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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第4章 落日の荒野編(クリバス〜クギ〜)
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第157話 叛徒の根城!

前回のあらすじ:クギの町に到着した一行はすぐに反乱軍に迎えられ、彼らの基地に招かれる事になる。



 反乱軍の一員と思われる男たちに連れられてやってきたのは町外れの谷に立つものものしい砦であった。砦は崖の斜面と土塀に広く囲われ、物見台や馬防柵も備えられた堅牢な外構えをしていた。敷地面積も軽く数万畳はあるであろう程広大で、相当な兵員と物資を収容できる実戦的な要塞である事が伺えた。すれ違う者たちも民兵とは思えぬほど精悍で、キリサキ・カイトとの戦いに向けて想像以上に周到な準備がされているのだと肌で感じる事が出来た。



「なんというか……本当に戦争の準備をしてるんですね」



 いつも新しい町や建物に着くと物珍しそうにすまほで撮影をするアカネ殿も流石に今回はそのような雰囲気はない。自分の兄を倒すために集結した軍団の殺気を目の前にすれば、その胸中が穏やかならざるものであるのは容易に伺えた。



「ええ。分かっていた事ですが、なんかこう……緊張しますね」



 サシコもどこか落ち着かない様子だ。

 元軍属のサシコだが、統一後に志願してきた彼女には戦争に直接参加した経験はない。ここ数ヶ月で何度も修羅場を潜り、(俺としては不本意ながら)剣士として命のやり取りをする感覚にも慣れてきたであろうが、万単位の人間が結集して戦争の準備を進めるという空気には独特のものがある。かくいう俺も初めて参加した戦いでは今のサシコと同じように威圧的な雰囲気に圧倒されたのを未だによく覚えている。



「いやー、えらく本格的な砦ねえ。呪力の気配を読み取るに……六行使いの手練も相当数集まってるようだし。こりゃ思ってた以上にガチできてる様だね反乱軍」



 マキも態度こそ普段と変わらぬものの、どこか緊張感を漂わせていた。



「うむ。しかし、これだけ首都の近くに砦を建造しているとあればもはやその存在を隠すつもりもないのだろうな」


「ええ。正面決戦あるのみ!て感じね」



 ウィッェロピアの反統一派組織の隠れ家はみすぼらしい食堂に偽装していたが、この反乱軍の基地はもはやそういった偽装を行っている気配は微塵もない。場所も場所だけに、ここまで大っぴらに戦闘準備をするのはもはや宣戦布告と同義である。



「やはり……もうすぐ戦争が始まってしまうのですね」


「ああ。明日にでも首都に進攻し始めそうな勢いだ」



 しかし、普通はこんな巨大な砦はすぐに発見されて憲兵に摘発されてしまいそうなものだがよく気付かれずに建造できたものだ……共和国の内側に何らかの工作を仕掛けているのだろうが、クリバスの門番たちの様子を見るに首都圏の憲兵全てを掌握できてる訳ではなさそうだし、果たしていかなる手を使ったのだろうか。


 いや……やはり、サシコが言った通りこの砦は反乱因子を一箇所に集める為にあえて見逃されているのだろうか?それとも御庭番十六忍衆(ガーデンガーディアン)の専断に見られるように中央の兵権はもはや体系を成さぬ程に弱体化していると見るべきか……ううーむ、いずれにせよまだ何か俺たちの想像の一段上の事情がありそうだな。



