第139話 ビヨンド・ザ・ニューワールド!(後編)
前回のあらすじ:落下する能飽の方舟を救うため、明辻泉綱が命を燃やし尽くす!
一人称視点 ガンダブロウ→マキ
「な……!?」
能飽の方舟の船底を支え、落下を阻止できるかどうかという土壇場の土壇場。
ふいに船の両脇から無数の光の矢が地上に降り注ぐのが目に入る。
「これは明辻先輩の技……なのか?」
光の矢は地上に落ちると、その場所からまるで雨水で成長する苗木のように地面が隆起し、やがて船を覆うほどの巨大な人の姿を形成していく!
……むう!間違いない!
これは明辻先輩の剣術『或命流』による技だ!
「えっ? ええっ?」
事情の分からぬアカネ殿はキョロキョロと周りを見渡し驚いた様子を見せる。
だが、事情の分かっている故に俺にも驚くべき事はあった。
確かに先程の河原での戦闘時にこのミヴロ一帯は鉱物を多分に含有した地質で『或命流』を使うのにうってつけの土壌だと先輩は言っていた。しかも、ここはあの戦闘の地点より更に上流で地面に含まれる金属成分も増しているはず。であれば、遠隔からの技でも幻砂楼の遊民との戦いの時と同様、水行の力で巨像を形成できたのも頷ける……が、これはいくら何でも規模が大きすぎるのではないか!?今回の巨像の大きさはあの時の数十倍はある!いかに先輩といえどもこれほどの技を操れるほどの呪力はないはずだが……
「むっ? あれは……」
ふと眼下を見ると、光の矢が降り注いだ辺りに一際強い光を放つ箇所があるのが見えた。夜の暗闇に燦然と輝く地上の星………………先程船から落下したマガタマの光だ!
そうか!金鹿が【神奈河】を発動するのにマガタマの力を借りていたのと同様、先輩の技もマガタマの周囲で使った事で大幅に力が増幅されているんだ!
大地が隆起して形成されたのは菩薩のような慈愛に満ちた顔を持つ大巨像……この巨像は地上の命の全てを救い上げるかのような大きく温かい掌で、既に落下速度が減速しはじめていた能飽の方舟を優しく受け止めた。
「こ……こりゃあ……凄かばい」
最初に船を支える為に飛び出してきた半妖姿の少女──恐らくは明辻先輩同様【統制者】の刺客と思われる──も、この奇跡のような状況に感嘆の声を漏らす。
「綺麗……」
アカネ殿も今の今まで直面していた危機的な状況も忘れ、その荘厳なまでの巨像の姿を呆然と眺めていた。そして、それは俺も同様だ。
なんと凄まじい六行の技……技の規模も救った命の数も少なくとも俺の知る限り比肩するもののない大偉業ではないか。
しかし、何故か喜々とした感情よりも漠然とした胸騒ぎのようなものが込み上げる…………これ程の技を使った明辻先輩は今どうしている?
「……先輩ッ!」
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「い、今の光は一体……? 揺れが止まった?」
「私たち……助かった……の?」
船の墜落に恐怖していた観客たちが地面にほど近い高度で落下が止まった事に気づくと一呼吸置いて、大歓声が一挙に湧き上がる。
「「「 おおおおおおおおおお!! やったあああああ!! 」」」
助かった……そして、地上に起こる惨事も止められた。
その事自体はよかったのだけれど……
「先輩! 明辻先輩はどこに!」
と、船の甲板に村雨くんが飛び乗ってくる。
何か察するところがあったのだろう。彼は明辻泉綱の姿を探して喜びに湧く船の上を歩き回る。
「こっちよ」
私が呼ぶと村雨くんもこちらに気づく。
「マキ!?」
「た、太刀守殿ぉ……」
「それにサシコ!? お前たち、船に乗っていたのか!?」
船での戦闘は入れ違いになっていたので村雨くんは私とサシコちゃんが船に乗っていた事は知らなかった。この辺の事情については後々説明してあげる必要があるだろうが……
「ええ。でも今はそんな事より」
私は全ての力を使い果たし、命が尽きる寸前の明辻泉綱の倒れている場所を示して見せた。
「なっ……先輩!?」
彼女を看取る役目は私達よりも旧知の仲である彼がふさわしいだろう。
「…………ガ……ガンダブロウ……か……」
「っ! その傷…………!」
村雨くんも一目で気づいただろう。
彼女の傷はもう手遅れの段階にあるという事を……
