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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第4章 落日の荒野編(クリバス〜クギ〜)
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第155話 白露夜噺!(後編)

前回のあらすじ:古神社に泊まった夜、ガンダブロウはアカネの苦悩を聞く事になる……



「わたしは本当に兄貴を元の世界に連れ戻すべきなんでしょうか?」



「……え!?」



 アカネ殿が唐突に口にした言葉に俺は驚きを隠せなかった。



「それは…………一体どうして?」



 アカネ殿は一度チラリとこちらの顔を見やると、目線を夜空の月に向けて胸中を語り始めた。



「……実はですね。わたし、元々そんなに熱心に兄貴を元の世界に連れ戻したかった訳じゃないんですよ」



 む……!

 そういえば、最初にアカネ殿が異世界転生をした経緯について聞いた時、チラリとそんな事を話していたな。



「兄妹仲が良かった訳でもないですし。そもそもこの世界に来たのだって兄貴が望んでやったんだから連れ戻してあげる義理もない」



 言われてみれば確かに。しかし、であれば何故アカネ殿は異世界転生までしたのか……その辺りの事情は今まで深く聞いた事はなかったな。



「それでもわたしが兄貴と同じこの世界に来るのを決めたのは好奇心を満たす為というか……エベレストに登る登山家的な? 困難な冒険を成功させてやるぞ〜、っていうフロンティアスピリットが溢れてきたというか…………うーん、説明するのは難しいんですが……」



 エベレスト……はアカネ殿の世界の山か?

 このジャポネシアにも「高い山こそ、頂を窺うべし」という格言があり、難事に挑戦する事を奨励する風潮はあるが、いずれにしてもアカネ殿にとって兄を連れ戻す事は当初それ自体が目的であり、ある意味兄との再開や交流の復活はあまり重要な要素ではなかったという訳か。



「それでもこの世界にやって来て、ガンダブロウさんから兄貴のしでかした行いを聞いて……ああ! 兄は何て人様に迷惑をかけてるんだ! この世界の為にもやっぱり兄貴を連れ戻さなきゃ! ていう義務感も感じるようになっていたんです……でも……」



 最初の動機はどうあれアカネ殿が旅の中で見せた行動は、一貫してこの世界に異界人の影響を排除するという信念を示しており、俺だけでなく道中出会った多くの人々がその彼女の言動に好感を持った。

 


「旅を続ける中で……兄貴がこの世界に残した傷跡を見るたび……義務感よりもある疑問の方が大きくなっていきました」



「疑問……?」



「はい。わたしの知っている兄貴はもうどこの世界にもいないんじゃないか、ていう疑問です」



 ……キリサキ・カイトが……いない? 



「わたしが知ってた頃の兄貴は……そりゃまあズボラで鈍臭くて自己中で……お世辞にも優しいと言えるような性格じゃなかったです。それでも人を殺したり……迫害したりするような、そんな残酷な事ができる人でもなかった。それが、この世界では敵対する国の人たちを大勢殺して、今では帝だなんて名乗って悪政をしいて多くの人を不幸にしている。一方では戦争を終わらせた英雄としての名声も得て、善悪両面で計り知れないほどの影響をこの世界に与えている。これってもうわたしが連れ帰ろうとしたわたしのよく知るあの兄貴じゃなくて、全くの別人なんですよ」



 立場が人を作る……という一般論はよく耳にする。

 キリサキ・カイトは非道で傲慢な支配者だという認識は俺が初めて奴と相対した時には既に旧サイタミニカ王国の王だったからであり、それより前の奴を知っていればまた違った印象になっていたのかもしれない。


 実際俺だってエドンのサムライになり、太刀守という称号を得る事で多少なりとも矜持と責任感を持つようになった。それまではもっと奔放で生意気で劣等感を抱えた普通の少年でしかなかった。だからそういう時代の俺を知るマキは俺の事を侮るし、逆に太刀守になってから出会ったサシコは俺に過度な憧れを抱いているフシがある。


 王という立場にはなった事はないが、億単位の人の生殺与奪を握るその権力と巨大な職責は人一人の人格を歪めるに余りあること、想像に難くない。



「兄貴がしてきた事はもうこの世界から拭い去る事はできない……死んだ人は蘇らないし、虐げられてきた人々の恨みが消えることもない。例え兄貴がこの世界から去ってもそれは変わらない。それならいっそ兄貴はこの世界に留まり、最後まで責任を取るべきなんじゃないかと……責任も取らずにいきなり元の世界に帰りますなんて許されるべきじゃないのかと……そう思うようになってきたんです」



 なるほど。

 なるほど、アカネ殿の言う事は筋が通っている。


 キリサキ・カイトが行ってきた功罪はいずれも計り知れない程大きい。その行いがどういう帰結を見るにせよ──例えそれが、怒り狂った民衆によって誅殺される結末であっても──奴自身がその目で確かめなければならぬだろう。しかし、とすれば……



「…………ガンダブロウさんや、サシコちゃん達にここまで手伝って貰って今更何言ってんだって思われるのは分かってます……でも……」



 とすれば、アカネ殿が旅をしてきた意味も……これから旅をする理由もなくなるのか?


