第148話 屍の兵団!
前回のあらすじ:木下特攻斎と名乗る青年は、関所で衛兵相手に暴れ回り……
「そやあああああああ……!!」
川縁に向かって全速力で走り出した木下は水平にした槍をガッと地面に突き刺す。そして、槍のしなりとバネの伸縮による斜め上方向への推進力を活かし木下は凄まじい勢いで跳躍した!
「と、翔んだ!?」
バカな!?
こいつ、本当に川を飛び越えてサイタマ直轄領に入るつもりか!?
川幅はゆうに二百間(約360メートル)はある!普通に考えれば六行の技が使えない人間が飛び越えられる距離ではない……だが、待てよ。ヤツはあの槍を神器と言っていた……まさかあの槍にこの川を飛び越える為の何らかの力が秘められているのでは……?
と、木下の突飛な行動に思考を巡らせるが……
「……あああ、あっ!?」
彼が川幅のかなり手前で失速し、眼下の急流に吸い込まれていく様を目の当たりしたところで俺の考えが無駄である事に気がついた。
「ぐぼっ!!」
木下はザバーン、と派手に水しぶきを上げて着水。
「えええー!?」
野次馬や衛兵たちの期待と疑惑を斜め下の驚きをもって裏切った木下は、かろうじて水面から顔を出すと何やらこちらに向けて叫び声を上げた。
「うわ……ぷッ……………はァ! つ……次に来る時には……伝説を……ぶはあっ! 今度こそ木下伝説を見せてやるからなっ! 覚えてやがれよ!」
木下はそう叫ぶと滔滔と流れる川に流されながら下流へと泳いでいき、やがてその姿は見えなくなった。
「何なんですかね、アイツ?」
「無鉄砲な田舎モン。それ以上でも以下でもないわね。神器とか言っていたのもただのバネのついた仕込み槍だし」
サシコとマキは木下の奇行について呆れたように所感を述べる。
「……とりあえず写真とっとこう」
アカネ殿は珍しいものを見たと言わんばかりに「すまほ」で記念撮影。
うーむ。
木下特攻斎……やはり単なるバカとしか言いようがない。今後会うこともないだろうが、その強烈な印象は向こう数年は忘れられそうにないな。
……と、アホな若者の悪目立ちした騒ぎを見物し終わり、野次馬たちの間に弛緩した空気が流れ始めたその時!
「いやはや良いものを見せてもらった! 暴走! 捨て身! 向こう見ず! 今どき珍しい、実に天晴な若者だ!」
背後から豪快な笑い声と共に強烈な呪力の気配がするのを感じた!
「今度は何!?」
振り返るとそこには不気味な黒い外套を羽織った十数人ほどの集団が立っていた。一見して只者ではないとわかる風体……
最前列にいる初老の男は狂気を孕んだ眼で関所の門を見据える。
「勇気をはき違えた狂気! 活力を通り越した死力! ヤケクソの先で燃えカスになる事を厭わない無思慮なる無謀……いいねぇ! 死線超えてるねぇ彼!」
その異様な殺気と彼ら全員が放つ御庭番級の呪力の圧に寒気立つ……一体何なのだ、こやつらは?
「マキ!」
「この私がこの距離に近づかれるまで全く気づかなかったわね。完璧な呪力の気配の消し方といいこのむき出しの殺気といい……かなりヤバイね、こいつら」
むう。感知能力の高いマキにすら接近を気取らせない気配断ちの技術……やはりコイツら並の使い手ではないな!
