第141話 新たなる動乱へ!
前回のあらすじ:津久田玄羽はアカネに忠告する……サイタマ領には気をつけろ、と……
一人称視点 サシコ
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「コジノさん……行ってしまわれるのですね」
能飽の方舟の不時着からおよそ半刻後。
歓喜と悲哀とが入り交じり騒然とする最中、コジノさんは誰にも別れを告げる事なくひっそりとその場を後にしようとしていた。
アタシはギリギリでそれに気づき彼女を呼び止めた。
「サシコちゃん。君といるのは楽しかった。でもウチと君は本来敵同士。共通の敵がいなくなった今、必要以上に馴れ合うのはお互いによくなかね」
コジノさんはそう言ってこちらを一瞥もしなかった。
任務が終わればまた次の任務に赴く……彼女にしてみればアタシと共闘した事はあくまで命令の上での事で、アタシが彼女に共鳴するものを感じたのは一方的な勘違いなのかもしれない。しかし……
「ア、アタシは! またコジノさんと会いたいです!」
それでもアタシは自分の思いの丈を伝えずにはいられなかった。
「そして……いつか貴女に勝ちたい! 敵としてじゃなく一剣士として貴女を越えたいです!」
その言葉を聞くとコジノさんはフッ……と静かに笑ったように感じた。
「……再会、楽しみにしとくたい」
彼女は御庭番十六忍衆の配下だ。
それならば首都ウラヴァを目指す道中で再び相見える事もあるかもしれない。願わくば命のやり取りをせねばならない状況で再会はしたくはないけど、それは都合の良すぎる考えなのかしら……
「あ、そうだ。旧サイタミニカ領……特にクギの町周辺を通る事があれば気をつけぇ」
「えっ?」
別れ際にコジノさんは思い出したかのようにそう付け加えた。
「反体制派の勢力が集まっていて大規模な暴動になるかもしれんけん。特に六昴群星とその指導者・亜空路坊には…………と、また喋り過ぎたばい」
コジノさんはまた重大な情報をぽろりと話してしまった事を反省しつつ、それ以上は何も話さず闇夜に紛れて姿を消した。
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「……という話があったのですよ」
ミヴロの町を出発し馬車を進めつつ、コジノさんから聞いた情報をガンダブロウさんとアカネさんに共有する。
「ふぅむ……反体制派の反乱か……」
太刀守殿は馬車を操縦しながらもアタシの話を聞くと、何やら目を瞑って深く考え込む。
「いや、確かにあり得ない事ではないが……」
「そういえばウィツェロピアで会った壇戸さんは兄貴に対して武力によって対抗する事も辞さない的な事を言っていましたよね」
ウィツェロピアを出立する時の事。
キリサキ・カイトによる統一国家体制に反対する組織・反サイタマ革命戦線、通称反サ革……その頭目・壇戸さんは確かに武力闘争を志向するような発言をしていた。それに他の反サイタマ勢力と通じて一斉蜂起する可能性もほのめかしていたし、今回の件はそれがついに現実のものとなったという事なのだろうか。
「ああ。それにクギの町といえば首都ウラヴァからニ、三十里ほどしか離れていない。クギを拠点に一斉蜂起して帝に攻撃するのだとすればウラヴァに攻め込むのも容易だ……これが事実だとすれば相当に危険な話だが……」
だが、太刀守殿はこの事態に対し、何か引っかかっている事がある風にも見えた。
「しかし、いかに兵を集めようとキリサキ・カイトに対して単純な武力で対抗するのは愚行の極みだ。万が一勝てたとしてもその犠牲は1万や2万では到底済むまい」
「う……帝はそれほど強いのですか?」
アタシとてアカネさんの強さを目の当たりにして異界人がどれほど強いかというのは理解しているつもりだ。
しかし、それでも一個人が万単位の死者を覚悟せねばならない程の戦闘力を持っているだなんてにわかに信じがたいけど……
「うむ。俺はエドン軍がほぼやつ一人の前に蹂躙される様を間近で見ていた。中には俺や明辻先輩と同等の力量を持つ歴戦の勇士が幾人もいたが、ついぞやつに傷1つ付けられなかった……どれほどの戦力が集まってきているかは分からんがエドンやかつての戦国国家の軍隊を超えるほどの戦力を準備できているとも考えづらい」
むむ……
やっぱり帝はそんなに強いのか……
確かに全盛期の太刀守殿を含むあの大国エドンの軍隊をたった一人で倒すほどの力を有していると言われればその強さは正に一騎当千。その帝を倒すのならば当然それ以上の戦力を用意しなければならないが、いかに反乱勢力が全国から結集したとてかつてのエドン公国を超える程の兵力などそう簡単に用意できるはずもない。
「また……兄貴のせいでこの世界の人たちが傷つく事になるんでしょうか」
アカネさんも心配げに太刀守殿を見る。
「……いや、分からん。彼らとて馬鹿じゃないし、先の統一戦争でキリサキ・カイトの強さは十二分に分かっているはず。だからどれだけヤツを恨んでいるとて軽々に戦いを挑むとも思えん」
……んんー。なんか話がややこしくなってきたわね。
それじゃあ彼らは何でわざわざ敵のお膝元であるサイタマ領に集結なんてしてるのか……
「そもそもクギの町というのが引っかかる。そんな首都と目の鼻の先の位置に憲兵の目を掻い潜って集まる事が出来たのは何故だ? 内部の手引きがあったのは間違いないが……」
内部の手引き…………あ!そうか!
