第160話 革命サミット!(後編)
前回のあらすじ:ガンダブロウとマキは反乱軍の首謀者が待つ司令室へと足を踏み入れる……
「だから言っておるのだ!」
司令部の扉を開けた途端に怒号が鳴り響く。
「我らの目的はあくまでキリサキ・カイトの打倒! 兵士同士の戦いはあくまでその過程なれば、やつの暗殺にこそ注力すべきだ!」
「手ぬるい! キリサキ・カイトだけでなく奴に従った者どもも皆殺しにすべきだ! 異界人の残した足跡全てを消し去らねばジャポネシアの伝統は戻らぬ!」
「そんな事が本当にできるのと思っているのか! 時代遅れの復古主義者め!」
「ハッ! 片腹痛い! 貴様らこそ夷狄に迎合する軟弱者だ! ジャポネシア男子の風上にも置けんわ!」
喧々諤々、多事争論……
三十畳ほどの広さの部屋で長机越しに数十人に及ぶ男達が議論を戦わせる。
その軍議の熱量たるやまるで今ここで戦争が行われている様にすら感じられた。
「誰もこっちに気づいてないわね」
「う、うむ……」
部外者たる俺とマキはその異様な勢いにただただ圧倒されていた。
かつて幾度かの戦争に参加し、リャマナス侵攻作戦はじめ軍略を決定する重要な会議にも何度か参加したがこれ程熱狂的に議論を戦わせる場に居合わせた経験はない。大国の為政者たちが主導する政治手段の1つとしての戦ではなく、民衆自らが叛意と義憤によって立つ戦──革命。その波が生み出す士気とはこれ程までに凄まじいものか。
「そもそもあのキリサキ・カイトを確実に殺せるなどどこに保証がある? ここは戦局が膠着した時も想定しより有利な条件で和睦し、やつの政治的な権限を弱体化させるという方向性も検討すべきだ!」
「馬鹿めが! それこそ夢想だと何度言えば…」
途切れることなく続く激論……このままでは彼らの話に割って入る事もできない。俺達は呆気に取られて立ち尽くすしかなかった。
そんな状況を見かねてか、壇戸さんは1つ咳払いをして白熱する彼らの間に分け入っていく。
「あー、ちょっと……ちょっといいかな!」
ここでようやく部屋に来訪者があった事に気づいた彼らは壇戸さんの方に注目する。
「ムッ……壇戸殿! この大事な時に今までどこにいっておったのだ!」
「がなるな、がなるな。彼らを下まで連れに行っていたのだ」
そう言って壇戸さんは親指で背後の俺たちの方を指し示した。
「ぬぅ!? き、貴殿らはまさか……」
視線が一斉にこちらを向く。
議論の熱気が引き潮の様にスーッと引いていくと、一瞬のちにざわつきが起こり、たちまちの内にどよめきに変わると、最後は狂騒が高波のごとく押し返してきた。
「た、太刀守殿だァ!! あの太刀守殿が来てくれたぞォ!!」
「帝に反旗を翻し、差し向けられた御庭番十六忍衆を次々と撃破してきた天下無双の剣神! 彼がいればまさに千人……いや万人力だ!」
「後ろにいる美女は紅鶴御殿の司教、吉備牧薪じゃないか!」
「紅鶴の戦いでキリサキ・カイトの軍勢を退けた戦いの女神……やはりヨロズ神の加護も我らにあるという事か!」
「これで俺たちの勝利は確実だ〜!!」
おお……凄い熱狂だ……!
壇戸さんの口ぶりからして俺たちの道中での戦いがかなり尾ひれがついて伝聞されている事は何となく分かっていたが、ここまで俺たちを神格化しているとはな。
「待て待て、皆の衆。太刀守殿も吉備司教もまだ我らの反乱軍に参加すると決めている訳ではないのだ。早とちりはせんように」
壇戸さんが興奮する彼らをなだめる様にそう言った。
「何ィ!? そうなのか!?」
「では、何故この場に連れてきたのだ!」
俺たちが参戦すると思い湧き立った反乱軍の面々はたちまち壇戸さんに疑問を投げかけた。
「貴様、太刀守を必ず説得するとか何とかほざいておったではないか!」
「ああ、いや、それは……」
ムッ……そんな口約束をしていたのかこの人……
大方俺たちとの関係性がある事を利用して組織内の立ち位置を強化しようと画策していたのだろうが……
「アンタも中々狸だねぇ」
マキがそう言って、ジロリと彼に視線を向けると、
「方便ですよ、方便。彼らを納得させるための」
と言って笑ってごまかして見せる。
やれやれ。壇戸さんは悪い人間じゃないのだが、どうも調子のいいところがあるというか八方美人が過ぎるというか……いまいち信用できんな。
俺たちの立場については彼の仲立ちは介さず、自分の口から説明する必要がありそうだ。そう思い言葉を発しようとしたその時──
「皆さん、静粛に!」
軍議の長机の最奥からよく通る澄んだ声が響き渡った。
今度は視線が一斉に部屋の奥へと向く。
砦の外まで一望できる展望用の窓から差し込んだ西陽を背に、その男は静かに微笑んでいるように見えた。
男の歳の頃は三十前後だろうか──長髪と遠目にも分かる異国風の美しい顔立ちは、どこか王族のような浮世離れした雰囲気を感じさせた。
人目を引く高貴な見た目だけでなく、彼の一声であれだけ騒々しかった場が水を打ったように静まり返った事からも彼がこの司令部の中でも別格の存在感を有している事が分かる。
なるほど、そうか。こいつが例の──
「始めまして太刀守殿。私は六昴群星の吾妻榛名……この反乱連合軍の盟主をしております」
吾妻榛名はそう挨拶すると次にマキの方に向き直る。
「吉備司教もお久しぶりですね」
お久しぶり……だと?
という事はこの吾妻という男はマキと知り合いという事か?
そういえば、マキは壇戸さんから彼の名前を聞かされた時に何か心当たりがあるような素振りを見せていたな。
「知っているのか、マキ?」
「ええ、アイツ元彼なの」
「はあっ!?」
「……というのは嘘で、彼は同業者……つまり私と同じくヨロズ神に仕える聖職者で、富岡聖殿の司教なのよ。以前に何だったかの儀式で顔を合わせた事があるの」
富岡聖殿……確か紅鶴御殿やデグモー大聖堂と並ぶヨロズ神道の主要施設の1つだったな。紅鶴御殿が陰陽術や神器の実用に特化した研究をしているのに対し、信仰の厚いゲンマ皇国にある富岡聖殿は神事祭儀の執行に特化した宗教色の強い施設だと聞いた。国家間の戦争や政治闘争とも基本的には距離を置いており、キリサキ・カイトが宗教には無関心で弾圧などもこれと言って行っていない事からも、そこの司教が武力抗争の為に反乱軍を組織するなど信じがたい事に思えた。
「まさか、アナタが反乱軍の盟主なんかをやってるとはね」
「色々と事情がありましてね。その辺りの話はまたゆっくりと……」
そう言って吾妻は立ち上がると、上座にある席へ来るよう俺たちに促した。




