第161話 盟主会談!
前回のあらすじ:ガンダブロウは反乱軍の盟主・六昴群星の吾妻榛名と対面する!
「さあ、こちらにおいで下さい」
吾妻榛名は柔和な笑顔で俺達を最奥の席へと誘う。ここまで来ておいて断る理由もないので、俺とマキは促されるまま反乱軍の幹部たちが着座する長机の横を通り部屋の奥に進む。
罠ではない……とは思うが、用心するに越した事はないだろう。こちらを見つめる反乱軍の面々を注視しつつ、即座に奇襲に対応出来るよう身構えていると、覚えのある顔が長机にあるのが見えた。
「厶! お主は……」
見事に禿げ上がった絶壁頭の糸目の男。その漆黒の羽織には半骨半面の不気味な刺繍が描かれており、怪しげな呪力の気配も相まって異様な雰囲気を醸し出している。
「うふふ。やはりまた会いましたねぇ」
クリバスの門で小競り合いした踏越死境軍の──確か三蔵寺とかいう男。
やはり反乱軍に合流していたのか。あの時にいた他の連中の姿は見えないが、恐らくはこの砦のどこかにいるのだろう。主義主張などは無く、見境なしに死地を求める戦闘狂どもが反乱軍の連合に加わる理由は単にキリサキ・カイトとの戦争に参加する為か、はたまた別の思惑があるのか。
少なくともこいつらが素直に軍の規律に従うとも思えんし、何かしらの混乱の火種になる恐れは大いにあるが……今はそこに気を回している余裕はないな。
俺は三蔵寺に警戒は向けつつも横を素通りし、吾妻榛名と向かい合う位置にある席に着座した。マキもそれに続いて席につく。
「わざわざお越し頂き恐縮です。太刀守殿、吉備司教……今日あなた方をこの場にお呼びしたのは他ならぬ私の意向でしてね。理由はお分かりになるかと思いますが……」
吾妻榛名は落ち着いた深みのある声でそう話を切り出した。
「あなた方の反乱軍に参加して一緒に戦えと言うのですね?」
吾妻は「はい」とにこやかに頷く。
反乱軍の司令部にあって奇妙なほどに穏着な空気を纏うこの男──一見大軍を率いて謀反を企てる様な剛毅さを持っている風には見えないが、その言葉には人々の心を昂らせる得も言えない浸透力があるように感じさせた。この感じはかつての我が主君……エドン公王にも通じる風格だ。
「いかがですかな? 我々と共に大義を成す為に戦ってはくれませんか?」
なるほど。万単位の人を率いるだけの為政者の資質は備えている様だ。少なくともキリサキ・カイトよりはまともな指導者に見える。だが……
「吾妻さんと言いましたね。俺たちもキリサキ・カイトの治世を快く思っていないのは同じです。しかし、今俺達はキリサキ・カイトと事を構えるつもりはないのです」
だが、いかに王の資質や風靡を持っていてもそれが戦いの勝敗に直結する訳ではない。いかに兵士たちを上手くまとめて妙策を講じたとて、相手はあのデタラメに強いキリサキ・カイトなのだ。例え勝つ事が出来たとしても相当数の犠牲者が双方に出るのは明らかであった。
ならばやはり俺達はその様な破滅的な結末を迎える前に彼らを説得しなければならないだろう。
「何故だ!」
「異界人に恐れをなしたのか!」
俺の発言に失望したのか反乱軍の面々より怒号が飛び交う。問答無用で今にも飛びかかってきそうなその激しさを見るに、やはりアカネ殿は下に待機させていて正解だったな……
「……俺達の目的はキリサキ・カイトの打倒ではなく、ヤツを元の世界に送り返す事。その為にウラヴァを目指しているのです」
俺が自分たちの旅の目的を吾妻榛名に伝えると外野は「生ぬるい!」「しかし、そんな事が出来るなら……」などとざわつき始めるが、吾妻本人は彼らのように動揺した素振りは一切見せなかった。吾妻はスッ……と手を挙げる。するとその動きに呼応するのように他の反乱軍の面々を一瞬にして静かになった。
「壇戸氏から聞いていますよ。しかし、その送り返す為の方法というのはまだ確立されていないそうじゃないですか」
吾妻榛名は以前に壇戸さんと話した時と同じ様に、キリサキ・カイト送還の実現性に疑問を呈した。まあ、当然と言えば当然の疑問だ。
「不確定な手段を頼りに何年も無益に時間を浪費する事に民はもう耐えられないところに来ているのです。今誰かが立ち上がらねば、キリサキ・カイトの支配体制はより強化されジャポネシアの民はより一層困窮……民が革命を起こす機会を百年逸する事になります。ならば……」
今まで穏やかに話していた吾妻の口調が段々と熱を帯び始める。
「そうなってしまう前にキリサキ・カイトを倒す! それを今成すのが我らの責任であり使命なのですよ」
……確かに、彼の言には一理ある。
キリサキ・カイト本人の強さはいざ知らず、組織としてのサイタマ共和国はまだまだ成熟とは言い難い。各地の国家を併呑したとはいえこの5年の間だけではまだ隅々まで支配体制を確立出来ているものではない。現に彼ら反政府組織が内通者を多数共和国内部に送り込んで工作を行えているし、御庭番十六忍衆や統制者がキリサキ・カイトの意向を無視して暗躍出来ているのもいい証拠だ。
だからこの幼稚で不安定な統治機構が時間を経て完成してしまう前に瓦解させてしまおうと狙うのは謀反側からすればしごく真っ当な戦略であると言えた。しかし……
「勝てる見込みはあるのですか?」
結局のところはやはりこれに尽きる。
例え数十万の大軍をキリサキ・カイトたった一人に差し向けたとしても俺は確実に勝てるとは思わない……俺は一度ヤツと戦ってその強さは嫌と言うほど分かっている。奴は文字通り異次元の強さ。それはここに集まる者たちも十分承知のはずである。
