第159話 革命サミット!(中編)
前回のあらすじ:ガンダブロウたちは反乱軍の基地にて反サ革のリーダー壇戸と再会する。
「おっとマシタ・アカネさん。すまんが、貴女はここで待っていてもらいましょう」
「え?」
今まさに最上階の一室で行われているという軍議の場に赴こうとした時、壇戸さんはアカネ殿が随行する事を制止した。
「……それはいかなる了見ですか?」
俺はジロリと壇戸さんの顔を睨みつけた。
「そう睨まんで下さい。いや、私はアカネさんが決してキリサキ・カイトの側の人間でないというのは分かっておるのですが……今軍議に出ておる幹部連中には異界人というだけで敵愾心を剥き出しにする頭の固いのが何人かいましてな。今は奴らを下手に刺激したくはないのですよ」
む……マキやサシコが指摘した通りか。
確かにそういう連中がアカネ殿の姿を見て激高すれば話し合いどころではなくなるかもしれん。下手をすればその場でアカネ殿を殺そうとするかもしれないし……まあ、彼らの一部が凶行に走ったところでこちらの戦力を考えれば殺される可能性は限りなく低いが、そんな非生産的な面倒に巻き込まれるのはゴメンだ。しかし……
「分かりました。わたしはそれで構いません」
アカネ殿は壇戸さんの話を承諾する。
彼女の性格を思えばそう答えるのは自明の理だった。
だが、そうはいっても彼女を一人でここに残すというのもそれはそれで危険だ。アカネ殿が一人の所を狙って暗殺や捕縛を企む輩がいるという可能性もやはり否定できん。やはりここは混乱が起こる事は承知の上で彼女を軍議に連れていくしかないか……
「なら私もここに残ります!」
と、思いを巡らせていた時サシコが声を上げた。
「サシコちゃん! わたしは……」
「いいんです! アタシが話し合いに出てもあまりお役には立てないでしょうし……ここに残ってアカネさんの護衛をするのが一番お役に立つと思うんです」
サシコはそう宣言してアカネ殿の斜め後ろに立ち、がしっと彼女の両肩を掴んでみせた。背中は任せろ、という事だろう。
もともとアカネ殿がその気になれば、並の使い手が何人束になろうと敵うはずはない。だが、アカネ殿自身はこの世界の人間に危害を加えようとしないという行動制約を自らに課しており、その信念は己の身に危険がせまったとしてもきっと変わる事はないだろう。その心的姿勢は素晴らしいものであるが、裏を返せばその制約が致命的な隙にもなりうる。ましてキリサキ・カイトに恨みを持つ者に対してはアカネ殿が気遅れから必要以上に手心を加えてしまう可能性もあり、そういった意味でサシコの護衛は心強かった。
「おやおや、信用されておりませんな。まあ当然といえば当然ですが……」
「……かまいませんね、壇戸さん」
「ええ、もちろん」
俺はサシコの顔を見やる。
本来俺はアカネ殿のみならずサシコにも危険な目にあって欲しくはなかった。しかし、数ヶ月前ならいざしらず今のサシコは剣士としては立派に一人前と言える腕前。彼女自身がそれを望んでそうなった事でもあるし、今彼女の意思を尊重しないのはそれは思いやりではなく、彼女を侮る行為に他ならない。
サシコは俺のそういった心配にも気づいているのだろう。金色の両目で俺を見返す視線には「心配いらない」「私も肩を並べて戦える戦士だ」という強い意志が感じられた。
「サシコ……頼んだぞ」
「はい!」
紅鶴御殿の時と同じくサシコに「頼んだ」と言葉をかけた。
しかし、あの時とは事情が違う。本当の意味で背中を任せられる一人前の戦士へとかけた言葉である。俺とマキはアカネ殿とサシコに背を向けて軍議が行われているという最上階へ続く階段に向かった。
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「壇戸さん。軍議に出る前に聞いておきたい事があります」
最上階に続く階段の途中。
マキがふいに壇戸さんに対して質問を投げかけた。
「む? なんですかな?」
「……何故、反乱軍は一斉蜂起の時期を今に定めたのですか?」
マキの質問は俺も気になっていた事であった。
この砦に来て分かったのは彼ら反乱軍は組織としてそれなりに統制が取れており、その行動には合議された軍略の裏打ちがあるという事だ。最終的な目標の統一こそ出来ていないものの、決して偶発的な蜂起の連鎖ではないというのは間違いなかった。
ならば、この決起を起草した人物……恐らくは盟主であるという六昴群星の吾妻とやらがこの時期の決戦に何らかの勝算を見出して計画を立てたと推察できる。その判断が賢愚どちらであれ、集まる者たちに納得させる何らかの根拠があるのだろう。
彼らと会見する前にその根拠については知っておきたい。
「それが民の意思だからですよ」
む……それはそうだろうが……
「我らは民の求める道を切り開く為に陣頭に立つに過ぎない。彼らが戦いを望むのなら我々はその為に尽力するのみです」
軍事的な面での理由を聞いたのだが……いや、分かっていてはぐらかしているのか。
ならば、俺からも少し角度を変えて質問してみよう。
「たとえそれが多くの血を流す道であっても……ですか?」
「我らにとっては覚悟の上です」
覚悟……か。
立派な事だが、その覚悟や信念の行き着く先が何百年と続いたあの乱世だ。どんな形であれ一度断ち切れたその連鎖を再び紡ぎ始めるような事が果たして本当に正しいことなのかどうか……
一瞬、金鹿の計画の事が頭をよぎる。
「……キリサキ・カイトのもたらしたこの平和は確かに歪なものだ。しかし、その平和を享受し、新たな世に適応して生きている者たちもいる。此度の反乱はそれらの民が傷つく事になりはしませんか?」
祖国を蹂躪され、仲間や家族を殺された者たちの恨みは計り知れないものがある。実際、俺もその一人。アカネ殿に会って旅の中で様々な出会いを経ていなければ、俺も彼らの蜂起の正当性は認めていたのかもしれない。
「もちろん、そういった者たちをなるべく戦いに巻き込まんよう配慮するつもりです」
しかし、呉光氏や山賊の砦で出会った少女たちなど、今の戦乱のなくなった世を享受して平和に生きている者たちにとってはどうだろう?
彼らにとってはキリサキ・カイトの悪政と戦争による恐怖のどちらがマシなのだろうか?
「そうであってもです。仮にキリサキ・カイト打倒に成功したとしても、その後の世が今よりも良きものにならなければ彼らはもとより貴方たちにとっても……」
「そう。そこです。そこの点については今まさに議論をしている真っ最中でしてな……貴方も是非その議論に参加して頂きたい」
と、そこまで話したところで会議室の前に到着した。
……結局、話が逸れてしまって肝心の勝算については聞き出せなかったな。
「それではご案内しましょう。ここが我ら連合反乱軍の総司令部です」
そう言って壇戸さんが異様な熱気を感じるその部屋の扉を開け放った。




