第125話 フロム・ザ・ニューワールド!
前回のあらすじ:金鹿馬北斎の新世界計画!その全容がついに明らかになる!
一人称視点 アカネ
「六行玩具・小懸騎士……そもそもこの玩具は君たちを安全に、楽しく、かつ真剣に六行使いへの覚醒に導く為の装置だったのだよ」
更井さんはこの【富嶽杯】の裏に隠された意図について説明を始めた。
「小懸騎士を手渡した子供たちは全て我が板岱屋が選りすぐった六行の才ある者たちだ。君たちは小決闘という遊びを通し、六行の力に触れる事で自然と六行の覚醒に近づいた。中には既に無意識の内に六行の力に目覚めている者もいるし、まだ覚醒していない者も直に力に目覚める事になるだろう」
……うん。ここまでの話は大会が始まる前に聞かされていた。わたしが飛び入り参加を許されたのも、既に六行に覚醒している者と子供たちが触れ合う事で六行の覚醒により近付けるためだと。実際、津久田玄場は戦いの最中、明らかに六行の力を発動させていたし、今思い起こせば他の対戦相手たちも小懸騎士にあらかじめ込められている六行の力だけでは出せないようなパワーを見せていた気がする。
しかし、それと新世界がどうのという話とどう関係があるのか……
「特に各地の予選を勝ち抜き、この【富嶽杯】に参加した世代屈指の天才たちは新世界を切り開く旗手となる。【富嶽杯】の目的は正にそういった既存の世界に縛られない若く優秀な人材を選別する事にあったのだ!」
……んん??
若い人材を青田買いしたかったという所までは分かった。けど、新世界というのはイマイチよく分からない……革命でも起こして兄貴の政府を転覆するとかそういう事かしら?
「なんだよ……いきなり新世界て!そんなの知らねーよ!」
「アタマおかしいんじゃねーか!お前ら!」
観客や他の小懸主たちも彼らの説明をよく理解していない様子。
うーん、彼ら目線ではとても崇高な理念があるようだけど……どうも情熱だけが先行していて、説明が下手ね。この大会のルールの杜撰さを見てもそうだけど、彼らのやる事は壮大な理想に対して細部のディテールが雑になる傾向があるようだ。
「……ふふふ。確かに今はまだ想像するのは難しいだろう……だが、直に分かる。君たちの力は新世界を創れる……いや、創らなければならないのだと。そう、我らが既存の世界を破壊し尽くしたのち、無限の荒野が目の前に現れればな」
……え?なんて?
世界を……破壊?
世界を破壊し尽くすって言ったのこの人?
「……な、何言ってんだ?」
「世界を破壊……そんな馬鹿な事、できる訳ないだろ!」
観衆の反応はまさにわたしの心の内を代弁していた。
世界を破壊して新世界を創造だなんて中二病も度が過ぎるというもの。比喩表現にしたっていくら何でも…
「いや、できる!我々はその為に周到に準備してきた!綿密に計画し、出来得る限りの手段を講じてきた!何よりも世界を破壊し創造し得る力……アレを手に入れたのだからな!先生!」
更井さんはそう言って金鹿に合図を送る。
「ヒェッヒェッヒェ!諸君、これを見給え!」
金鹿は観衆の注目を集めると杖を数kmほど先にそびえる山の方に向け、杖の先から巨大な火球を大砲の弾のように発射した!
火球は空気を切り裂きながら山に向かって飛んでいく!
…………そして数秒後!
ドゴオオオオオオオン!!!!!!
と、凄まじい爆音と共に山一つが跡形もなく消し飛んだ!
なんて威力!まるで大陸間弾道ミサイルだ!わたしの最強の陰陽術【極星核槌】でもそこまでの威力は出ない……この力!異界人よりも危険だ!
「ヒェッヒェッヒェ!今のでもかなり力を抑えておるぞぇ!全力で使えば山どころか大陸そのものが消し飛んでしまうじゃろう!それほどの力を備えておるのじゃよ…………君たちがマガタマと呼ぶこの物質にはな!」
マガタマ!?
杖の先でくっついてる光る球……あれが本物のマガタマだというの!?