「勝算はあります」
吾妻は静かに、しかし力強くそう言い放つ。
その言葉にはハッタリや破れかぶれではない確信めいたものが込められているのを感じた。
「……それは単に武力での対抗をするだけでなく、他の手段もあるという事かしら? 例えば敵の内部に内通者がいるとか」
マキが吾妻にそう質問する。
「もちろんそれもあります」
それ、も……ね。つまりまだ他にも策があるという事か。
それは壇戸さんの態度からも伺えたが、果たしてその策とはいかなるものか……
「あのキリサキ・カイトと事を構えるのです。当然いくつも仕込みがあります」
「仕込み……ですか?」
「ええ。まだ正式に仲間となった訳ではありませんから全てを話すことはできませんが、その一端は今日中にお見せできるかと思いますよ。今ちょうど我が同士が連れてきているところですからね」
連れてきているという事はその策というのは俺たちとは別に誰か対キリサキ・カイトの切り札となるべき人物、もしくは集団を仲間に引き込んでいるという事か。雑兵が何万人いてもキリサキ・カイトに対して何の戦力にはならないだろうから相当の手練である事は予想されるが……
「ほう。一体どんな人物を連れて来られるのです?」
「貴方も知っている人物ですよ。まあ、会ってからのお楽しみという事で」
俺の知っている人物……旧エドン関係者か、はたまた戦国七剣級に名の通った武芸者か……しかし、会ってからのお楽しみとはつまり、その人物が来るまではここに留まれという事。そうまでして俺たちを長時間抑留しておきたいというのは交渉の為の時間稼ぎか。うーむ、やはりこの男、なかなかに弁論術に長けていると見た。
「その人物を見れば貴方がたもいくらか我々に勝ちの目がある事を理解してくれる事でしょう……しかし、そうは言っても確実な勝てる戦争などはありません。不確定要素もまだまだ多い」
吾妻はそう言うと俺の眼をまっすぐ見据える。その透き通る碧眼には何か人を魅入らせるような──識行の術とは別の──言葉にできない魔力を感じさせた。
「しかし、貴方がもしも我々と共に戦ってくれるのならその不確定要素もほとんどなくす事もできる……改めてお願いします。我々の反乱軍に力を貸しては頂けぬでしょうか」
そう言うと、彼の言葉に呼応して周囲もワッと一気に沸き立つ。
「太刀守殿! 俺達にはアナタしかいないのだ!」
「この世界を救う英雄になってくれ!」
うっ……凄い熱気だ……
こちらが説得に来たつもりだったのにいつの間にか俺の方が彼らに取り込まれそうになっている……いかんな。何とか話の流れをもう一度取り戻さねば。
「吾妻さん。俺達は…」
「あー、もうめんどくさ! やめやめ! あざとい扇動も回りくどい腹芸もやめにしましょ!」
俺が吾妻との交渉に苦戦しているのを見かねたマキは話の流れをズバッとぶった切り、吾妻に対して単刀直入に質問した。
「ぶっちゃけさ。アナタ、帝を倒すための仕込みがいくつかあると言ったけど……その仕込みとやらの中にマガタマはあるのかしら?」
マキめ!いきなりブッコミおったな!
確かに俺たちにとってマガタマの情報を六昴群星から引き出す事は最重要目標の1つ!アカネ殿の為にも何とかそこに話を持っていくのは必須だが、事前の打ち合わせではもう少し慎重に探りを入れていくという段取りだったのだが……
「マガタマって……あの伝説の神器の事か?」
「一体何故今マガタマの話を?」
マキの突拍子もない問いに周囲はざわつく。
まあ、そりゃそういう反応になる。彼らからすればマガタマはおとぎ話の中の産物でしかない。実在するかどうかも分からぬばかりか、まして軍議の最中に飛び出すような単語だとは夢にも思わなかった事だろう。
「マガタマ……ですか?」
吾妻も突然の斜め上からの質問に眉をひそめる。
……金鹿の資料によれは六昴群星はマガタマの1つについて何らかの情報を持っているという事だ。その情報が正しいのであれば何らかの反応を見せるかもしれないが……果たして彼の見せた驚きは演技か動揺か、あるいは何も知らぬが故の困惑か。こうなっては即興のやり取りの中で少しでも情報を引き出せるように出たとこ勝負で対話するしかないが、もともと俺はそういった弁舌に長けている訳ではない。ここはマキの舌に任せるしかない局面か……
「吉備司教……貴女の研究主題はマガタマでしたね。神に等しい力を持つというあの伝説のマガタマならばキリサキ・カイトに対抗する切り札にもなるでしょうね。しかし、そんな伝記上のシロモノの話をいきなりされても、我々としては…」
「あら? 聖職者の癖に創世記伝説の逸話を否定するの?」
「…………い、いや、決してそういう訳ではなく…」
「ごちゃごちゃ言わないで答えて……アナタたちの手中にマガタマはあるの? ないの?」
おお、有無を言わせぬゴリ押し……この女、交渉などするつもりはなく、最初から力技でマガタマの情報を聞き出すつもりだったのか。下手をすれば相手の心象を悪化させ交渉の余地を無くしてしまうかもしれぬ博打だが、ちまちま腹の探り合いをするのが性に合わないのは俺も同じ。彼らには悪いがまずは俺たちの都合で話をさせてもらおうか。
「ふむ……分かりました。それでは、つつみ隠さずお話ししましょう。我々は……」
そう吾妻が切り出した時、司令室の部屋の扉が勢いよく開け放たれた。




