第11話 私もまとめサイトから来ました!
前回のあらすじ:御庭番十六忍衆の阿羅船牛鬼を倒したガンダブロウはマシタ・アカネと名乗る異界人と旅立つ事になった。目指すは南方千里の首都・ウラヴァ。目的はアカネの兄にして、ジャポネシアの支配者キリサキ・カイトを元の世界に連れ戻す事──彼らの珍道中はまだ始まったばかりである。
※この回はアカネの回想編です。毎度コロコロ変わって申し訳ないですが、今回の地の文は第三者視点になっています。
「うん……本当に来ちゃったよ」
目映い光の中……としか表現できない一面の銀世界ならぬ白世界。まるで、起動させたばかりのペイントツールの画面のようである。地面と空間の境もあいまいであり、一目でこの世ならざる場所と分かる。少女はそんな亜空間にポツンと佇んでいた。
「まさか、まとめサイトなんかに載ってる〝異世界への行き方″が本当に成功するなんて……」
兄の足取りを追って辿り着いたのがこの空間である。
少女はこの神の領域とでも表現すべき場所こそ、兄の行方不明の答えだと理解した。
『…………が、…………の…………ます……』
少女の耳には脳に直接語り掛けるような不思議な声が聞こえてくるのを感じた。
『…………れまして…………になり…………次……』
声の発生源はすごく遠くのような気もすればすぐ近くのようにも聞こえる。
事ここに至っては信じる外ない。異世界の存在とこの宇宙の理を司る超常的な存在について……
そして、少女は今聞こえるこの声が自分への神のお告げであると確信し、その内容を聞き取ることに集中した。すると、少しづつ音が鮮明に聞こえてきて……
『…………さあ、9回裏! タイガースはワンナウト満塁で一打同点・サヨナラの大チャンス! 打席には4番の小山が向かいます!』
聞こえてきたのは神ではなく阪神の、お告げではなく実況であった。
「よおおし、ここで何とか連敗止めろやァ!!」
次いで聞こえたのは阪神ファンのオッサンの声。
『ジャイアンツのピッチャーは抑えの村澤! 小山に対して第一球を……投げました! 打った! しかしこれはゲッツーコース!』
「ああっ、アカン!!」
気付けば真っ白な空間にちゃぶ台とテレビが浮かんできており、ジャージ姿に阪神タイガースのユニフォームを羽織る中年男性がかじりつくように野球のテレビ観戦をしていた。
『ショート笹本取って二塁送球ツーアウト! 一塁転送はァ……アウト~! スリーアウト、試合終~了~!』
「おい、おい、おーーい! 何やっ↑とん↓ねーん! そこで初球に手ェ出したらアカンやろがボケェ! ハゲェ!」
オッサンがちゃぶ台を平手でバシンと叩く。
『伝統の一戦はジャイアンツが5-3で勝利! タイガースはこれで6連敗となり、横浜に抜かれて単独最下位に……』
「かあ~! は・ら・た・つ・わー! どうすりゃ勝てんねん、このダメ虎が~!」
「あ、あのー」
「だいたい監督も選手もやる気ないねん! こんなんじゃ、いつまで経ってもBクラスやん! あー、もう我慢ならん! こうなりゃワシの力で全盛期に若がえらせたバースを復帰させ……」
「あのォ!!」
少女が大声を出すと神はようやく少女の存在に気付いたようで、一瞬目をしばしばさせた後、「のおわっ!?」と素っ頓狂な声を上げ身を仰け反らせた。
「なんや、自分!? いつから、そこにおったん!?」
「……9回裏満塁のあたりから」
「もお~、おるんなら言うてや~! オッサン、コントみたく驚いてもうたやん! のおわっ!? って言ってまったやん! のおわっ!? って!」
やたらハイテンションに話をするこのオッサンは何者であるか。それは、この空間に突如現れた事からも少女にはある程度察しがついた。
「ええと、ここって異世界に行く前の中継地点というか、魂の世界というか……三途の川みたいな感じの場所ですよね?」
「せやで~! ほんで、ワシは見ての通り神様や!」
分かる訳がなかった。と少女は思ったが口にはしなかった。
「やー、しかしアレやな……お嬢ちゃん、アレやろ? 異世界転生モンやろ?」
「はい」
