第138話 ビヨンド・ザ・ニューワールド!(中編)
前回のあらすじ:金鹿を倒した影響で能飽の方舟は空から落下を始める!
一人称視点 サシコ→泉綱→泉綱(回想)→泉綱
「一人じゃないよ…………わたしたちもいるからね!!」
「アカネさん! 太刀守殿!」
地上へ落下を始めた能飽の方舟──
これを支えようと船底に飛び出していったコジノさんにアカネさんと太刀守殿が続いた。
「ふんぬうう!!」
「ぬおお!! もってくれよ燃料おお!!」
アカネさんは式神の推進力だけでなく火行の身体強化の陰陽術も駆使しているようであり、太刀守殿も六行仕掛けと思われるからくり箱の力を恐らくは最大出力にして対応に当たっている様だ。考えられる限り、最高の加勢……でも……
「ぐ……うぅ……!」
アカネさんも太刀守殿も世界最強の六行使い一位、二位と言っても過言ではない程の実力者だ。しかし、いかに彼らの技量が高くとも、この数百万貫はあるであろう巨船の重量を人の力で支えるのが無理な事に変わりはない。
「あんたたち……」
吉備牧薪は暫時呆れた表情で彼らの無謀を傍観していたが、一つ深呼吸をすると腹を括った瞳で再び彼らに視線を向けた。
「もうっ、分かったわよ! こんな事したって焼け石に水かもだけど…………」
吉備牧薪は陰陽術の詠唱を行うと、丸い雀型の式神が船の底に無数に放たれた!あれは確か【征矢雀】とかいう術……式神に船を支えるのを手伝わさせる気ね!
でも識行の式神は個々の力はそこまで強くないはずだ。いかに数を飛ばしても吉備牧薪が自分自身で言った通り、これじゃあ焼け石に水……やっぱりこの巨大船を底から支えるなんて方法はいくらなんでも……
「行け!! 白鵬の翔王!!」
と、その時──
掛け声と共に白い小懸騎士が船底へと飛んでいく。
「だ、駝馬……!」
「みんな!! 今こそ俺たちの力を……小懸主の意地を見せる時じゃないのか!!」
ひときわ大柄の少年がそれまで戦況をただ見ているしかなかった【富嶽杯】の参加選手たちに檄を飛ばした。するとそれに呼応するように他の小懸主の少年たちも雄叫びを上げ、自身の小懸騎士を手に立ち上がる。
「そうだ……そのとおりだ!! 彼らは僕たちを救うために死力を尽くしてくれている!! なら、僕たちだってできる事はやらなけりゃな!!」
「うむ!! このまま助けられてばかりはいられん!!」
「主よ、我らを祝福したまえ!!」
少年たちが次々と小懸騎士を宙に放り込むと、夜空を切り裂く無数の流星群のように瞬いて船底に向かって飛んだ。
「おおっ! みんなっ!」
アカネさんから好敵手たちの加勢に喜びの声を上げる。
「アカネさん!! アンタたちばかりにいいカッコさせないぜ!!」
「マツシタ・アカネ!! お前の魂、とくと見届けさせてもらった!! 及ばずながらこの津久田玄羽も力を貸すぞ!!」
「甲三くん……オジサンも……」
凄い光景だ。いかに六行の力が宿っているとはいえ小懸騎士一体一体の出力はたかが知れている。しかし、それらの個の力が束になり無数の小さな光が一本の巨大な閃光になった時──
「……! 凄い……落下速度が遅くなってきている……!」
そう。
緩やかにだが、確実に。
能飽の方舟はその落下速度を落とし始めた。
これが小懸騎士の……いや、彼らの意思の力。
どんな絶望的な状況でも諦めずに立ち向かう姿勢……あの小懸騎士が放つ無数の輝きが彼らの希望そのものなんだ。
「ぐうう!!」
「ぬおおお!!」
しかし、減速してきているとはいえもう地上はすぐそこまで迫ってきている!
「みんな……みんな頑張れ!」
くっ……!
皆が頑張っているこんな時に何も出来ない自分が悔しい!
何が【龍の玉視】よ!
肝心な時に何の役にも立たないのであれば、どんなに強い呪力があったって意味がないじゃない!