 と、そうこう考えているうちに気づけば砦の奥深くまで連れられてこられており、一番高い物見台を備えた塔の前までやって来たところで、ようやく先導たちの足が止まった。



「付きました。こちらです」 



 木材と土塀の簡素な造りではあるが、警備はかなり厳重である。この建物が砦の最重要施設という事であろうな。



「お疲れ様です。その方々が例の……」


「ああ、そうだ」



 先導が門番といくつか話すと扉は開けられて中へと招き入れられた。



「すぐに報告したいのだが……軍議の方はどうなっている?」



 先導の男が門番に質問する。


 ふむ。軍議か。

 ではやはりここが反乱軍の司令塔。今まさに首都を攻め入る為の算段中という事だろう。



「は……やはり最終目標を殲滅にするか和睦にするかで意見が割れており……いよいよ場も煮詰まってきている様子です」


「ううむ、このごに及んで困ったものだ」



 む、何やら軍議は難航している様子……


 殲滅か和睦と言っていたが、その辺りの戦略目的は戦端を開く前に決めて置かなければならない重要事項だ。これが定まっていなければ、作戦目的がブレて兵士各々が好き勝手に動き、悪くすれば軍が同士討ちをしてしまう事にも繋がる。指揮系統がバラバラになった軍はいかに数を揃えようと、まともな働きをしないというのは軍事上の常識だし、まして彼らの戦う相手はあのキリサキ・カイト。兵力を結集し、一致団結して対抗せねば勝利どころかまともに戦う事すらも叶わぬだろう。



「ぬるい! あの異界人と話す事など何もないわ!」


「利いた風な口を聞くな! 奴ら全員を殲滅する等夢想も甚だしい!」



 突如、廊下より言い争いの怒声が響く。

 先導の男たちは顔を見合わせやれやれと言った風に首を振る。



「申し訳ないが、こちらでしばしお待ち下さい」



 先導の男たちは机と椅子が備えられた簡素な応接間のようなところに俺たちを案内すると、そう言い残してそそくさとどこかへ行ってしまった。



「せわしないわねえ。お茶ぐらい出してくれればいいのに」



 マキは何らの遠慮もなくどかっと椅子に座り込んだ。

 それを見てサシコもやや遠慮がちに椅子に座る。アカネ殿は座らずにどこか所在なさげに部屋の中に立ち尽くしていた。



「どう思う、これ?」



 マキが誰ともなしに疑問を投げかける。



「反乱軍の司令部の誰かが俺たちを呼んだのは間違いないだろうな」



「いや、そうじゃなくてさ。さっきの連中の様子」



 煮詰まっているという軍議に廊下で聞こえた議論……

 反乱軍は各地の反統一派が集まった連合軍と聞いていたが、ここまでまとまりを欠いているとはな。戦がいつ始まるとも分からぬこの情勢下でまだ戦略目的が定まっていないというのは何とも……



「危ういんじゃないかな……と思います」



 サシコがそう感想を吐露する。



「だって帝は太刀守殿とエドン軍に勝つほど強大な力を持っているんですよね? 今は各々の主義主張よりも、勝つ事だけに集中しなきゃダメな時期じゃないでしょうか」


「うむ……その通りだ」



 ほう。鋭いなサシコ。

 俺も危惧していた通りの事だが、兵を率いた経験どころか従軍すらした事のないというのによく状況を俯瞰できているではないか。


 もしや剣だけでなく指揮官としての才能もあるのかもしれんな……しかし……



「まあ、皆頭では分かっているんだろうけど。キリサキ・カイトに対するとなるとどうしても感情的になっちゃうんだろうね」



 そう。理屈の上ではサシコの言う事が正論だ。

 だが、人間という生き物は感情が昂ると当たり前の計算を捨てて、馬鹿げた行動を取ってしまうもの。皆、キリサキ・カイトには恐怖や憎悪の感情が強すぎて真っ当な思考が出来なくなってしまうのは仕方の無い事かもしれない。しかし、なればこそ奴に対しては、感情を抑えて冷静に対処出来る指揮官が必要だろう。



「あの……今更ですが……わたし、ここにいて大丈夫なんですかね?」



 アカネ殿がふいに疑問を口にする。


 キリサキ・カイトの諸行には常々責任感を感じているアカネ殿の事である。ヤツへの怨嗟がかくも渦巻くこの地にいるのは何ともいたたまれないのであろう。無理もない事だ。



「奴らも分かっていて招いたのだろう。どこの筋の情報かは知らんが、彼らは俺たちの事を知っていた。アカネ殿が決してキリサキ・カイトの側ではないという事も当然知れてるだろうし、それならばそう悪い扱いをされる事もないさ」



