第168話 クギ湿原の戦い!(前編)
前回のあらすじ:ガンダブロウは旧友・燕木哲之慎と剣を交える!
一人称視点 サシコ→ガンダブロウ
「サシコはあっちを頼む!」
太刀守殿が反乱軍が護衛する籠の方を指さす。
彼らを逃してしまえば燕木哲之慎が戦う理由もなくなり、少しは話をする隙が生まれるかもしれない……という事ですね!
「承知しました!」
アタシは太刀守殿の指示を即座に理解し、彼らの一騎打ちの場から離れて反乱軍の援護に向かう。いきなり押し込まれた太刀守殿の姿に少し動揺してしまったけど、ここは冷静に自分の役目を果たさなければ……
太刀守殿と肩を並べて戦いたい……そう願った矢先に訪れたいきなりの好機。ここでアタシは少しでもあの人のお役に立って証明しなければならない。太刀守殿の相棒として一番相応しいのは吉備牧薪でも亡くなった明辻さんでも……アカネさんでもなくて、このアタシなのだと!
その為には例え相手が御庭番十六忍衆であろうとあのコジノさんであろうと負ける訳にはいかないんだ!
「でやああっ!!」
アタシは反乱軍を取り囲むサイタマ軍の兵士たちに打ち込み、十人ほどを倒して包囲の一角を切り崩した。
「おお! 援軍か!?」
追い詰められていた反乱軍の兵士たちは一斉に活気づく。
アタシは防御隊形で密集する彼らの陣に合流し、彼らの指揮官と思しき頭巾で顔を覆った怪しい法衣の男に近づいた。
「貴方が亜空路坊さんですね?」
「いかにも」
やっぱりこの人が亜空路坊……コジノさんが注意しろと言った反統一派組織・六昴群星の幹部……
「助太刀感謝する。君も反乱軍の一員なのかね?」
頭巾の奥から唯一見えるギョロギョロとした目がこちらを値踏みするように見つめる。ねっとりとした威圧感と微かに感じる怪しげな呪力の気配……近くに立って気づいたが、この男は六行使いだ。
何故この状況で六行の技を使って脱出を図らないのかは分からない。
怪しい。やはり何か意図を隠しているのは間違いない様だけども……
「……話は後です! アタシが血路を開きますから、そこからこの窪地を脱出して下さい!」
考えている暇はない。
それにいくら怪しくてもこの男を救い出すのが取引の条件。
警戒はするけど、今は味方のアタシや太刀守殿にすぐに危害を加えてくるとも思えないし、差し当たってはこの包囲網を脱出する事に集中しよう!
「エイモリア無外流『武蔵風』…………"蹴速抜足"!!」
「うわああっ!!」
アタシは風行による高速移動で生じる風圧でサイタマ軍の兵士たちを吹き飛ばし、窪地から抜け出る為の脱出路を開いた。
「今のうちに! 早く!」
その合図を聞いた反乱軍たちは亜空路坊と何やら偉い人が乗っていると思しき籠を護衛しつつ、窪地を抜け出る。
「籠には何人も近づけるなよ!」
亜空路坊の指示が飛ぶ。
はあ、まったく……誰が籠に乗っているか知らないけど、この状況でまだ外に出てこないって、余程位の高い人なのだろうか。おかげで移動速度は落ちるは敵兵の注目を集めるはで、護衛する方はいい迷惑だ。
「坂だ、気をつけろ! 丁重にお運びするんだ!」
アタシが敵方ならこんなノロノロした目立つ一団を絶対に逃しはしない。
アタシは周囲の木々や藪をくまなく注視しつつ、窪地を抜ける坂道を登る。もし今敵方に手練がいれば……きっと狙ってくる。手練とは……つまり、あの人の事だ。
そして、窪地の坂を登りきったその時──
「ハクオカ理心流『天巌』……」
……!!
この呪力の気配……!!
「"東天紅"ッ!!」
左側面から赤く稲光を放つ呪力の斬撃が飛んでくる!
「はあッ!!」
アタシは天羽々切を横薙ぎに放ち、斬撃を空中で霧散させる!
今のは先のミヴロでの戦いで見た空行の技……間違いない!
