第130話 神奈河!
前回のあらすじ:ガンダブロウは三池の卑劣な罠に嵌まり敗北。能飽の方舟から地上に落とされるが……
※一人称視点 アカネ→泉綱→アカネ
「まったく!まったく、期待外れだヨ!これじゃ僕の見せ場がないじゃあないか……どうしてくれるだ、村雨くぅん!」
金鹿馬北斎とガンダブロウさんの戦いの最中。
突如乱入してきたキノコ男は明辻さんの身体を操るという卑怯な手段でガンダブロウさんに手傷を負わせた。
「君はもう少しやってくれると思っていたケド、僕の買いかぶりだった様だネ」
「く……!」
そして、自身でそうなる様に仕向けておきながらガンダブロウさんが仲間に攻撃出来なかった事がキノコ男の癇に障ったらしく、八つ当たりするかのように瀕死のガンダブロウさんに殴る蹴るの暴行を加え首をつかんで船の端から彼の身体を虚空に突き出した。
「村雨くん。君は三流の役者だ……」
目前に迫る破滅を前に心臓はバクン、バクンと激しく鼓動し、腹は鉛を入れられたかの重く冷たい。
このままではガンダブロウさんが殺されてしまう……あのガンダブロウさんが……
でも……でも私はどうすればいいの……?
地異徒の術を使って彼を助ける事はたぶん出来る。しかし、それはこの世界の住民に危害を加える事と同義で……それは例えどんなに正しいと思える事でもしてはならないと……自然保護区でシマウマがライオンに食べられる様子を自然界の営みとして静観するように、異界人が彼らの世界の歴史に手を加えるような事をしてはならないと固く誓っていた。
だけど、今その誓いを……自らに課した戒めを破ってでもガンダブロウさんを助けるべきじゃないの?ガンダブロウさんは大切な仲間……それを見殺しにする事が本当に正しい事なの?
私は………………私は……!
「脚本通りに演じる事が出来ない三文役者はさっさとこの舞台から出ていきたまえ!」
キノコ男がガンダブロウさんの首から手を離すとガンダブロウさんの身体は一瞬で視界から消える。
…………〜〜〜〜ッッ!!
やっぱりダメ!ガンダブロウさんは死なせられない!
「ヒモンガくんッ!!」
私は火行【鼯火】を2体出現させ、それを足場兼推進力として船から飛び出した。
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「ハッハッハ!マツシタ・アカネ!自ら消えてくれるとは願ったりだ!これで我らの勝利!完全勝利だ!」
ガンダブロウとマシタ・アカネがいなくなると先程まで会場を取り仕切っていた金鹿の配下が声高に勝利宣言をする。
「ああ……なんて事だ……」
戦いの経過を見守っていた観衆たちの悲壮の声が漏れる。
これで巨悪に抵抗できる者はいなくなり、希望は完全に断たれたという絶望があたりを覆い尽くすのを感じた。
「……ぐ…………うぅ……」
しかし……しかし、この明辻泉綱はまだ死んではいない!
先程身体を操られてガンダブロウに斬りかかった刹那……ガンダブロウは自分の身体に剣を受けながらも私の首筋に植えられた三池のキノコを斬ってくれた。
今はまだ誰もこの事に気付いていない。反撃の奇襲をするにはうってつけの状況だが、不甲斐なくも麻痺毒の影響で身体は満足に動かせない。呪力を体内に巡らせ治癒に集中しても、まだ数分は回復に時間がかかる。
「さあ、これで邪魔者はいなくなりました…………金鹿先生!計画を進めましょう!」
く……ガンダブロウが命をかけて繋いでくれた希望……!
私がここで立ち上がらなければ何の意味もないというのに……くそ!