「そやろな、そやろな! いやあ、嬉しいなあ! 君みたいな若い娘がここに来るのはめっちゃ久しぶりやからなあ!」
「はあ……」
「自分いくつなん?」
「17です」
「わっ、そんじゃホンマモンのJKやん! 生のJKなんてここ200年くらいお目にかかっとらんかったわ~!」
オッサンの喜びようは尋常ではなかった。普段よほど若い女性と話す機会がないらしい。
「ここ来んのはJKやのうてDTばっかりや! DTってなんの略か分かる? ん?」
「……」
「え? 何その顔? セクハラちゃうで? だって、DTはドクサレ・とーへんぼくの略やからね! あれ、もしかして童貞の略と勘違いしたんちゃう? スケベやなあ、君! まあ、どっちも同じような意味やねんけど! がっはっは!」
完全に大阪のオッサンのノリである。多分ツッコミは「なんでやねん!」だし、相手を恫喝する時は「なんじゃワレ!」なのであろう。
「……お嬢ちゃん、彼氏おるん?」
「あの、それより聞きたい事があるんですが」
少女がオッサンのウザ絡みを遮りつつ、話を切り出した。
「以前……5年くらい前になるんですが……この人がここに来ませんでしたか?」
少女がスマホに写った写真をオッサンに見せた。家族旅行に行った時の兄の写真であるが、オッサンは首をかしげる。
「んー? どやろなあ……ここに来るのは同じようなダッセエ・とっちゃん坊やばっかりやし、いちいち顔覚えとらんねん」
「思い出せませんか? 絶対に来てると思うんですが……」
「うーん分からんねえ…………なんや、お嬢ちゃん。まさか、わざわざそいつを探しにここへきたんか?」
「そうなんです。実は……」
少女はここに来たいきさつを神様にかいつまんで話した。
「そうかァ……行方不明のお兄さんを探してなァ……お嬢ちゃんはお兄さん思いのええ娘なんやなァ」
神様のオッサンは人情話に弱いらしく娘の身の上話にいたく感動している様子であった。実は少女の心境としては特段そういう訳でもなかったが、あえて訂正はしなかった。
「そういう訳で兄がここに来たかどうか知りたいんです」
「うーん……一応、転生者名簿ちゅうのがあって、それ見ればソイツが来てたかどうか分かると思うねんけどな。でも、神様はみだりに個人情報を開示しちゃならん決まりになっててなぁ」
「……ダメですか?」
少女は小動物のような潤んだ目で神様を見つめる。少女は短期間でこのオッサンをコントロールするコツを掴みつつあった。
次の瞬間、空中にポンと薄緑色の金具止めファイルが出現し、少女の足元にバサッと落ちた。
「…………しもた~、転生者名簿のファイルが落としてもーたわ! これ見られたら誰がどこ転生したんか、バレバレになってまうやーん!」
わざとらしく演技する神様の意図は少女はすぐに察した。
「ありがとうございます!」
少女はボロボロのファイルを手にすると、中のページをめくっていき、兄の情報を探す。
「あった! 兄貴の名前!」
彼女が見つけた兄の名前の横には転生済のチェックと転生地欄に「ジャポネシア」と記載があった。5年来の謎が解けた満足感と自分の努力が報われた達成感が少女を満たす。と、同時にここからの過程が本当に難しいのだという事も少女は改めて認識した。
「あの、神様…………わたし、兄を元の世界に戻したいんですが、協力して頂く事は出来ませんか?」
「ええ? ……うーむ、それはちょっと難しいな」
「どうしても、ダメですか?」
再び潤んだ瞳で上目遣いをするが、神様は慌てて自分の言葉に対して補足を入れる。
「アッ、いやっ、イケずで言うてるんとちゃうねん! ホンマのホンマに出来ひんのや! 無理に世界から人を動かすとなァ、因果律とか次元の法則とか……まあ、何かややこしいアレがアカン感じになって世界そのものがぶっ壊れてしまうかもしれんのや!」
ずいぶんフワッとした説明ではあったが、どうやら神といえど、人を右から左に異世界転生させるような事は出来ないらしかった。
「将棋の駒みたいなもんや。駒を自由に盤に置けるのは手元にある時だけやろ? 人も一緒やねん」
「では、兄を連れ戻す事は出来ないのでしょうか?」
