第150話 彷徨の荒野!
前回のあらすじ:踏越死境軍との小競り合いの末、ガンダブロウ一行は遂に首都ウラヴァのある旧サイタミニカ領に足を踏み入れる!
「こ……ここがサイタマ共和国の直轄領……」
踏越死境軍に破壊されたクリバスの門を抜け、トーネ川に架かる国境の橋を渡る。すると、まずはじめに砂塵舞う荒涼とした岩肌が目に入り、次いでかつては人が住んでいたと思しき廃屋や崩れかかる土塀が見えてくる。その様相は日暮れ時の赤い陽光に照らされた長い影と相まって、得も言えぬ哀愁を漂わせていた。
「なんか……思っていたより寂びしいところですね」
アカネ殿が辺りを見回してそう感想を漏らす。
「国の首都の近くなのに……ウィツェロピアやアイズサンドリアが立派な街だったからサイタマ直轄領はもっと栄えてるのかと思っていました」
首都圏に初めてやってきたサシコも同様で、サイタミニカ領の思いの外のみすぼらしさに拍子抜けした様子である。
「旧サイタミニカ領は今でこそ統一国家の中心地だが、ほんの数年前までは単なる弱小国家に過ぎなかったからな。この辺の国境地帯は周辺国の侵攻を何度も受けて荒廃しているんだよ」
旧サイタミニカ王国は大カント平原のほぼ中央に位置し、周囲をエドン、バラギスタン、トッチキム、ゲンマといった強国に囲まれた内陸国であった。資源も乏しく、領土も狭い。そのような弱国が群雄割拠の乱世において生き残ってきたのは、国境を区切る3つの河川と大国同士の緩衝地帯としての役割があったからだ。
周囲の国からすれば、例えサイタミニカを落としたとしても、途端にその領土は他の国の侵略の危険にさらされる事になる。川に囲まれ本土からの支援もしづらく、また苦労して守ってもさしたる資源も手に入らないとなれば、無理に攻略する理由は薄い。なので周辺国は他の国への牽制の意味で国境地域の領土を削るような動きはしても、サイタミニカへの本格的な侵略は長らく行われていなかった。
そう。ジャポネシアと俺の運命を変えた、あのエドンとの戦争までは──
「しかし、それにしても……」
ただ、それにしたってこの荒れた土地の放置ぶりには少しばかり違和感を覚える。
俺は5年前、オウマの見張り棟に送られる時にこの道を一度通っているので国境地帯の荒れた様子は知っていた。しかし、いくら国境地域とはいえ仮にも帝の直轄領がほとんど整備されずに放置されているというのは流石に杜撰が過ぎるのではないだろうか?
確かにキリサキ・カイトは愚昧な為政者だし、敵に対しては苛烈な程の仕打ちを行う事で知られているが、身内や味方には寛容でお気に入りの者には時に過保護な程に接する男だった。それは優しさというより見栄に近いものだったのだろうが、いずれにせよ自分の直轄領地が荒れ果てていると知れば何かしら手を打つだろう。
……そういえば明辻先輩はキリサキ・カイトの周囲には彼にこびへつらい私腹を肥やそうとする官吏が跋扈していると言っていた。彼らがキリサキ・カイトの目の届かぬ場所については虚偽の報告を行い、本来こういう地域の復興・整備に使われる金を懐にいれている……と考えれば辻褄は合う。
この憶測が事実だとすればサイタマ共和国は想像以上に末期的な状態にあり、反政府組織が武力蜂起に乗り出す寸前だというのも無理からぬ話かもしれないな。
「でも、なんかちょっとホッとしました。サイタミニカ領は大都会だと思ってたんですけど、エイオモリアとあまり差がないですね……あ、もしかしてウラヴァも思っているより小さな町だったりして」
サシコはアイズサンドリアでもソワソワしていたな。
田舎に生まれ育った彼女にとっては都会というだけで緊張を伴うものらしい。
「いやいや、首都ウラヴァとその周辺はかなり開発されていると聞くわよ。ウラヴァのすぐ北にあるオミアノは賭博場や市場で栄えてるらしいし」
「あ、そういえば熊野古道もウラヴァの隣のカワーグって歓楽街で女の人を働かせるのが目的だって言ってたな」
噂で聞くところによればウラヴァは数百万人以上の人口を誇る大都市になっているとの事だ。かつての人口は十万人程度だった所からたったの数年でエドン公国の首都に並ぶ程の規模にまで急成長した事になる。
虚栄と退廃の都ウラヴァ……人々の様々な思惑を急速に吸い込み、膨れ上がったこの町は弾ける寸前の風船のようだ。ここに反乱勢力の暴発という針の一刺しが加われば、一体どうなってしまうのか。その混沌を再び抑え込むだけの力がキリサキ・カイトにはあるのだろうか……
「兄貴は……自分のすぐ近く、目に見える範囲だけを豊かにしてそれで満足してるのかな?」
アカネ殿は道中に見えるボロボロの家屋と、その前に気力なく佇む痩せこけた住民たちを見つめながら兄に対する思いを吐露する。
「確かにバカで自分勝手な兄だった……でも仮にも自分の治める国をこんな歪にして放ったらかす程、傲慢ではなかったはず……兄貴、自分が王様になって変わっちゃったのかな?」
アカネ殿の表情は怒りとも悲しみとも取れる。
「ま、王様や為政者ってのは大抵そんなものだけどね」
アカネ殿の複雑な感情を慮ってか、マキはあえて深刻そうにはせず飄々と問いに答えて見せる。
「登り詰めた頂上からの景色は遠くまで見渡せるように見えてもかえって足元が見えなくなる。古代から今に至るまで、そうやって滅んできた王朝は枚挙に暇がないわ。ま、帝にどんな意図があるにせよウラヴァで直接聞いてみれば分かるでしょうけど…………と、着いたわよ」
先頭を歩いていたマキが古びた寺社の前で足を止める。
「今日はここに泊めてもらおうか」
ヨロズ神教に属する司教はどの地域であれ、ヨロズ神を祀る寺社を自由に利用する権限がある。
ここからウラヴァへは最短距離で約二日の行程。そして、その道中、明日には件のクギの町を通る事になる。その前に色々と整理しておくべき事もあるし、ここはマキを頼って宿を借りさせてもらおう。




