第113話 暗夜一寸!
前回のあらすじ:ガンダブロウと泉綱は羅蝿籠山を追跡し、能飽の方舟にたどり着く!
※一人称視点はこの回に限り羅蝿籠山
「はぁ、はぁ……お頭……お頭はどこだっつって?」
能飽の方舟の停泊地。そのすぐ近くの河原──
【富嶽杯】の警備員に扮した幻砂楼の遊民が配備された地点も日が暮れてすっかり暗くなっており、彼らは明かりを得るため焚き火をし、それを囲ってたむろしていた。
「おい羅蝿!お前、何てザマだよ!」
「ネズミの巣を一網打尽にしてやるとか息巻いてたくせに返り討ちにされたのか〜?」
ちっ……この場所を嗅ぎつけて探っていた斥候部隊を殲滅させ、その中から1人泳がせて敵の拠点を逆に見つけ出したところまでは良かったのだが、襲撃した場所にまさかあの明辻泉綱がいるとは思わなんだ。
深手を負いながらも何とか逃走できたのは良かったが、まさかこんな無様な格好を晒しちまうとは……クソ!功を独り占めにしようと単独で襲撃したのが仇になってしまったっつって!
「ぎゃはは!情けねーやつだな!」
「チッ…………いいから、早くお頭のところに通せっつって!」
嘲笑する他の幻砂楼の遊民の兵士たちをかき分け、焚き火のそばで床几椅子に腰掛けるお頭の近くまで進む。
足元には斥候部隊との戦いで仕留めた不気味な人形が転がる。能面法師の高速飛行型無線傀儡……見呼黒子弐號とやらだっつって。胸部の「弐」と書かれた鉄板にはお頭の愛剣「死捨雛」が突き刺したままだ。
「おや〜? 羅蝿くぅん……な〜んだい、その傷はァ?」
お頭は間延びした猫撫声でアッシを問いただした。恐ろしいのは、まだ背を向けたままであるにも関わらず、こちらの状況をまるで目で見ているかのように指摘した事である。
俺は背を向けて座るお頭の後ろで膝と手をつき、彼の感情を逆撫でせぬよう細心の注意を払って言う。
「ほ、報告しやす。斥候の一人をわざと生かして泳がせましたところ……町の北端の水車小屋が敵の拠点と突き止めました。き、強襲を試みたのですが……そこに……あ、あの明辻泉綱がいまして……」
「ほほぉ〜!あのエドンの明辻泉綱くんかァ〜」
お頭は明辻泉綱の名前に反応し、「そうか、そうか」と呟いたのち立ち上がる。お頭はひざまずいて顔を下げているアッシの前まで歩み寄ってからピタリと止まった。
「で、羅蝿くん。まさか君は明辻泉綱くんに負けてオメオメ逃げてきただけじゃあ、ないよネぇ?」
顔を上げるとそこには、キノコのような赤いオカッパ頭に不自然なまでに黄色い肌。異様に長い細面から放つ眼光が、猫撫声とは裏腹に彼の秘めたる狂気を案に悟らせた。
うぅ……お頭を怒らせてはいけないっって……
我ら幻砂楼の遊民の頭目──かつて戦国七剣と謳われた剣豪・三池乱十郎殿はその強さも去ることながら仲間にすら容赦しない冷酷・非道さでも知られている。今、彼の気に食わない答えをアッシが述べれば最悪、首をはねられる可能性すらあった。
「も、もちろんです! 逃げた野郎はキッチリ始末しましたし、明辻泉綱ともう一人いた男には毒瓦斯をくれてやりましたっつって!」
「……男?」
「ええ、おそらく明辻の部下でしょう!でも、今頃やつらはアッシの酸毒でドロドロに……」
「その男というのは二十代半ばくらいの灰髪黒目の剣士じゃないのかい?」
お頭はアッシの報告を遮り、更に質問をかぶせた。
「……は、はい?そうですが何故それを……」
「ノコココ……今、船から報告があったンだヨ。太刀守くんと同行しているはずの宮元住蔵子くんという小娘を単独で捕えた、とネェ」
……は?
小娘?太刀守?
「ヤツらがトッチキム周辺にいる事は聞いていたから遭遇した事自体はいいとしても、小娘が単独行動していたのには違和感があったンだよ。でも、その理由も分かって来ちゃったネー……エエッ?」
……
お頭は、何を言っているんだっつって……?
「おや、分からン? 太刀守くんと明辻泉綱くんはサムライ時代からの旧知の仲なのサ。きっと、その縁で奴ら手を組んだんだよ」
「ンなっ!?」
何ィ!?
そ、それじゃあの男が……明辻泉繋と一緒にいたあの男が村雨岩陀歩郎!?
「ノコココ。水車小屋では仲間と離れて密談でもしてたンだろう。手を組むための条件だとか報酬とか……マ!とすればオマエ1人でどうこう出来る相手じゃないし、恐らく奴らは生きて……」
そう、お頭が言いかけた時──
「お、なんだコレ?」
少し離れた位置、焚き火を囲う幻砂楼の遊民たちの一番外側の方でどこからともなく竹とんぼが飛来してくるのが見えた。
「竹とんぼ……? 一体誰が…………げはっ!?」
瞬間──一瞬のうちに闇の中から刃が伸び、竹とんぼに気を取られていた仲間の首がボンッと上空に跳ね上げられた。
「こ、これは……!?」
アッシが戦った明辻泉綱の技!?
と、という事はまさか……
「く、曲者か…………ぐおっ!?」
「がはあッ!?」
……!?
今度は後から悲鳴が上がり、振り返ると最初の奇襲に注視した二人がまたたく間に斬り伏せられていた。一寸先の暗夜より音もなく斬り込んできたのは褐色の羽織に灰色がかった黒髪の男であった。
「つけられたね、羅蝿くん」
いきなり襲撃に一時は狼狽したが、幻砂楼の遊民は歴戦の傭兵団。またたく間に体勢を整え、攻撃者に向かい武器を構えた。
「幻砂楼の遊民を舐めやがって!」
「ええ根性してるのォ!」
「生きて帰れると思うなよ!」
怒号が飛び交う中、奇襲をかけた男女は河原の真ん中で合流しつつ、のうのうと言葉を交わす余裕をみせた。
「ちっ。たった3人か……」
「もう2、3人は削れると思ったけど流石、音に聞こえる幻砂楼の遊民ね」
彼らの様子を見るなり、お頭はパチンと指を鳴らす。
すると焚き火の炎がグワッと大きな火柱となり、攻撃者二人の姿を照らしだした。
こ、こ、こいつら…………
「ようこそ!太刀守くんに明辻泉綱くん…………幻砂楼の遊民は君たち二人を歓迎するよ!」