「早く……早く手当をしないと!」
本来私達にできる事は最後の言葉を聞き届ける事だけ。しかし、彼はその現実を認めず、彼女の命を救わんと行動しようとした。それが欺瞞であるとは分かっていながら。それほどまでに彼には受け入れ難い状況という事だろう。
村雨くんと彼女の関係は私にはよく分からない。
ただ上司と部下を超えた関係があった事は疑いようもなく、故に彼らのやり取りに口を差し挟む事は出来なかった。
「い……いいんだ……私はもう……助からん……」
「な、何をおっしゃるか! この程度の傷、何てことないですよ!」
村雨くんは震える声でそう叫んだ。
「あの時……チェチェブ山から撤退する時だってどうにかなったじゃないですか! アマゴスキンの時もそうだ! もっともっと絶望的な状況を俺ら切り抜けて来たじゃないすか! だから、今回だって何とかなるはず! こんな傷は医者に行けばすぐ治る……なあ、そうだろマキ!?」
彼は懇願するように私を見た。
しかし、私には静かに首を横に振るしか出来なかった。
「はは……なあ、サシコ……お前なら分かるよな? 先輩は助かる……こんな傷は大した事ないよな?」
村雨くんは今度はサシコちゃんに問う。
「太刀守殿ぉ、あ、アタシがいけないんです……アタシがもっとちゃんと制止していれば……」
が、サシコちゃんは絶望的な表情で涙を流すだけでその問いを肯定しなかった。
ここにきてようやく村雨くんは状況を理解した。いや、認めざるを得なくなったという方が正しいだろう。彼は意を決して彼女の最後の言葉を聞くために彼女の横たわる傍らに膝をついた。
「ガン……ダブロウ…………すまない……こんな事に巻き込んでしまって……」
「そんな……どうってこた無いすよ! なんたって俺は太刀守ですから! 俺の技にかかれば御珠守だろうと幻砂楼の遊民だろうと問題にならない! だから……全然まったく大した事ないですよ!」
「ああ……そうだ……金鹿との戦い、しかと見ていたぞ……素晴らしい技だった……お前はやはり太刀守の名に相応しい剣士だった……私の目に……狂いはなかった……」
そう言って微笑むと明辻泉綱は何かを村雨くんへと差し出した。
「……これをオクタ村の私の子供たちに渡してくれないか? 頼んでばかりでスマンが……他に頼れる相手もいないのでね……」
小さな文と髪飾り……
恐らく遺書と形見。自分がこのようになった時のために事前に準備していたのだろう。
「……分かりました……しかと。このガンダブロウが引き受けました」
「ありがとう……頼んだぞ…………」
その言葉を聞いた村雨くんは今まで堰き止めていた感情が溢れ出し、子供のように泣きじゃくりながら明辻泉綱に思いの丈をぶつけた。
「先輩! 俺は! 俺はアンタが好きだった! アンタを俺の剣で守りたかった! でも、俺はアンタに守られてばかりで…………アマゴスキンでもリャマナスでも…………恩を受けるばかりで何一つ返せなかった! だから、今度こそ俺はアンタに恩を返せると……金鹿からも【統制者】からもアンタを守り切ろうと……そう思ったのに……それなのに俺は……俺ってやつは……!」
最後の方は嗚咽混じりでほとんど言葉になっていなかったが、彼の思いは明辻泉綱にも伝わったのだろう。彼女は赤子に向ける母親のような優しい眼差しで彼に諭すように言う。
「ふふ…………泣くなガンダブロウ。私が死ぬ事なんて大した事じゃない……当たり前の事なのさ…………私は今まで幾人もの敵の命を奪ってきた…………大義のため家族のため…………そう言って剣を振るってきた。だが死んでいった彼らにも大義や家族はあったはず…………彼らが志し半ばで死なねばならなかったのと同じ様に…………今度は私の……命を捧げる番がきた…………ただ、それだけの事さ」
「…………先輩っ!」
「そ……それでも……私は人知れず戦場の屍となった者たちよりは幾分か幸せだろう…………子供たちの…………未来を守り…………最期に…………この上なく信頼できる仲間に…………看取ってもらえるのだからな……」
そう言うと明辻泉綱は静かに目を閉じ辞世の句を述べた。
「我が剣に……宿りし大義も激憤も…………命の大河の小さな支流……その源泉が愛なれば…………流れ流れて……再びまた戻るもよし…………」




