第152話 老人と少年!(後編)
前回のあらすじ:一晩の宿を借りる為入った神社に何故か木下特攻斎がいた。
「ワシはここに来る前、旧タキア王国の小さな村で神主をしておりましてな」
呉光氏の話はサイタマ共和国による統一が行われた直後の時期にまで遡った。
「そこでワシは地域の悪ガキどもの更生指導のような仕事をしておりまして何人もの札付きのワルの面倒をみてきたのですが、その中でも特に手がつけられない暴れ者があの孫悟郎だったのです」
孫悟郎?
……あ、あいつ本名は孫悟郎なのか!
クリバスの門では木下特攻斎なる傾いた名前を名乗っていたが、さしずめ自分で考えた戦士名といったところか。
「孫悟郎は昔からとにかく落ち着きがなく、野放しにしとると何をしでかすか分からんヤツでしての。当時はやつをどうすれば大人しくさせられるかが悩みの種で、アレコレと思案を巡らせたもんです。それで、たまたまワシに槍術の心得があったものですから、仕置きも兼ねて武道の作法を叩き込んでやろうと一年ほど神社に住み込ませていた事もありました」
ふむ、なるほど。
クリバスの門の衛兵と戦っていた時にはなかなかの槍術を見せていたが、あれは呉光氏の指南によるものか。確かに相手が六行使いでない一般兵であれば、そこそこに渡り合えるくらいの腕ではあるようだったが……
「その甲斐あってワシが村を離れる時には多少は態度もマシになったかと思っていたのですが…………今日何を思ったのかいきなりここに押しかけてきましてな。曰く反乱軍に加わる為に村を飛び出してきたとかなんとか……」
そう言うと呉光氏は顔を横に振り再び「はあー」と大きく嘆息した。
「ワシが槍術を教えたのはあくまで心身の研鑽の為で、戦争に参加させる為などではなかった…………ワシの息子はかつて戦争で戦って死にました。友人の内の何人かも同様に戦争で失いました。かつては国や家族を守る為、多くの者が命を張る必要がありました……しかし、今は時代が違います」
剣術や槍術というのは争いの中で生まれ、戦争を経て進化した技術だ。詰まるところは相手を傷つける為の技法であり、そこは否定する事はできない。しかし、戦争がなくなった今の時代においてはそれらの技法は護身と精神練磨を旨とする方面に変化しつつある。相手を殺すのではなく制する、武術ではなく武道として。それが今後の武芸の有り様であると俺も思う。
しかし、クリバスの門を破壊した踏越死境軍の連中をはじめ、そのような時代の変化に対応できず、未だ戦乱の時代の武を追求する者はこの旅で何度も目撃した。
俺自身サシコに対して剣を教えてはいるが、彼女にも人を殺める事を極力禁止しているし、彼女が彼らのように道を踏み外さないよう注意をしているつもりだ。結局不本意ながらもサシコを戦いに巻き込んでしまっている手前、あまり強く主張する事も出来ないのだが、それでも呉光氏の意見には大いに賛成だ。例えそれが大いなる偽善であったとしても……
「ようやく国家が統一され、長く続いた戦乱はなくなったというのに……何故また未来ある若者たちが武器を手に殺し合わねばならんのでしょうか? 確かに帝の治世にはワシも思うところはあります。しかし、再びあの不条理な戦乱の世に戻るよりかは遥かにマシですじゃ」
…………そうか……呉光氏は帝による現統治体制については消極的ながら認めているのだな。
先程はサイタミニカ領内の荒れた土地を目の当たりにした事で、反乱軍の憤りを理解したと思ったのだが、他方でこのような考えの者もいる。どちらの理屈にも正当性がある……だが、それ故にお互いがお互いを相容れぬものなのだろう。
「あの子らにはそのような事を経験させたくはなかったのですが…………と、おやおやこれは随分と余計な事まで話してしまいましたかな」
うーむ、なるほど。
あの呉光氏は木下という若者の事を死んだ息子の代わりのように思っているのだろう。怒鳴り散らすのも愛情の裏返し。であれば、いかにヤツが無作法な暴れ者であったとしてもむざむざ命を危険に晒すような真似をするのを見過ごせる訳はない。
ましてそれが自身が槍術を教えたせいだと考えるならば、なおさらだろう。
「そう……だったんですね……」
アカネ殿も複雑な表情だ。