 この世界の最果てで俺が彼女と出会い、立ち上がる意思をもらった事には何の意味もなかったのか?



「わたし、本当にこのままウラヴァに行って兄貴と会ってもいいんでしょうか?」


 

 いや──



「アカネ殿……!」



 彼女の疑問は俺自身への問いでもあり、この世界の来し方行く末に対する問いでもある。

 

 であれば、俺がかけるべき言葉は──



「アカネ殿……俺は…」



「それなら旅をやめて元の世界に戻る?」



 突然、背後から声がする。

 振り返るとそこにはマキの姿があった。



「……マキさん!?」


「んふふー。夜中に二人でなーに密会してんのかなって見てたけど……」



 ぐ……マキめ、いつから居たのだ? 

 いつもいつも神出鬼没に現れるやつだが、本当に意地が悪い。



「なるほどねー。アカネちゃんも色々悩んでたんだねぇ」



 話を盗み聞きしていた事に悪びれる様子もなくマキはアカネ殿の悩みに口を差し挟む。



「すみません。今更になってこんな事言い出して……」



「んまあ、私はマガタマの事以外には興味ないからぶっちゃけどっちでもいいんだけど…………アカネちゃんのその疑問をそのまま兄貴にぶつけてやればいいと思うよ」



「……えっ?」



 マキの言葉にアカネ殿はハッと顔を上げる。



「まあせっかくここまで来たんだし? 責任とか使命とかそういうのは置いといてさ。言いたい事を言いたい奴に言ってスッキリすればいいと思うよ」



 マキは担当直入に己の考えを示す。

 理想や道理ではなく、ただやりたい様にやる。例えその行動に筋が通っていようといまいと関係ない。マキはアカネ殿にそう示唆しているのだ。


 むろん、事はそんなに単純ではない。

 本当に自分の思いを伝えたとて、望む答えが得られるとは限らない。

 だが、今は……



「アカネ殿! マキの言うとおりだ!」



「……ガンダブロウさん」



「キリサキ・カイトの身をどう処すべきか……その問答を奴自身に答えさせてやろうじゃないか! それに俺も奴には言いたい事は山程ある! ここで思い悩むより、まずは奴に会って質問攻めにしてやろうじゃないか!」  



 俺は今できる限りの笑顔でそうアカネ殿に答えてみせた。



「奴を元の世界に連れ戻すかどうかはその後じっくり考えればいいさ」



 ……そうさ。

 結論を今出さなきゃいけない訳じゃない。


 キリサキ・カイトの処遇も、そして俺の胸の内に秘めるこの思いも……

 ウラヴァに着いたその先の事は、その先で考えればいいじゃないか。

 

 俺とキリサキ・カイト──そしてアカネ殿にどんな因果が巡るのか。きっと神に問うても分からぬ事だろう。ならば俺たちがすべきは今目の前に起こる出来事に最善を尽くす事だけだ。



「んー、むにゃむにゃ……はれぇー……皆で何してるんですか?」



 と、熱を上げて話していた声が聞こえたか、ついにサシコまでが起きてきてしまった。


 サシコは目をこすると、訝しげな視線でこちらをジーと見つめる。



「こんな夜中に女二人、男一人……はっ! ま、ま、まさかこれは……よ、夜這い!?」



「んなっ、違う!!」



 俺たちが旅の行く末について真剣に思いを巡らせていた事などつゆ知らぬまま、またまた素っ頓狂な事を言い出す。



「ぐぐ〜、アタシを差し置いて3人でお楽しみだったとは……サシコ一生の不覚ゥ〜!」



 ぬぬ……サシコめ!

 毎度毎度、訳の分からぬ方向に想像を働かせおって……



「あ、夜這いと言えばそういや昔こんな事があったわね! あれはまだ私らがまだ道場にいた頃、村雨くんが夜に私の部屋に来て…」



 と、サシコの卑猥な妄想に乗っかる形で今度はマキがあらぬ事を口にし始める。



「わー! マキ! それは言わない約束だろー!」



「……え? 何ですか、その話? わたしも聞きたいです!」



 ちっ!女どもめ!

 気づけばまた俺を辱める話の流れに……


 ふっ…………しかし、まあアカネ殿もいつもの明るさを取り戻したようだし、思考の袋小路の中に迷い込んで沈んでいるよりはこっちの方がいい。



「言ってくれるなマキ! それなら俺だってこんな話を知ってるぞ……」



 今宵はやつらのかしましい会話にとことん付き合ってやるか……



「えー! そうなんですかー!」



 アカネ殿の楽しそうな横顔を見る。俺自身、いつの間にやらこの様な旅の幕間のひと時が、熱帯夜に吹く涼やかな夜風のよう心地よいものに感じるようになっていたのに気づいた。


 こんな時間が……そう、こんな時間がずっと続くのならば、あれこれと思い悩む事もないのに……



 と、俺はらしくもなく少年の様な多幸感と感傷が湧いてくるのに苦笑いを隠せないでいた。



 しかし──この時はまだ知る由もなかった。


 これが四人で語り合った最後の夜になる……という事を。




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