第163話 盤根錯節!(前編)
前回のあらすじ:反乱軍を急襲したのは御庭番・燕木哲之慎との報!旧友の襲来にガンダブロウは……?
突如マキが吾妻榛名に持ちかけた取引──
マガタマの情報を得る代わりに俺が燕木哲之慎を撃退する……て、おいおい!そんなの聞いてないぞ!
「マキ! お前、何を……!」
と、彼女の真意を問い正そうとした時、マキが俺の口を遮るように手をかざした。その眼は「考えがあるから村雨くんは黙ってて」と言わんばかりであった。
むむむ……不可解だが恐ろしく頭の回るこの女の事だ。何か妙策を思いついたが説明している暇はないという事なのだろう。とりあえず奴らの熱気に押し込まれていた流れは変わり、今この場の主導権をマキが掴みつつあるのは確かだし……ここは静観してみるのが得策か?
「ほう。取引ですか」
マキの提案に沈黙していた吾妻榛名もついに口を開く。その時、彼の眼が夜陰の中の獣がごとくギラリと光ったように感じた。今まで飄々とした態度で感じさせる事のなかった群れの長としての苛烈な意志……マキのやつ、腹の読めないこの男の本心をまず露わにする事を狙っているのか?
「言っとくけどあの燕木くんと闘り合うってんなら、ここに集まったザコが何人掛かりで囲んだって勝ち目はないよ。ここにいる中で勝ち目があるとすれば唯一この男だけ」
確かにそれはマキの言うとおりであろうな。燕木はこのジャポネシア全土でも恐らくは五指に入る超一流の武芸者である。
ここには六行使いも何人かいる様だが、気配から察する事ができる範囲で言えば燕木とまともに戦う事ができる達人はいないようである。唯一対抗できるとすれば、呪力の気配を上手く隠して実力を悟らせない踏越死境の三蔵寺とかいうあの男だけだが──
て、んん? あの男、いつの間にか姿が見えんぞ……この非常事態に一体どこへ……?
「それは……我らと共にキリサキ・カイトを討つ事に協力頂けると、そう解釈してよいのですかな?」
「いやいや。これはあくまで今回一度きりの契約。それ以降も協力するかどうかは……まあ今後のおたくらの態度次第というところかしら」
マキと吾妻。
両策士はいずれもうっすらと笑みを浮かべながら互いに視線を交錯させる。二人共あくまで口調は穏やかなままであるが、彼らの間にはまるで矢を引き絞った状態で向かい合っているかのような緊張感が走っているのが分かった。
「分かりました。我らが吉備司教の望む情報を持っているとは限りませんが……取引に応じましょう」
「契約成立ね」
そう言うとマキは俺の方にくるっと振り返ると、俺の怪訝そうな表情を気づいてかどうか、ポンと肩を叩いて見せた。
「よーし! そうと決まれば早速燕木くんをぶっ飛ばしに行きましょうか!」
そう言うとマキはテキパキと伝令の者から戦闘が行われているという地点の情報と地図を受け取り俺の手を引きながら司令室の出入り口へと向かう。
ぬぅ……マキめ。一体いかなる了見か。
事と次第によっては彼女の勝手にした取引など反故にして反乱軍への協力など無視してやってもよいのだが……
「おおお! 太刀守殿が我らの為に戦ってくれるぞ!」
「こんなに頼もしい事はない!」
「御庭番何するものぞ! 太刀守バンサイ!」
背に反乱軍の面々からの歓声と喝采。
今更やらないとは言いづらい雰囲気……しかし、この妙な雰囲気に流されてはいけない。大局を見れば今下手にキリサキ・カイトやサイタマ軍と事を構えるのが得策とも思えんし、それはここに来る前にもマキと意見をすり合わせ済みの事だ。
司令室を出てすぐに俺はマキに詰め寄り真意を問いただす。
「マキ! これはどういう事だ! 説明しろ!」
「やだ、近い近い」
マキは俺の胸の当たりを手でグッ押し返しながら、ヘラヘラ笑う。
ちっ……この女、また自分だけで納得して面倒くさがって説明をせんつもりか。
「まさかお前がマガタマの情報を欲しいだけと言うんじゃないだろうな!」
「え? もちろんそうだけど」
「き、貴様……」
「まあまあ。アカネちゃんの為にもマガタマの情報は必要でしょうよ。それにこのまま私らが何もしなければ反乱軍は燕木くんに皆殺しにされてしまうわよ。少しでも流れる血は少ない方がいいんじゃない?」
ぐ……確かにそれはその通り。
俺の知る燕木哲之慎はその美麗な風貌にそぐわぬ苛烈な意志を持った男だ。一度敵と決めた相手に対して容赦を見せる事はありえない。反乱軍の総戦力がいかほどかは分からぬが、一騎当千の力を持つあの男を相手にすれば相当の犠牲が出る事は間違いないだろう。
そして、それはアカネ殿がもっとも嫌う事態である……
「それに相手が燕木くんなら必ずしも殺し合いをする必要もないかもよ。昔なじみだし、話合いで解決できるかも」
「……おい、忘れたのか? アイツのあの性格を」
俺やマキと燕木は旧知の仲。
しかし、停戦交渉の余地があるかと問われればその望みは薄いと言わざるを得ない。燕木は決して冷血漢ではないが、特殊な出自もあって馴れ合いを好まず、俺やマキに対しても多少の仲間意識はあっても任務と秤にかけて温情をかける様な性格ではなかった。