「太刀守殿! アタシ分かりました! これ多分罠ですよ!」
「罠?」
「だっておかしいじゃないですか! コジノさんは御庭番の配下なんですよ! 帝の側近たる御庭番が不穏分子の集結を知っていながら黙って彼らを集結させてるなんておかしいじゃないですか!」
そう!よく考えれば分かる事だった!
帝を守るべき立場のコジノさんが敵が首都の近くに集まっている事を知っていれば戦力が整う前に摘発するのが自然……それを敵が集まるまで見過ごしているという事は、つまりそれ自体に狙いがあるという事だ!
「きっと帝が病で弱っているとかの偽情報で敵をおびき出し、一箇所に集めたところを一網打尽にするつもりなんです! だから、コジノさんもその掃討作戦に巻き込まれないように注意を促してくれたんですよ! きっとそうだ! それしかないですよ!」
思えばウィツェロピアでも黒子人形が反サ革の構成員をおびき出そうとしていた時にも似た手法を用いていた。これはきっと御庭番の常套手段なんだ。
「いや、その逆かもしれん」
……え?逆?
「明辻先輩から聞いたんだが、御庭番は既に帝の制御下にはなく独自の行動理念で動いているらしいのだ。つまり、クギに不穏分子が集結しているのは反乱勢力と御庭番とが共謀の上での事で、彼らの攻撃に呼応し内部で御庭番も蜂起……内外からキリサキ・カイトを挟撃する作戦、という事も考えられる。いや、というより、むしろその確率の方が高いのではないだろうか」
おお……なるほど!
正面からの決戦では分が悪くても背後から奇襲をかけて、更に挟み撃ちとなれば勝機もある!確かにそっちの方が話の辻褄が合うかも!
「むむ……兄貴そんな四面楚歌なのか……まあ、自業自得だけど」
「そういえばコジノさんも元々帝には恨みがある様な事を口にしてました! それに彼女の師匠も帝にはいつか一矢報いる気概がある人だって!」
「師匠?」
……ああ、そっか。
コジノさんの師匠の事はまだ太刀守殿たちには言ってなかったっけ。
「そうなんです。彼女の師匠は御庭番十六忍衆の1人なんです。その人は太刀守殿も知っている人で、確か元エドン軍の燕木哲之慎という……」
「何ィ!? 燕木……燕木哲之慎だとぉ!?」
太刀守殿は燕木哲之慎という名前に想像以上の反応を示した。
「ふぅぅぅむ。奴が御庭番に復帰しているのか……しかし、とすればやはり……いや待てよ。だが……」
太刀守殿は何やら混乱した様子で頭をぐしゃぐしゃと掻くと、天を仰いでフーッと息を吐いた。
「あー! 頭がまとまらん!」
そして、その太刀守殿がそう言い放った時。
ちょうどある人物と落ち合うために指定していた郊外の寺社が見えてきた。
「いずれにせよもう少し情報を洗い直して状況を整理する必要があるな……そういう事が得意なマキもあそこにいる訳だしな」