確信を持って振り返るとそこには予想通り、小柄で華奢な銀髪の少女が琥珀色の瞳でこちらを見据えて立っていた。
「誰を探しとーか?」
「……コジノさんっ!!」
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「お前、村雨岩陀歩郎か?」
「今気がついたのォ!?」
燕木哲之慎はようやく旧友の顔を思い出すと「ああ、そんな奴いたね」と言わんばかりに二度ほど頷き、極めて淡白な驚きを示した。
「反乱軍にしては中々の手練れだと思っていたが……村雨、お前だったとはな」
もとより友情にはあまり関心の無い男。再会に際して過度な反応を期待していた訳ではないが、ここまでアッサリとした態度をされるとは……
生涯の好敵手とばかりに意識し過ぎたこっちが恥ずかしくなるではないか。
……ちっ!
まあ、いいさ。
この男に会いに来たのは別に旧交を温める為ではない。
「燕木、聞いてくれ。訳あって反乱軍に助太刀したが、俺は必ずしもお前の敵ではない……話がしたいんだ。一度矛を納めて俺の話を……」
と、ここまで話したところで燕木は再び槍を構えてこちらに飛びかかる。
「って、おォい!」
突きを回避してまた間合いを開けるが、燕木は間髪入れずにまたも攻撃を繰り出してくる。
「ぐ……いいか、燕木! 俺はキリサキ・カイトを……倒したい訳じゃな……とァ!」
回避、受け太刀、受け太刀、回避、回避……
燕木は俺の話に一切反応する事なく、立て続けに攻撃を放つ!
くっ……取り付くシマもなし!
結局、こうなるのか!
「話を聞けいッ!!」
ならばと、俺も反撃を試みる。
間隙をついて踏み込むと燕木は三叉の槍で斬撃を受け止め、しばし競り合いとなった。しめたとばかりに俺は再び燕木に言葉を投げかける。
「燕木! お前、本気でキリサキ・カイトの下についたのか!?」
「……」
しかし、燕木は答えない。
返ってくるのはギリギリと刃が軋む音だけであった。
「お前がタダでキリサキ・カイトの軍門に下る訳はない! 何か裏があるのだろう!」
「……」
「お前の真の目的はなんだ? 御庭番は何を企んでいる?」
「……」
「答えろ!!」
俺は鍔迫り合いの状態から更に深く踏み込み、草薙剣を振り抜いて燕木を押し返した。
燕木は間合いの外にニ、三歩下がるが、怯ませる程体勢を崩した訳ではない。先程までならすぐさま反撃に転じてくる場面だが、攻撃の気配はなく、槍を静かに降ろした。
そして、燕木はおもむろに口を開くと、意外な言葉を俺に投げかけてきた。
「村雨。お前、弱くなったな」
「……あァ!?」
な……何ぃ!?
俺が弱くなった……だと?
「昔のお前なら刃を交えた時にすぐ分かったはずだ……あの頃の村雨岩陀歩郎の剣には魔性があった。剣士が惹かれる妖艶な気が込められていた」
何を言っているのだ?
俺の剣に魔性……だと?
……確かに俺はキリサキ・カイトに敗北後長きに渡って剣を握っていなかった。旅を始めた当初は多少の衰えを感じる事もあったのも否定できない。
しかし、旅の道中、幾度かの戦いを経る事でカンを取り戻していった。今では全盛期と技のキレに遜色はないはずだ。現に御庭番や御庭番に準ずる六行使いの強敵を何度も倒してきた。そして何より……
「今のお前の剣には何も感じやしない。そんなつまらない男と話す事など何もない」
「……言ってくれるな!」
俺にはアカネ殿を守るという揺るがぬ決意と信念がある。かつての俺以上に充実した気が剣には込められているはずだ。
今の俺の剣には何もこもっていないなど……断じてない!
「燕木! お前こそどうなんだ? 利き腕と片眼を失い、にわか仕込みの得物に持ち替え……そんな状態で弱くなったというこの俺に勝てるのか?」
俺は燕木に言い返して見せた。
が、燕木は歯牙にもかけない。
「駄目だな。やはり今のお前は何も見えちゃいない」
「何ィ〜!?」
かつて初めて道場にやってきた時の様に……雑魚の言うことなど耳には入らないという態度だ。
ふん……燕木の奴とはなるべく穏便に事を運びたかったがここまで挑発されちゃ、剣士としては黙っていられない!
「そこまで言うなら是非もない! かつての腕が健在か、この剣で確かめてやる!」
俺は草薙剣を構え、本気の戦闘態勢に入る。
「さァ、見せてみろ! 風行使い最強の剣と謳われた……あの飛燕・三段刃を!」