「……はて?何か忘れている様な気もするが」
「もたもたしているとまた刺客が来るやもしれませんぞ!さあ、早く!」
「フム、それもそうじゃの……では、始めるか」
金鹿は再びフワリと浮き上がり、船の中央に移動するとおもむろに杖を掲げた。そして、既に周囲の山々の高さまで浮上している船から地上を睥睨し、陰陽術の詠唱を開始した。
「赫灼業火の癒やす丘… 紫電渦雷が煎じる空… 流るる雲に惑いし羽を… 集めて覆う嵐の天蓋… 」
すると杖の先のマガタマが怪しく光り始め、大気を震わせるほどの呪力が金鹿の周囲から噴出する。
「万古長青の蒸気は上り… 一新紀元の雨が降る… 清濁混流の河、連なれば… 原初の宙と海をなす!」
こ……これは……
火、水、風、空、識!5つの属性を使った陰陽術だと!?
こんな事はあのキリサキ・カイトにも不可能……こんな事が出来るのは…………
「これが……これが神の力だというのか!」
「豁然大悟・色即是空!! 我、富嶽の神域に足を踏み入れたり!! 五行合一………………【神奈河】!!」
金鹿が陰陽術を発動させると、虹のように極彩の光を放つ呪力の暴流が洪水の如き勢いで地上へと放たれた。
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「く…………届かないッ!」
空飛ぶ船から落下するガンダブロウさんを追う……が、追いつかない!最高のスピードを出しているつもりなのに……!
もう、地面はすぐそこまで来ている。このままあと数秒減速しなければ私も地面に激突してしまう。
「あと、もうちょっとなのにィ……!」
もうダメだ!
……と、思ったその時!
「防空域・"天突大樹"!!」
突如として地上から蔦のような植物が急速に生い茂る。
「え……ええっ!?」
蔦がゴムのようにしなり、落下の衝撃を吸収してガンダブロウさん身体をキャッチ!地上からはおよそ十数メートルくらいの地点……間一髪での救出劇だ!
「ふぅ。間に合ったな……つって!」
ナスのヘタのような緑のモヒカンヘアをした中年の男性がそびえ立つ蔦の塔の上に現れる……おそらくこれは彼の六行の技。ガンダブロウさんを助けるべく落下地点に移動してきたようであった。
「ありがとうございます!あ、あなたは一体……?」
「……アッシの事はどうでもいい!それよりアレを見るっつって!」
男が指差す方を見上げる。
すると、先程まで私がいた上空の能飽の方舟に膨大な呪力のエネルギーが集まり、虹色の光を放っているのが見えた。先程、金鹿が山一つ吹き飛ばした時よりも更に強大なパワーを、離れたここからでも感じる……こ、これは一体……!?
「ちっ!ついに始まっちまったか……つって!」
男はアレが何なのかを知っている様であった。
「一体何なんですか!?何が始まるんです!?」
「終わりの始まり……地上の全てを洗い流す呪力の暴流【神奈河】!マガタマを触媒にして発動させる御珠守最大の術にして新世界計画の総仕上げだっつって!これが発動すれば破壊の力が止まることなく噴き出し続け、7日間かけてジャポネシアのほぼ全土を覆い尽くす!まさにこの世の終わりそのものだっつって〜!」
すべてを洗い流す大洪水……!
金鹿の言っていた世界を滅ぼして新世界を作るとはこの事だったのね!
「おじさん!ガンダブロウさんの事はお任せします!」
ガンダブロウさんの命が助かった今、私が成すべき事は金鹿を止めることだ!私は足裏の火行【鼯火】を活性化させ、上空に向けて方向を転換する。
「ちょ……! なら、これ持ってけっつって!」
ナスオジサンは巾着袋をこちらに投げてよこした。
「【蘇灸粉】という火行の力の宿った灰だ!身体に浴びれば体力、呪力が回復する効果があるっつって!」
おおおっ!
そんな便利なアイテムがあるのね!
何者か知らないけどオジサン、ナイス過ぎるよ!
「何から何までありがとうございます!さてと、それじゃ……」
私は巾着の中の灰を頭から被り今までの戦いで消耗した呪力を回復させると、再び上空の船に向かってジェット噴射のように飛び出した。
「金鹿馬北斎!この美少女異界人マシタ・アカネがいる限り、アンタの思い通りにはさせないから!」