「出来る方法はあるにはあるねんけど…………これは、流石に言ったらアカンかな……最近は色々セキュリティの問題とかうるさいしなぁ。そういう事ばれちゃうと神様も立場上ヤバイねん」
「そうなんですか……」
「すまんなあ。出来る事なら協力してあげたいんやけど、オッチャンの権限だと難しい事もたくさんあんねん……堪忍してやあ」
「いえ、こちらこそなんかスミマセン。色々と無理なお願いばっかりしちゃって」
どうやらこの神様は神の世界でも中間管理職的な立ち位置らしい。神様には神様のルールがあって、人と同じく不自由に生きてるという事が、この中年神の態度からはヒシヒシと感じられた。このオッサンにしてみれば旅行感覚で現世のしがらみから放たれ、転生ライフを楽しめる異世界転生者の方がよほど自由に見える事だろう。そう思うと何故かこの超越的な存在のはずのオッサンが、少女には少し哀れに見えてきた。
「…………え? どこいくんや?」
少女は神様の横を通り抜けて、ちゃぶ台の方に歩いていく。
「色々教えて頂いたお礼をしなくちゃと思いまして……」
少女はおもむろにちゃぶ台の脇にあったビール瓶を持つと、これまた近くにあった栓抜きでビールのフタを開けた。
「まあ、と言っても今のわたしじゃ、お酌をするくらいしか出来ませんけど……」
「なんや、お嬢ちゃん、そないな事せんでもええのに……オッチャンは仕事でやってんねんから」
「いえ、善意を受けたらお礼をしなくちゃ筋が通りません」
かつて誰かに言われた受け売りのセリフが咄嗟に口をつく。少女のこの行為は打算的なものではなく、純粋な厚意によるものであった。
「言うとくけどな、お嬢ちゃん……これくらいじゃオッチャンは口割らへんからな?」
「分かってます」
神のオッサンはどかっとちゃぶ台の前に座るとグラスを傾け、少女の酌を受ける。オッサンはビールをぐいっと空けてしみじみ「うまい」と呟いたのち、少女を質問を投げ掛けた。
「お嬢ちゃん、これからどうするんや? 元の世界に帰るんか?
それともお嬢ちゃんを兄ちゃんのいる異世界に転生するんか?」
少女は一考してからオッサンの問いに答える。
「いえ、行くだけ行っても元の世界に戻れないんじゃ意味ないですから……」
「ほうか? ならいっそ好きな異世界に転生させたろか? 理想の異世界を見っけて、ええ男侍らせたりお姫様やったりも悪かないと思うねんけどな」
「うーん、それも興味なくはないですが……わたしにはまだ元の世界でやりたい事もたくさんありますし。それに……」
「それに?」
「異世界でズルして成功しても面白くないと思うんです。それよりも今わたしは、兄を連れ戻す事に……上手く言えないんですが……やりがいを感じているんです」
彼女の性格が如実に現れたセリフである。良し悪しではなくタイプの問題であるが、少女の性格は困難な事柄に挑み、乗り越えた時にこそ満足感を得るタイプであった。その彼女の気質が兄を探すという難事に取り組ませ、ついにはこの場所を突き止めるに至らせたのである。
「なるほどなァ……でも、そんなら、どないすんの?」
「…………なんとか連れ戻す手段を考えます」
「兄ちゃんを元の世界に戻す方法やけど、お嬢ちゃんが自力で考えつくのはたぶん無理やで?」
「それでも……納得が行くまでは方法を模索してみたいんです」
「頑固な娘やなぁ…………なら考えがまとまるまでは、ここにおったらええよ」
「え……?」
「ここは時間の流れが止まっとるしな。それにオッチャンは、お嬢ちゃんの事が気に入った! 元の世界に兄ちゃんを戻す方法は直接は教えられんけど、ヒントやったら教えてやれん事もないで」
「え!? いいんですか?」
「ま、そんくらいはええやろ。だけど、その前に……ビールが空なってもうたな。お嬢ちゃん、もう一杯もらえるか?」
「あ、ハイ!」
こうしてJKとなるべく長く絡んでいたい神と、兄を連れ戻す方法を知りたい少女の思惑が一致し、彼女──のちにガンダブロウにマシタ・アカネと名乗るこの少女は、しばらくこの奇妙な空間に滞在する事となったのであった。




