第124話 テイキング・オフ!
前回のあらすじ:【富嶽杯】決勝戦は引き分けにて決着!そしてその時、能飽の方舟に異変が起き……
一人称視点 マキ→アカネ
「む……この気配……!?」
昏倒した百合沢喪奈の両手を縛りあげようとしていると、奥の部屋から異常な呪力の昂りを感じた。奥で何かが行われている……そして、おそらくその「何か」にはマガタマが関わっているに違いない!
私は急いで奥の扉を塞いでいる物をどかして、その先へと進む。
廊下をしばらく走ると天井が高く開けた神殿のような空間に出る。そこには何やら怪しげな儀式用の台座とその上で高笑いを上げる極彩色の派手な装束の老人の姿が見えてきた……
「ヒェッヒェッヒェッヒェッヒェ!! ついに……ついに5つ目の六行!! 水行の力を手に入れたぞぇ〜!!」
異様な呪力の源はこの老人……
こいつが金鹿馬北斎か!
発言から察するにコジノちゃんから聞いた六行の属性付与──にわかには信じがたいけど──を自分自身に施したようね。異界人のアカネちゃんですら3属性しか持てなかった六行を5属性も人の身体に宿すとは、なかなか学術的興味を惹かれる話だね。でも……
「吾輩は神の領域に踏み入った……この力があれば御庭番からこそこそ逃げる必要はもうない!!すぐにでも計画を実行に移せるぞ!!」
でも、今私の関心を一番引くのは金鹿のすぐ奥で黒い台座に納まり光を放つ球体……
「マガタマッ!!!!」
天羽々切と同じ素材で出来た台座で呪力を封じ込んでいるというけど……隙間から漏れ出る呪力の凄まじいまでの密度!この距離まで近づけば確信できる!
探し求め続け、ようやく見つけた……
間違いない!!あれこそ本物のマガタマだ!!
「ンン〜?お嬢さん、君は誰かね?」
金鹿がようやくこちらに気が付くと、しゃがれ声で間の抜けた質問を投げかける。
「金鹿馬北斎!!マガタマをこっちに寄越しなさい!!」
が、私はいちいち奴と問答するつもりもない!
ここに突入する前に既に展開させていた識行【征矢雀】を金鹿に放つ!
「ヒェッヒェッヒェッ!! いきなりやってきて随分と威勢がいいのォ……見たところ【統制者】どもの犬でもなさそうじゃが……」
金鹿は結界で難なく【征矢雀】をはじくと、フワリと宙に浮遊する。
そして、手にしていた黒い荒縄状の杖のようなもの伸ばし、台座のマガタマを絡めとる。
「あっ!ちょっと!」
「お嬢さん!君が何故コレを欲しているかには興味がある!じゃが、今はまだコレを手放す訳にはいかんでの!」
荒縄状の杖の先にマガタマを装着すると、金鹿はそのまま飛行を続け私から離れていく…………まさか逃げる気!?
「させるか!やっと……やっと見つけたマガタマなんだッ!」
私は稜威の高鞆を構え、金鹿に銃撃を加える。
しかし、これでも金鹿の結界はびくともしない。
「ほぉ!それはたしか拳銃とか言う漂流物……面白いものを持っているの!それを使って百合沢くんを倒してここに辿り着いた訳か……いやはや実に興味深い!じゃが!」
金鹿はそう言いつつ、身体がみるみる醜い姿に変貌していく!
同時にその変貌に呼応するかのように船全体も鳴動をはじめる!
「吾輩の目指す新世界にはそのような無粋な遺物は不要!!」
頭が2つに別れ、片方は馬で片方は鹿……
完全に妖の気配だが、それでいて胴体は人間そのもの!
これは怒鳴寺や外で村雨くんが戦っていた相手と同じ半妖化!
「く……!!」
「ヒェッヒェッヒェ!吾輩は今忙しくての!君はちょっとその妖たちに相手をしてもらいなさい!」
そう言い放つと金鹿の持つマガタマの杖が光を放つと、部屋の両端の壁を突き破り数体の巨大な妖が現れた!
「船が出航した後、君が生きていたならまた会おう!」
そして金鹿本人は部屋の天井に術で穴を穿ち、船の甲板へと飛び去っていった。
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「なっ……!? 何!?」
【富嶽杯】会場……決勝戦の爽やかな幕引きの余韻を引き裂くよう轟音と振動が船を揺らす!
そして、戦闘ステージの中央あたりが突如爆発!