と、歯がゆい思いで太刀守殿たちの奮戦を固唾をのんで見守っていると……
「えっ……明辻さん……?」
満身創痍でまともに歩く事すらままならない明辻さんが、刀を杖代わりにヨロヨロと横を通り過ぎる。彼女は甲板の端にまで移動し迫りくる地上に視線を向けた。
「そうか……今度は私の番か……」
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「彼らが支えているのは、この船だけじゃない。この町の……この国の……この世界の未来そのもの……ならば……ならば私の……私の使命は……」
眼下に広がる光景──
ガンダブロウや子供たちが船を支える為に命を燃やして輝く光は一年前のあの時の事を私に思い出させた。
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夫、沼次郎は死ぬ間際になっても生来の優しさと芯の強さを無くすことはなかった。
「い……泉綱……そんな顔をするな……」
病床の沼次郎は村に届いた数少ない薬を飲む事を拒絶し、同じ流行り病で苦しむ村の子供たちに優先して使って欲しいと言うと泣き崩れる私に静かに笑いかけた。
「沼次郎……お前が死んだら……残された子供たちはどうなる? 私は……私はどうすればいいのだ?」
キリサキ・カイトによる統一の影響で国境が撤廃され、様々な地域の人間が自由に旅を出来るようになった…………しかし、それは同時に各地域特有の病を他の地域に広く伝播させる事にも繋がった。
結果、私の村では流行り病が蔓延。
もともと医療の脆弱な田舎の村だったが、キリサキ・カイトの「異界の先進医学を勉強していない医者はヤブ医者だ」という考えに基づく医者の厳格な免許制度の導入で村の医者は医療行為を禁止され、診療施設もその時既に閉鎖になっていた。
故に罹患者の治療は滞り、流行り病の薬も村の皆がなけなしのお金でダイハーン地域から輸入したものだった為、数には限りがあった。
「君たちを残して逝くのは心残りだが……人はいずれ死ぬのだ……それがちょっとばかし予定が早まって、僕の番がきた……それだけの事さ」
沼次郎はそう言って私の手をギュッと握った。
死の床にある人間とは思えぬ程力強く……それでいて温かい手の感触だった。
「かつて君が命を賭けて兵士として戦ったように……今度は僕がみんなの為に……出来る事をしなくちゃね」
「沼次郎……」
「大丈夫だ。君は強い……沢郎と曜湖を頼んだぞ」
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夫はその2日後に死去した。
あの時の悲しみと絶望──そして怒りはやがて私が再び剣を握るためのきっかけとなった。
怒り……そうだ。怒りだ。
あの時の私は帝を、国を、運命を……そして、子供二人と私を置いてアッサリと死んでしまった夫さえも恨んでいた。私はその激情を残された娘と息子を守る為にならどんな事でもするという覚悟に変えた……どんな卑劣な事でも母一人で幼い子供たちを幸せにする大義の前では些末な事だと思った。だから子供たちの待遇と引き換えに【統制者】の刺客となる事も受け入れられたし、かつて自分を慕っていたガンダブロウを利用する事も躊躇いなくできた。
だが、今考えればそれも持て余した激情を剣に込め自暴自棄になる為の言い訳だったのかもしれない。
ふふ……つくづく度し難い女だな、私は。
「すぅー」
しかし、今死の淵に立ち、あの時の……「自分の番がきた」と他人のために己の死を受け入れた沼次郎の心情を理解できたような気がした。
いや思い出したと言った方がいいかもしれんな。剣を握り戦場に初めて出た時の気持ち……未来を担う希望の光に身命を賭ける清々しさは、まさにあの時大義に殉じると誓った新米兵士の志そのものだった。
「ちょ!? 明辻さん……何をするつもりですか!?」
背後から宮元住蔵子が制止する声が聞こえるが、私の覚悟は既に決まっている。私は愛刀・霪藏旡を掲げ、最期の技の発動準備に入った。
「やめてください! 六行の技に呪力を集中したら身体がもちませんよ!」
「フッ……宮元住蔵子……君も一人前の立派な剣士だ。アイツを……ガンダブロウをよろしく頼むぞ」
私は宮元住蔵子にそう告げると、回復と出血を防ぐために使っていた最後の呪力を剣に集中した。
「沼次郎……今そっちに行く…………エドン無外流【或命流】…………奥義…………」
「明辻さんッ!!」
「 "惑星の太刀 ・ 綿津見乃泉" 」
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