「いやいや、それはちょっと甘いんじゃないの?」



 マキが俺の所感に異論を唱える。



「確かに私らを呼んだ連中にその気はないだろうけども、反乱軍の中には過激な攘夷主義者たちもいるかもよ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎しって奴らも一定数いるだろうし、そいつらがアカネちゃんの暗殺を企んでいてもおかしくはないと思うけど」



 む、確かにマキの言うとおり……奴らの意志が統一されていない事は先刻のやり取りでも分かるし、その可能性は十分にあるな。



「そうですよ! そこまで行かずとも拘束して帝に対する人質にするつもりかもしれませんし! 警戒するに越した事はないです!」



 その可能性もある。そうでなくても不穏な情勢だし、楽観視するのは早計であったな。だが……



「案ずる事はない。アカネ殿には俺がいる」



「……えっ?」



「俺はアカネ殿を守り抜くと魂に誓ったのだ。どんな奴らがアカネ殿を狙っていようとこの太刀守の名に賭けて指一本触れさせはしないさ」



 そうだ。俺は誓ったのだ。

 この身命を賭して彼女を守ると。


 俺は明辻先輩を守れなかった。

 先輩だけじゃない。守ると誓ったエドン王家の人々や仲間たち……そして己自身の誇りも何一つ守れなかった。いかに戦場で敵を討ち、最強の称号を得たとしても守るべきものを守れないのであれば何の意味もない。


 そう。俺はもう大切なものを失う訳にはいかないのだ。

 でなければ俺が生きてきた意味は何一つなくなってしまうのだから……



「…………あ、あのっ……」


「ん?」



 アカネ殿?

 顔が赤いようだが……はて、熱でもあるのだろうか。


 ……んん?

 マキとサシコも俺の顔を怪訝そうにジロジロ見てくるが……一体どうしたのだ?



「なんかちょっと今のはさ……どうなのよ?」



 ……へ?



「ちょっと、何か今のは……愛の告白的な……ね? なんか、そういう風にも聞こえたけど……」


「ええ!?」



 あ! い、いかん!

 気合が入りすぎて秘めた決意を口走ってしまったか!


 ……た、確かに、俺はアカネ殿に想いを寄せているのは否定できんが……そういう事はもっとしかるべき時期と場所で表明するものだし、こんな所でいきなりそんな想いを告げられても困るだろうし……いや、というか身分違いの俺がそんな事を口走ることじたいお門違いだろうし、ましてアカネ殿の気持ちは……て、ああもう!



「い、い、いや! 別にそういうつもりではなくな! 俺は単にサムライとして当然の心構えをだなァ!」


「そ、そうですよね! いかに太刀守殿が誰彼構わず思わせぶりな言葉をかけては女をもて遊ぶ性欲大魔神でも、こんな時にいきなり発情する程のドスケベ妖怪じゃないですよね!」



 うぐ……サシコ、それは俺を弁護してるつもりか?

 何か悪意を感じるのだが……



「どうかしら? 昨日も話したけどみんなが思ってるより、この男結構ムッツリよ? だって夏祭りの日の夜に……」


「おおい! その話はもういいだろ!」



 ぐうう!マキめ!

 また昨夜のあの逸話をぶり返しおって……まったく意地悪この上ないやつ!その話をされては赤面の至りであるが、おかげで話を逸らすことは出来たかな?


 まったく、余計な事を口にしたせいでまたも恥をかく事になってしまったな。口は災の元とはよく言ったものだが、今後は油断して心の内をおいそれと言葉にせぬよう気をつけねば……


 と、またも会話があらぬ方向に脱線していると、背後でガラッと扉が開く音がした。



「おや、何やら盛り上がってますなぁ!」



 そう言って部屋に入ってきた熊のような見た目の男には見覚えがあった。



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