第153話 腕比べ・その弐!
前回のあらすじ:ガンダブロウは木下の反乱軍加入を阻止する為、サシコと木下を戦わせて自信喪失させようと企む。
「お前の相手は俺の弟子、剣術歴半年のこのサシコがしよう!」
俺の突然の宣言に呆気に取られたのは、木下ではなくむしろサシコの方であった。
「え……そんな……聞いてませんよ!?」
まあ、そりゃそうだろう。
何しろこの場の思いつきでの発言だ。事前の打ち合わせ等はしていない。
「こんな小娘がオイラの相手……? それに剣術歴半年だと? へっ! 舐めるのも大概にしろよ!」
木下は激高する。
剣術歴半年で歳も自分より低いであろう小柄な少女が相手……まあ、相手にならないと考えるのが普通だろうな。
だが……
「サシコから一本でも取れたなら反乱軍に志願する事を認めよう。しかし、逆に一本も取れなければ己の未熟を認めて田舎に帰れ」
サシコはこの旅で短い期間ながら数々の修羅場を経験し、六行も会得した。この木下という男も槍術の腕はそれなりの様だが、実力的にはそのへんの憲兵に毛が生えた程度。一対一の戦いでサシコが負ける可能性は0と言っても過言ではなかった。
「チッ……上等だ! おい、小娘! 怪我しても文句言うんじゃねーぞ!」
いきり立つ木下を横目にサシコが心配そうにこちらに目線を送ってくる。俺は無言でこくりと頷き、木下を叩きのめす事を承認。
……正直少し可哀想だがコイツには歳下の女のコに負ける屈辱を味わって貰おうか。まあ、他人の心配をよそに大した信念もなく己の腕任せに戦争に参加しようという跳ねっ返りにはちょうどいい薬になるだろうな。
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「ぐぼあああっ!!」
サシコと木下の試合は予想通りの一方的な展開となった。
「はい、一本。それまで〜」
行事役を務めるマキが、気だるげにサシコの勝利を宣告する。
「ば、馬鹿な……オイラが……こんな小娘に……」
ふっ飛ばされて這いつくばる木下が「こんなはずでは…」という表情でサシコを見上げる。
木槍と木剣同士の打ち合いでかつサシコは六行の技を使っていなかったが、呪力で身体機能の強化できるサシコの動きに一般人がついてこられるはずはなかった。
「ほお……これは驚きましたなァ」
当初は心配そうに事の経過を見守っていた呉光氏も、サシコの腕前には舌を巻いた。
「ワシも手練の武芸者というのは幾人も見てきたが、ここまで強い御仁は初めてじゃ……おい、孫悟郎! この方々とおぬしとでは力量に差が有り過ぎるようじゃぞ!」
もともと一対一で剣と槍の使い手が立ち会えば間合いの広い分、槍使いが有利とされている。それがこうも一方的に剣の側に負けたのであるからその実力差は歴然だ。
試合を見ていた呉光氏は今の一戦でその差を充分に理解したようである。
強い者ほど自分と相手の力量差を推し量る能力に長けているものだが……果たして木下の方はどうかな?
「悪い事言わんから怪我せん内にやめておけ!」
「ちっ! うるせえ、ジジイ! い……今のはたまたま! まぐれに決まっている!」
……ふーむ。
戦った本人の方はすぐには力の差を理解できんか。
あるいは、その差に気づいても認めたくないだけか……
「太刀守殿……どうしましょう?」
サシコは困り顔でこちらに判断を仰ぐ。もちろんサシコは木下に大怪我をさせぬよう手加減して戦っている。六行使いが六行を使えぬ者に本気で戦えば下手をすれば命を奪いかねないから。
しかし、過度な手加減は却って相手との力量差を不明瞭にする事もある。
「構わん。気の済むまで相手をしてやれ」
「で、でも……」
「多少は怪我をさせても良いさ。それより力の差を存分に思い知らせてやれ」
勝つと分かっている勝負だがあえて続けさせる。
歳下の女子にコテンパンに叩きのめされた事によって、木下が戦意喪失し己の腕を頼りに戦争に参加しようという気を失わせようというのが目的だ。
我ながら陰険極まりない事だが、彼に納得させなければ意味がない。それに本当にキリサキ・カイトとの戦いに木下が参加する様な事になれば十中八九彼は殺されるだろう。自分への反逆者、敵対者に対してキリサキ・カイトは容赦しないし、運良く生き残ったとしても牢獄にぶち込まれるか良くて俺のように生涯労役につかされるだけだ。
可哀想ではあるがそのような目に合い、本人はもとより周囲の人間にまで不幸を強いる事になるならこの方が遥かにマシである。
「は、はあ……では」
サシコはやや遠慮がちに木下に対して向き直ると、木剣を握り正眼に構え取った。
「はい、それじゃ両者構えて……はじめ〜」
マキの気だるそうな試合開始の合図とともに木下が果敢にサシコに向かっていく。
「行くぞ!! うおおお……!!」
が……
「げぶはっ!!」
やはり六行使いのサシコには歯が立たず、またもあっさりと一本を取られ地面に叩きつけられた。
「ぐ……もう一回だ!」
また木下は懲りずに立ち上がりサシコに勝負を挑み続ける。しかし、その都度木下は叩き伏せられ、無様に地面を舐める事となった。
やれやれ……これだけやってもまだ自分に勝ちの目が無い事が分からぬか。根性と打たれ強さは見事なものだがこの愚昧さでは、やはり戦場に出ても生き残る事は叶わないだろうな。戦場では強さよりも己の置かれた状況を正しく分析する能力の方が遥かに大切だが、未熟なヤツにはその能力が著しく欠けているようだ。
ん……だが、待てよ?
粋がった田舎者が敵わぬ相手に愚かにも挑み続けるこの光景……何か覚えがあるような気がするが……?
「ガンダブロウさん」
ふいにアカネ殿に話しかけられる。
「反乱軍て、やっぱりあの人みたいな人たちがたくさん集まってきてるんですよね?」
「……まあ、そうだろうな」
戦争というのは平和な世では鼻つまみ者として扱われるであろう無頼漢やならず者たちの活躍の場という側面も確かにある。軍といえど規律を守らなければならないのは実社会とも同じだが、それ以上に戦場で大きな武勲を立てる事で多少の蛮行は目を瞑られる事も多い。だから平和な世では行き場のない者たちが己の身を立てる為に戦場を求めるというのはどの時代にも見られる現象だ。
例えば踏越死境軍がそうだし、今まで戦ってきた御庭番の異能戦士たちの多くも恐らくはそうなのだろう。
「本来は戦争に参加せずに済んだ人たちが戦争に巻き込まれて死んでいく……そしてその戦争の原因はウチの兄貴なんですよね……」
「うむ……だが、キリサキ・カイトが居なければ一時的とはいえ大陸がこんなに早く統一される事はなかっただろうし、奴がいないならいないで今頃はまだ別の戦争をしているだろう」
「……」
「俺もキリサキ・カイトは好かんが、今起こっているあらゆる全ての悪の原因が彼にある訳というじゃない。それにアカネ殿とヤツの起こした事は無関係だし、アカネ殿が思い煩う必要もないと思うが……」
「……そう言って頂いてありがとうございます。でも……でも私はやっぱり兄貴を……」
アカネ殿は思い詰めた顔でそこまで言ってかぶりを振った。
「ううん……何でもないです!」




