第140話 惜別の丘!
前回のあらすじ:能飽の方舟の墜落は阻止された。明辻泉綱の命と引き換えに……
一人称視点 サシコ
「太刀守殿。やはりここでしたか」
「おう。サシコか」
金鹿一味との死闘から一夜明けて──
ミヴロの町外れの小高い丘に私は太刀守殿を呼びにやって来た。
能飽の方舟を支える菩薩の巨像もよく見えるこの場所には昨夜戦死した明辻泉綱さんの遺体が埋葬されている。墓石はあの奇跡を起こした英雄のものとしては非常に簡素なものだったが、一夜のうちに出来る処置としてはこの辺りが限界であった。
「ちょっと待っててくれ」
太刀守殿は近くに咲いていた春紫苑の花を手向けると、墓石の前にしゃがみ込み目を瞑った。
この人は太刀守殿の戦友であり恩人……そして恐らくはかつての想い人。きっと太刀守殿にとっては本当に特別な、それこそアタシから見た太刀守殿のような人だったに違いない。その人が死んだのだから太刀守殿の胸中に様々な感情が去来しているのは想像に難くなかった。
「…………よし! 行くか!」
数秒の沈黙ののち、太刀守殿は自分のふとももをバシッと叩いてそう言い放った。
「あの……大丈夫ですか?」
「ああ、もう平気さ」
太刀守殿はいつもの表情と声色だ。
態度はどうあれ悲しみが残っているのは間違いない。かといってここに留まって思い悩んでも彼女が生き返る訳ではない。
前を向いて歩き続けることだけが悲しみを癒やしてくれる……というのは有名な小説か何かのセリフだが、もしかしたら太刀守殿も旅を続けることで少しでも彼女を失った悲しみを忘れようとしてるのかもしれない。
そう思うとこれ以上この件について言及する事はできなかった。
「よっこらしょっと」
昨日の空中戦闘で使用していたからくり箱を背負い込んで立ち上がる。
「それ……持っていくんですね」
「ああ。借り物なんだが返そうにもその貸し主がどこかに消えちまってな。燃料がなくなった今はただの箱でしかないが、このまま捨てちまうのもなんだし、何かに使える時もあるかもしれないからとりあえず持っていこうかと思って」
確かに、六行の力を使って空を飛べるという超技術のからくりを捨てていくのはもったいない。燃料が入手できればまた空を飛ぶのに利用できるかもしれないし、いざとなればしかるべき所で売ればそれなりの値がつきそうだ。
「それより腹減ったな」
「昨日の夜から何も食べれてないですもんね……あ、確か街の人たちが食料も用意してくれてるみたいですよ」
「お、そいつは助かるな〜」
そう言うと太刀守殿はもう一度だけ墓石の方に視線を向ける。
数瞬後、墓に背を向けて歩き出すともう太刀守殿が振り返ることはなかった。
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丘を降りてミヴロの町の西端に向かうと既にニ〜三百人ほどの人数が集まっていた。
「おおお! 英雄たちのお出ましだ!」
彼らはアタシと太刀守殿が来たことに気づくと熱烈なまでに歓迎した。
「む……こんなに人がいるのか」
彼らの中には昨夜の戦いで能飽の方舟に乗っていた観客たちもいるが、多くは事情を知ったミヴロの町人や何も知らずに玩具祭りに参加していた店の主人や観光客たちだった。
「君たちは俺たちの命の恩人だ!」
「遠慮はいらんぞ! こいつを持っていってくれ!」
彼らは旅の餞別にと気前よく様々な物資を提供してくれた。
「まさか一夜のうちにこんなに話が広がっているとはな……」
「昨夜の戦い……能飽の方舟が空を飛んでいる様子は町からも見えていたみたいですからね」
空飛ぶ船に町を飲み込まんとする【神奈河】の光……遥か上空の船の上からは分からなかったが、あれだけ派手な戦いであったからしてミヴロの町の人たちも何事かとすぐ近くで起こる変事に気づき、昨夜は騒然となっていたらしい。そして、生還した人々が町に戻ると、たちまちの内に事件の顛末は町中に知れ渡った。
特に船に残っていた更井以下、金鹿の手先として働いていた板岱屋の従業員たちが捕縛され事件の全容が明かされると解決の立役者である太刀守殿やアカネさんたちには町から正式に感謝と物資の援助をしたいと申し出があった訳だ。
「それにしても手配が早すぎる気もするが…………それはそうとアカネ殿はどこに?」
アタシが太刀守殿を呼びに行っている間、アカネさんは先に行ってする事があるとの事でもうこの場所に来ているはずであった。
既に厩から移動してきてくれていた馬車の近くにも姿が見えないけど……
「ああ、マシタ・アカネ様ならあちらに……」
と、町人の一人が指をさす方を見る。
すると少年たち──ほとんどが【富嶽杯】の参加者のようだ──に囲まれて談笑するアカネさんの姿が見えた。
「へー! 君の小懸騎士の装飾は銅を使ってるんだ!」
「ああ、銅の素材は空行の力をよく通すからな」
「そっかー! 色々と工夫して戦ってたんだ、みんな! アタシも見習わなきゃな〜」
アタシは見てなかったから分からないけど、どうやら昨日の小決闘を通して彼らと友情が芽生えたようである。彼女が先に来てしたかった事は彼らに別れの挨拶をする事だったようだ。
……アカネさん、異界人なのにどこの町に行ってもすぐ町の人と打ち解けているなぁ。かくいうアタシも当初彼女を異質なものと敬遠していたけど話してみるとすぐに仲良くなった。あの人には何か人を惹き付ける才能があるみたいね……
「アカネ殿!」
「あ、ガンダブロウさん! サシコちゃん!」
太刀守殿が手を降るとアカネさんはアタシたちに気づく。
「もうすぐ出発しますよー!」
「ああ、そう! それじゃ名残惜しいけどわたしはこれで……皆も元気でね!」
アカネさんは子どもたちに別れを告げるとアタシたちの方に小走りでやってきて合流する。と、その時……
「マツシタ・アカネ!」
アカネさんを選手登録した偽名で呼ぶ声がする。
振り返ると40くらいの細身の伊達男が、何かアカネさんに話をしたい様子で立っていた。
「げ……津久田さん……」
「いつかまた会おう! そしてその時は……」
「……」
「その時は……昨日つけられなかった小決闘の決着をつけようではないか!」
「…………ええ、いずれまた」
アカネさんは何か呆れたような笑顔で中年男に別れをつげる。
「それともう1つ! 君たちはこれから首都を目指すと聞いたが……サイタマ領内を通る時は注意する事だ!」
「えっ?」
「先月頃から反帝派の不穏分子が集まってきているとのもっぱらの噂だ! 大規模な騒乱の予兆があるとも聞く! くれぐれも気をつけ給えよ!」
中年男の忠告──それはアタシにとっては驚くべき情報ではなかった。
何故なら昨晩、それと同じような忠告をコジノさんからも聞いていたからだ。