床に空いた穴より、人の身体に馬と鹿の頭を持った不気味な妖が姿を現す。妖は完全に浮遊しており10メートル程の高度でピタリと止まる。
「うわああああ!化け物だあ!」
観客たちはその異様な光景を目の当たりにして動揺する。
混乱した群衆の一部が逃げ惑い、船から降りようと甲板の端まで達した時……衝撃の事実が判明する。
「お、おい……この船……宙に浮いてるぞ!?」
なんと彼らはわたし達が乗っているこの船が停泊していた川から浮かび上がり、空を飛んでいるのだと主張した!
「何だよこれ!?一体どうなってんだよ!?」
確かによくよく見ると、甲板から見える景色が少しずつ下に移動している。空飛ぶ船……六行の力を使えば不可能ではないだろうけど、あの化け物の仕業なのかしら?
「おお……金鹿先生!そのお姿……ついに始められるのですね!」
更井さんが空に浮かぶ化け物を指して金鹿と呼んだ。
え……あれが金鹿馬北斎!?
さっき開会の挨拶の時とは随分見た目が違くない?
言われてみれば着ている派手な服は確かに同じな気はするけど……って、あ、そうか!他の御庭番十六忍衆が使っていた妖に変身する技を使ったのか!巨大化はしていないから気が付かなかったけど……
「先生!これはどういう事です!」
と、ふいに来賓席のおじいさん達が宙に浮く金鹿に抗議を始めた。
「今日いきなり計画を実行するなど聞いてませんぞ!」
「計画の実行は儂らの魂を新たな身体に移植した後のはずじゃろうて!」
計画……!?
では、やはり今起こってるこの事態も金鹿の計画の内という事!?
口ぶりからしてお爺さんたちもグルだった様だけど……
「ん?ああ、そうか。君らも乗っていたのだったね」
金鹿は心底面倒くさげに彼らを見る。
その視線には、まるで燃えるゴミの日に出し忘れていたゴミを見つけたかのような粗雑な嫌悪感が込められているように見えた。
「すまんがアレは嘘じゃ」
「なっ、何だとぉ!?」
金鹿は手にしていた杖をお爺さんたちに向ける。
すると彼らの身体が昔テレビで見たポルターガイスト現象でひとりでに飛ぶ食器のように、宙に浮かんだ。彼らの身体の高度はみるみると上がっていき、金鹿と同じ高さまで達した。
「な、何をする!」
「……この船には古き世界に縛られた老廃物を積んでおく余裕はないのじゃよ」
それは彼らに対する処刑宣告……もとい処分通知であった。
「き、貴様!ワシらを謀ったのか!」
「我らの財力無しではここまで計画を進められなかったのに……この恩知らずめが!」
おそらくは用済みになった仲間の切り捨て……
老人たちはジタバタと手足を動かしながら悪態をつくが、それに対する金鹿の回答は実にクレイジーなものであった。
「安心したまえ!吾輩の計画に君たちの協力があった事は創世神話の一節に刻まれる!」
「な、なんだと!?」
「君等のような旧世界の愚物に数億年先にも語り継がれる名誉をくれてやるのじゃ!これ以上の恩返しはあるまいて!ヒェッヒェッヒェ!」
そう言って金鹿が杖を振るうと、お爺さんたちは吹き飛ばされ空飛ぶ船から地上に落下した。
「う、うわあああ!!」
く……なんて事を……!
おそらくはロクでもない計画を画策していた上での内ゲバ。あのお爺さんたちもきっと自業自得なのだろうけど……それでも、人の命をあんな虫ケラのように扱うなんて信じがたい非道だ!やはり金鹿は悪……それもとびきり外道な極悪だ!
「……更井くん」
「ハッ!」
金鹿に呼びかけられた更井さんは特に驚いた様子もなく混乱する群衆に向きなおると、このあまりにカオスな事態について説明を開始した。
「能飽の方舟に集まりし少年少女諸君!我々はこれより新世界への果てなき航海へと旅立つ!そして、君たちはこの偉大なる航海の乗組員に選ばれ、新世界に生きる事を許された栄光の人類である!」
「な、なんだよ!?」
「どういう事だよ、そりゃあ!?」
当然、そんな説明で群衆たちが理解できる訳もない。
更井さんは続けて自分たちが金鹿の発案の元に行ってきた計画。その狂った全容について話し始めた。
「ふ……多少説明がいるだろうな!時間が無いので簡潔に話そう…………まず、この【富嶽杯】!この大会は単なる玩具遊びの催しではなく、新世界に適合する新人類を選別する目的があったのだよ!」




