2つ、風行と空行の複合技だ。
風行で得た速力に空行の破壊力を付与した連撃……コジノさんはその小柄な体に不釣り合いな長刀を器用に操り攻撃を防御していく。
「あの時より更に使える様になっとるね」
く……さすがコジノさん!
やはり一筋縄ではいかないか……!
「なかなかの剣たい」
そうアタシの剣を評すると、コジノさんは体から禍々しい呪力を放ち始めた。
これは……妖化!アタシの5属性と同じく、金鹿馬北斎の実験によりミヴロで得た力!
「……フゥ〜ッ!」
コジノさんは獅子のたてがみの様に毛を逆立たせ、背中から翼を生やすとそのまま垂直に跳び上がる。そのまま羽を羽ばたいて飛行し、アタシの攻撃の射程から離れると剣を掲げて呪力を集中させた。
「今度はこっちの番……ハクオカ理心流『天巌』……」
彼女の剣からは空行による黒い電光が放たれる!
電撃による攻撃!?
……と思ったが、発生した電気はアタシにではなく周囲の兵士たちに向けられた。サイタマ軍、反乱軍に関わりなく浴びせられた電気には直接の攻撃力は無いようで彼らが苦しんでいる様子はなかった。しかし……
「あっ!?」
「なんだァ!?」
黒い電気は兵士たちの刀や槍に纏わりつくと、釣り糸で引っ張り上げるようにそれらの武器が空中を舞った!
こ、これは……まさか!
「"北縄黒"ッ!!」
空中に舞い上がった武器の数々がアタシ目掛けて猛然と迫りくる!
空行で発生させた磁力による鉄製武器の遠隔操作!
「ううっ!!」
アタシは縦横無尽に飛び交う数十本の刀や槍を撃ち落としていく……すごい物量攻撃だけど、一発一発に付与された呪力は微量。冷静に対処すれば今のアタシには回避可能な技だ。
舐められたものね。もっと激しい攻撃じゃないとアタシを倒す事は……ハッ!?
「ハクオカ無外流『天獅咆』……」
気づくとコジノさんは先程までいた空中から一気に間合いを詰めてきていた!
先程の技はただの目眩ましで本当の狙いはこっち……!気配を読めなかったのは六行の技による加速ではなく自然落下による加速だからか……コジノさん!流石ね!
「"墜衝・勢空滅燈"!!」
落下の衝撃と火行の力を剣先に一点集中した突き!
受け太刀は間に合わない!
でも……
「……はッ!!」
アタシは風行の力を込めた剣を前方に振り、同時にあらかじめ踵に貯めていた空行の力を解き放つ!
すると爆発的な推進力を発揮し後方に自分でも意外なほどの速度で飛び出し、着地の時に体勢を崩してよろけてしまう……が、攻撃の回避には間一髪で成功!
「"蹴速月足"……!」
ふう……あ、危なかった……!
奇襲に備えていつでも動けるように足底に空行の力を貯めておく癖をつけてなければ今のでやられていたかも……火行による身体強化を事前に施していた事も活きた。
やはりコジノさんは強い。半妖化の力も相まって、アタシの感じられる範囲では御庭番十六忍衆の戦士とも遜色のない強さだ。
でも今の所何とか対応できている。
日頃の修行の成果もあってか、アタシはあのコジノさんとまともに渡り合う事が出来ている……この事実は今まで懐疑的だった自分の実力に少しばかりの自信と、戦いへの甘美な高揚感を感じさせてくれた。
「……ふーん。やりおるね」
コジノさんは地面に突き刺さった剣を抜くと、再びアタシと向かいあって静かに間合いを詰めてくる。今度は小細工抜きで正面から打ち合う気だ。
アタシも受けて立つべく体勢を整えて剣を握り直す。
「エイモリア無外流『武蔵風』……」
「ハクオカ無外流『天獅咆』……」
気は充実している。それはコジノさんも同じだと何故だか分かった。
ならば全力の……全霊の技で迎え撃たなければ。
そう覚悟し、地面を蹴ろうとしたその時──
「ほおー! 盛り上がってるじゃねえか!」
突如横から聞こえてきたその声に集中を乱された。
こ、この声は……!?




