第114話 月下、討ち入り!(前編)
前回のあらすじ:ガンダブロウと泉綱は幻砂楼の遊民にカチ込みをかける!
一人称視点 ガンダブロウ
「ようこそ!太刀守くんに明辻泉綱くん…………幻砂楼の遊民は君たち二人を歓迎するよ!」
河原に展開する十数人の敵兵たち──その陣の中央に立つキノコの傘のような赤髪と、いやに黄色い顔が特徴的な中年男は足元の黒子人形から剣を引き抜いてこちらに向けた。
歳の頃は四十前後だろうが、それに見合わぬ幼稚な水玉模様の装束という出で立ちが禍々しい刀の形状と相まって名状しがたい気持ち悪さを感じさせる。
「お、お頭ァ!あ、あ、アッシは毒瓦斯で……確かにやつらを仕留め……いや、撒いて……」
羅蝿籠山は逃げる際に放った毒煙幕で俺たちを完全に振り切ったと思っていたのだろう。狼狽した様子で自分の手落ちを隣のキノコ男に取り繕おうとしていた。
頭……という事はアイツがあの戦国七剣・三池乱十郎か。
「ガンダブロウ」
「ええ」
明辻先輩に警戒を促される。
三池乱十郎はかつてミトの戦いで俺が死闘の末に倒した緋虎青龍斎と同格の力を持つとされる大剣豪……いや、同格どころか今は彼の方が強いという事も充分にあり得る。三池が戦国七剣に選抜されたのは二十歳そこそこの頃だと聞くが、それだけの異才が年齢的に成熟を遂げたのち、どれほどの剣を身につけているかは全くの未知数だ。太刀守である俺と同じく戦国七剣に近しい実力を有する明辻先輩が組んで戦うにしても、多勢に無勢の状況では不利をまぬがれん。
……まあ、不利は奇襲をかけると決めた時から分かっていた事だが、奴らが一箇所に集まる今が一網打尽の好機である事も変わりはない。
「羅蝿くぅん、君はホントーに役に立たないですネ〜」
「ひっ……」
三池は間延びした猫撫声で羅蝿を叱責する。
顔は笑っているが、ドスの効いた声で凄むよりも得体の知れぬ威圧感があった。
「この失態への落とし前は後でキ〜チリしてもらうとして…………怒鳴寺くん!」
「ハッ!」
「君はこの事を船に知らせに行きなさい。この戦闘での応援は不要ですが、後の事を考えれば色々と準備がいるでしょう」
そう言うと三池の部下を船に向かわせた。
船にいる仲間に連絡……か。ふむ、金鹿馬北斎への伝令と考えるのが妥当だろうな。
「さ〜て、と」
三池の視線が再び、こちらを向く。
「サァ、サァ、皆の衆! 今宵の来訪者はあの村雨岩陀歩郎くんと明辻泉綱くんだ! 上客中の上客だヨ! 失礼のないようこちらも正装に着替えて最高の歓待をしようじゃあ〜ないかネ!」
三池がそう言って剣を掲げると、居並ぶ幻砂楼の遊民の兵士たちは体から煙を上げて次々と異形の姿に変身していく。
正装……つまり、半妖化か!