異界人である自分やキリサキ・カイトがこの世界の人物の運命を変えてしまうことを極度に嫌うアカネ殿の事、今の話に忸怩たる思いを抱いたのは間違いない。
愚かな兄のやった事を自身の責任に感じる必要はないのだが……
「おい! ジイサン、何か食えるものはないのか?」
と、あのマキすら神妙な顔で話を聞いていた重たい空気は、話の当事者たる木下が部屋に入ってきた事によりぶち壊される。
「腹が減っては戦はできぬというしな! がはは!」
はあー……
全く、親の心子知らず、いや孫知らずというのはこの事か。
俺は子供もいないし、故郷にいる母親には親孝行どころかもう何年も会えていない親不孝な男だ。ましてやかつて戦争で何人も人を斬り殺し、不幸な境遇の子供や親を何百人と生み出し続けてきた身……このような問題に口を出す権利など本来ないが……
「こら、孫悟郎! いい加減に……」
「小僧ッ!」
木下をどやそうとする呉光氏にあえて割って入る。
「太刀守殿……!?」
「……やれやれおせっかい焼きねえ」
マキの言うとおりだ。
俺自身そう思う。
「ああッ!?」
木下はこちらをギロリとにらみつける。
「……お前、クギの町の反乱軍に参加するつもりなのか?」
「あ? だったらどうだってんだ?」
かつての……というより、戦争や悲劇に慣れてしまっていた頃の俺ならわざわざこんな事はしなかっただろう。しかし……
「お前の腕はクリバスの門で見た。結論から言おう。あの程度の腕じゃ帝には通用しない」
あえて木下を挑発する。
「いや帝どころか、その手下にすら勝てないだろうな」
さあ、乗ってこい……
と心で思うまでもなく、みるみる木下の顔は赤く染まっていく。
フッ……やはり、単純な男のようだな。
「悪いことは言わん。無駄死にしたくなかったら腕を磨いて出直してこい」
「…………はっ! 随分と言ってくれっじゃねーか、ニイサン! ジイサンに何を言われたのか知らんが、余計な世話を焼くんじゃねえよ! お前にゃ関係ない話だろうが!」
「いいや、関係あるね。何故なら……俺たちも反乱軍の一員だからだ」
「な……なにィ!?」
唐突な暴露。
話の意図を察する事ができないサシコとアカネ殿はぽかーんとした表情だ。無理もない。
むろん、これは木下を騙すための嘘であるが、そういう事にしておけば、この後俺の意図通りに話の流れが作りやすいのだ。
……さて、仕上げといくか。
「猫の手はいらない。とっとと田舎に帰りな。お前のような雑魚に足を引っ張られちゃ迷惑なんだよ」
「へ……へへ……そう言う事なら話しが早え! どっちが足手まといか今ここでハッキリさせようじゃねーか!」
ふ……かかったな!
「ほう……俺と立ち合うつもりか?」
「ああ! オイラがお前を倒したら反乱軍に参加させてもらうからな!」
「……よかろう!」
よし!取りたかった言質は取れた!
勝ったら反乱軍に参加……すなわち、負ければ反乱軍には参加せず田舎に帰ると言う事だ!
「お……おぬし、まさか……」
「あ、そういう事か」
困惑して話を聞いていたアカネ殿と呉光氏も話を察したようだ。
そう、俺はこの男を試合で負かす事によって反乱軍への参加を諦めさせたかったのだ。
呉光氏にはこれから一宿させてもらう恩があるし、何より悲しそうな顔のアカネ殿はこれ以上見たくない。
勿論、これは偽善だ。こんなところで一つ悲劇の芽を摘んだところでこれから起ころうとしている悲劇の量にくらべれば砂漠の一砂に過ぎない。だが、それでも俺に出来る事はやりたい。やってほんの少しだけ気分よく旅をしたい。俺は俺自身のほんの少しの満足の為、気の向くままに行動するのだ。
「よし! それじゃとっとと表でやがれ! 速攻でケリつけてやる!」
「いや! お前の相手をするのは俺じゃない!」
「……あ? なんだと?」
木下は不思議そうな顔をする。
そりゃそうだ。ここまで煽っておいて本人が戦わないなどありえないだろう。
だが、俺ではダメだ。いかにも剣客然とした俺が戦って勝ったとしても、単に自分より上の使い手がいると知るだけで己の弱さを理解してはくれぬかもしれない。ならばより強い敗北感を味合わせるため、ここはあえて……
「お前の相手は俺の弟子、剣術歴半年のこのサシコがしよう!」