「お、おい! アイツらの羽織見てみろよ!」
「背中に半人反骨の面の刺繍……間違いない! 踏越死境軍だ!」
他の野次馬たちから彼らの正体について言及する声が上がる。そして、彼らが口にした集団の名前は俺自身も噂で耳にした事がある名であった。
「え!? 踏越死境軍!?」
「そう……奴らが噂の踏越死境軍なのね」
サシコとマキも踏越死境軍の名前には反応を見せる。
「みんな彼らを知っているんですか?」
異界人のアカネ殿だけが彼らについての知識がなく、彼らについての説明を求めた。
「……ああ。悪名高い連中さ。踏越死境軍……奴らは反サ革と同じ反政府組織……しかし、その性質は彼らとは大きく異なる。他の反政府組織が政権交代なり旧国復興なり、何かしらの理念を掲げているのに対して奴らには確固たる主張がない。彼らはサイタマ共和国の施設や要人を見境なしに襲い、一般市民や同じ反政府組織までも巻き込み各地で甚大な被害をもたらしているという筋金入りの狂人どもだ」
「無差別テロ!? そんな……それじゃ、単なるならず者集団じゃないですか!?」
アカネ殿が軽蔑を込めた驚きを見せる。
ならず者集団……まさにその通りであるが、同じならず者でも巷の野盗や愚連隊などとは明確に違う点があり、その事についてマキが補足を入れた。
「奴らの特異な点は傭兵や野盗のように金や女を奪う事が目的ではなく、ただ死線を彷徨う事が目的であるかのごとく危険な戦いにのみ固執してる事ね。当然一般市民からは恐れられ他の反政府組織からも忌み嫌われているわ」
そう。奴らの最も異端なのは、そこだ。
彼らは危険を厭わず……というより自分自身を進んで危険に晒し、時には自殺に近いような愚行も平気で実行する。現に彼らはどの戦いでも常に自軍に死傷者を出しているが、それでも怯む事なく戦いに身を投じてきた。おそらくは彼らの行く末に待っているのは自他に対する破滅だけ。そんな常軌を逸した戦闘狂どもと友好関係など気づけるはずもなく、彼らの方も自分たち以外の集団と馴れ合う事はない。故に反政府組織が一堂に会すると言っても彼らがそこに参加するとは思えなかったのだが……
「おい止まれ! それ以上進むんじゃない!」
黒い外套の集団が野次馬たちが一斉に引いて空いた道を進み関所の門に迫ると、木下を止めるために集まってきていた衛兵たちが彼らの前に立ちふさがった。
「止まれ? 止まれだと? ククク……お前ら俺たち踏越死境軍の標語を知らんらしいな……」
黒い外套の中の恰幅のいい男がそう言って笑うと、続いて別の者たちが何やら口々に何やら合言葉のようなセリフを言い放つ。
「我止まらぬ、故に我あり!」
「三途の川! 皆で渡れば怖くない!」
「死線は進め、地獄に落ちたら気をつけて進め!」
……っ!
イカれ野郎どもめ……!
「紅孩!!」
そう巨体の男に呼ばれたひときわ小柄な男が、手にしていた不気味な杖状の燭台に火を灯らせて前に出る。
「 真朱青碧の狭間にて… 登る瀑布を滑る星… 旭天を染めし黄昏に… 荒れ地を灯す暗夜の緋… 」
陰陽術の詠唱!
ま、まさか、こいつら……!
「フェフェフェ…… 火行【墜星焔炭】!!」
陰陽術の詠唱が終わると突如として青天の空が緋色に染まる。
そして、空の果てより流れ星のごとく巨大な炎の塊が落下して関所の周辺に降り注いだ。
「うわああああああ!!」
炎の塊は砲弾のように関所の門や壁にぶつかり爆発!
そればかりか衛兵たちや越境の順番待ちをしていた人々、さらには踏越死境軍の兵士たち自身にも無差別に降り注ぐ!
「アカネ殿! マキ!」
「分かってます!」
「はいはいっと!」
と、叫ぶが既に彼女たちは動き出し一般市民たちを守るべく結界を張っていた。
「おっと! 危ない!」
「ぎゃははは! 当たったら死んじゃうねぇ!」
踏越死境軍の連中は自分たちにも迫る火の手をまるで楽しむように回避しながら、炎上するクリバス門へと迫る。
「う……ぐう……!」
「ん?」
と、踏越死境軍の一人、巨体の男が破壊された門の瓦礫の下敷きになり動けなくなっている衛兵の前で足を止める。
「おやおや。君はさっきの槍の少年とは違って死線を越えられなかったようだね……」
そう言うと男は刀を抜く……
む、まさか……!?
「た、助けてくれ……!」
「やれやれ、その上命乞いとはね……運も実力もないばかりか矜持もないか……君の命は生きながらえても輝く事はないだろう」
既に動けないものにトドメを刺す気か!
「せめて来世では運だけでも手にできるよう祈るのだな」
「ひィ……!」
ち……! 外道め!
「待て!」
これ以上、奴らの蛮行は見過ごせん……俺は草薙剣を抜き放ち、踏越死境軍の狼藉に介入した。