「分かってもらえたかな?世界を破壊し尽くすという言葉が妄言でないという事を…………我々はこの力で醜く腐り切ったこの世界そのものを一掃し!その更地の上に新たな世界を建設する!もはや世界を変えるにはそれしかない!世界の破壊と創造!それが我々に課せられた崇高なる使命なのだ!」
…………開いた口が塞がらないわね。
まるで子供向けアニメの悪役のセリフを聞いているような気分。
しかし、話す言葉の稚拙さとは裏腹に、彼らには邪悪な意思とリアルな実行力が備わっている。それが分かる故に観客たちの動揺は非常に大きかった。
「ふざけるな!」
「地上には俺たちの家族や友達が住んでいるんだぞ、それを……」
「そうだ!許される事じゃない!」
憤激、悲嘆、焦燥、絶望……
観客たちの怒号と絶叫が会場にこだますると、今まであくまで紳士的な態度であった更井さんの態度が一変する。
「黙れ!!下等種ども!!」
「ひ……!!」
「観客の諸君。才なき君たちは忌むべき旧世界の遺物だ。今すぐこの船から叩き落としてやっても構わないのだが……ふん、安心したまえ。本来資格なき君たちも我々は特別に新世界に招待するつもりだ」
更井さんは才能のある子供たちに対しては最低限の敬意を示したが反面、才能なしと認めた者たちにはあからさまに見下したような態度を見せた。
「理由は2つ。1つは単に生産の糧として。しばらくは単純労働力も必要になるし、特に女子諸君には優秀な種を繁殖させるのに寄与してもらう事になる」
「なっ……!」
「イヤっ……そんな……!」
……繁殖。生産。
彼の吐く言葉が対等な人間に対するものではないのは明らかだ。
力の無いものは力あるものの踏み台にすべきという思想。
つまるところ、彼らが目指す新世界とはそういうものだと言うことね。
「もう1つは君たちのほとんどが才ある者たちの縁者だからだ。今は戸惑っている彼らもいずれ我らの理想を理解し、進んで新世界の開拓に従事してくれると信じている……が!」
更井さんが指をパチンと鳴らす。
と、観客席のあちこちに不気味なキノコの顔をした兵士たちが出現。観客たちに剣を向けた。
「万が一……万が一共感を得られなかった時には君たちの存在が彼らをやる気にさせる原動力になるだろう!」
「そっ……そんな……!」
崇高な理想とうそぶきながらも、一方では自分たちの思想が歪んだものである事も理解し、策謀を巡らす姑息さ…………うん、もう充分だ。
「ちょっと待ったぁ!!」
わたしは更井さんの演説に割って入る。
「アカネさん!?」
彼らの目的や正義がどのような所にあるか確認するために色々とがまんして聞いていたけど、もうダメだ。
「黙って聞いてりゃ、随分とふざけた事を宣ってくれるじゃないの!」
そう叫ぶと更井さんはギロリとこちらに視線を向けた。
「マツシタ・アカネくんか……君は我々の理想には共感してくれんのかな?」
「しないよ!理想だとか使命だとか……わたしはね!そういう事を軽々しく口にする奴らが大嫌いなのよ!」
そう言ってのけると更井さんの表情は明らかな怒りの色で染まり、語気を強めて反論してきた。
「か、軽々しくだと!?我々はこの計画に命をかけている!血肉を削る覚悟がある!君のような何も知らない小娘に我々の思想を否定する事は…」
「そう!それよ!」
「あ……?」
「何でアナタたちは何にも知らない小娘のわたしや、ここに集まった人たちに自分たちの理想を理解させようとするの?それっておかしくない?」
「な、なんだと……」
「だいたい理想の中身がイマイチ分かんないのよ。ビジョンというか……具体的な数値目標というか。新世界を作りたいのはよーく分かったけど、かんじんのどういう世界にしたいのかが表現できてないの、アナタたち。新世界では、こうこう、こういう社会体制にします!とか、新世界に住むとこういうメリットがあります!とか、そういうの言ってくんなきゃ誰にも共感なんて得られないよ?」
わたしは彼らの演説に対する思いの丈をぶちまけた。
「というか、その理想って今まで身内以外に話して賛同された事ある?世界を創り変える前にやるべき事は本当に全部やったの?やってないのにどうせ無駄とか決めつけてない?当たり前にやるべき事は怠っているくせに、一方では世界が腐ってるとか新たな世界を創造するとか、感情的に決めた結論ありきで話を進めようとしてるからズレてるのよ……分かる?わたしはそういう独りよがりで創り上げた幼稚な考えを、崇高な理想だと口にするのが軽々しいと言ってるの!」
確かにこの世界は理不尽なのかもしれない。彼らの理想とやらの根底には兄貴による世界の支配への怒りがあるのかもしれない。
でも脳裏によぎるのはそんな理不尽の中でも必死に生きている人たちの姿であった。
彼らを省みないままに勝手な理想など押し付けられても、それは空虚な暴論でしかない……悪にも悪の美学があるはずだが、彼らの言動にはその美学すらも感じられない。少なくともわたしはそう思うし、彼らを否定するのにそれ以上の理由はいらなかった。
「……わ、我々の理想……は…………愚民には理解…」
何かボソボソと更井さんが反論らしき言葉を口にした時──
「よく言ったぜ!アカネ殿!」
どこからともなく発せられた声が、彼の詭弁を封殺した。