「ウオオォ……!」
「アアアッ……!」
ある者はコウモリのような羽根と黒い体毛を生やし、ある者は身体全体を赤い布に覆われた不気味なてるてる坊主のような形状に変化。また顔が巨大な舐瓜や逆さにした山のような形状になる者など極めて不条理かつ退廃的な光景が眼前に広がる。傍から見れば相当に手の込んだ仮装大会にでも見えるだろうが……
「ふむ、凄まじい呪力だな」
羅蝿籠山は、明辻先輩に追い詰められた際に幻砂楼の遊民は全員が転妖の術を施されていると発言していたが、どうやら彼は本当の事を言っていた様だ。
もっとも、真実であって欲しくはなかったが……
「ノコココ……さて、ご両人。君達の武名は遥か遠くトッタリアまでも聞こえていたヨォ…………特に村雨くん!僕たち戦国七剣を差し置いて太刀守の称号を得た君の実力はと〜て〜も興味があるネぇ!」
そう言うと三池の上半身の筋肉が目に見えて隆起する。黄色かった顔色はみるみると赤くなり、血管が浮かぶ。こちらは妖のような形状になるとまではいかないが、明らかに身体能力が上がった様子であった。それがどういった技かは不明だが、さっきの焚き火の炎といい、おそらくは火行に属する技を使ったのだと推察できる。
火行は剣士同士の戦闘においては汎用性が非常に高く、特に接近戦において圧倒的な威力を発揮する。俺の『逆時雨』は相手の六行の力を利用する技だが性質上、どうしても後の先の戦い方になる為、短期決戦で一挙に連撃を押し込んで来る種類の敵を案外苦手にしている。
「お頭ァ!お頭自らが出るまでもないですよ!」
「いかに太刀守と明辻泉綱と言えど、相手は2人!」
「おうよ!半妖化した我らが全員で当たれば負けるはずがねぇ!」
幻砂楼の遊民の兵士たちが武器を掲げて荒ぶる。
む……俺たちとしてはそちらの方が戦う戦力が分散するし『逆時雨』の属性吸収の時間も稼げて助かるが……
「ふーむぅ。それもまたヨシ、か。では、君達が先に彼らと踊ってみ給え……僕が直接相手をするに足る相手かどうか、まずは最前席で品評させてもらうヨ」
「へへっ!そうこなくちゃ!」
三池も引くのを了承したか。
慢心…………いや、「見」に回ってこちらの技や戦い方の情報を得る狙いかもしれんし、時間のかかる火行の身体強化術を使う為とも考えられるので油断はできんな。
「……ガンダブロウ。分かってると思うが、お前は極力技を使うなよ。まずは私がやつらを削る」
俺はこくりと小さく頷く。
エドン公国での兵士時代……俺と彼女が組んで複数の敵と戦う場合はそれが基本戦術だった。攻防の汎用性に優れる明辻先輩が序盤〜中盤の戦いの流れを組み立て、俺はその間に相手の六行の属性を吸収する。そして、終盤に一挙に返し技を叩き込むのが必勝の方程式だった。これは先輩が考案した戦い方だが、俺が戦場で多くの功績を上げられたのはこの戦法によるところが大きい。
「昔のように上手く合わせろよ?」
かつては阿吽の呼吸で出来ていたこの連携も、6年ぶりのぶっつけ本番でどこまで上手く出来るか……そこが勝敗の鍵になるな。
「…………お任せを」
俺が剣を構えると、同時に先輩も技の予備動作に入る。
「エドン無外流『或命流』……」
敵兵の数は満身創痍で変身していない羅蝿と「見」に回った三池を除けば十四人。7倍の兵数だが、先輩と初めて共闘したアマゴスキンの戦いやあのチェチェブ山脈の撤退戦に比べれば随分と兵力差は少ないな。それに先程上げた狼煙に町にいる(もしくは最初の狼煙を見て俺の動きを追ってきている)はずのサシコが気づいて、この戦場にたどり着けば、更にもう一度奇襲をかける事もできるかもしれない。
「行くぞ、てめーらァ!!」
「「「 オオオッ!! 」」」
半妖戦士たちは咆哮と共に、歴戦の戦士にふさわしい凄まじい殺気と勢いでこちらに殺到してくる。
彼らとて、西ジャポネシア最強を謳われた傭兵団……必勝の自信とそれに見合う実績があり侮る事など出来ない。
かつて先輩は俺に「相手を斬れば、次は自分が斬られる番である」とサムライの心構えを説いたが……
「"河の太刀・嵌入曲"!!」
「ゲハァ!!」
……この人といると負ける気がせんッ!!




