第112話 黄昏の丘!
前回のあらすじ:ガンダブロウは第二次リャマナス戦役の功績が認められて太刀守の称号を賜わった。
「私は御庭番十六忍衆になるつもりだ」
「な……!?」
明辻先輩の切り離された刀身の欠片を目印に羅蝿籠山を追跡している道中。
彼女の告白には驚きを禁じ得なかったが、続く彼女の言葉は更に俺を当惑させた。
「私が御庭番十六忍衆に入った暁にはガンダブロウ……お前も御庭番十六忍者となる様に推薦しようと思っている」
追跡の足が思わず止まる。
「ちょ、ちょ……待って下さい!」
日が落ちかけ、徐々に夜の色を見せ始める雑木林の中。
俺は彼女に真意を問いただす。
「どういう事ですか一体!? 先輩と俺が御庭番になるだなんて…………そもそも貴女はあの時、戦いから身を引いて許嫁と故郷の村で平和に暮らすと言っていたではないですか!」
彼女はあの時、自分が戦うのは故郷を戦火から守るためであり、その必要がなくなったら戦う意味はないと言った。実際、彼女は己が武功も打診された要職への就任も……俺たち部下の嘆願も全部投げうってサムライを辞めた。それが彼女の信念だったはずだ。
「そうだ。あの時はそのつもりだった」
それなのに今になって現役復帰宣言……それも陰謀に加担する形でとは過去の彼女の言動からは納得ができないものがある。
「戦乱が終わった今、今更先輩が剣を持って何になるのです? 旦那さんは……ご家族はその事を納得しているのですか!?」
「…………夫は死んだよ」
「えっ!?」
先輩の夫が……死んだだって!?
「去年、流行り病でね。今は息子と娘と私……3人で暮らしている」
そ、そうだったのか……
明辻先輩は軍を退き大禍なく平和に暮らしていると思い込んでいたが、俺が激動の人生を歩んでいたように彼女もまた通り一辺ではない苦労をして生きていたのだな……
「しかし、それなら尚更アナタが危険に身を晒すわけにはいかないでしょう。先輩の身に何かあれば、それこそ子供たちの未来は……」
ハッ……!
「! まさか、お子さんたちが人質に……」
先輩は目を逸らして顔を伏せる。
予想されていた事ではあるが、やはり人質の命を盾にされているのだな……そうでなければ先輩がこのような陰謀に加担するはずがない。
「…………夫に先立たれた私にとってあの子たちが唯一の生きる希望だ。あの子たちの為になら私は何でもやる。あの子たちを幸せにして上げる事が、今の私にとっての大義なんだ」
【統制者】どもめ……まったくどこまでも卑劣で小賢しい奴らよ!
明辻先輩の弱みにつけ込み、更に俺まで操ろうと画策するのだからな!
無線傀儡を操る能面法師とやらと同じ……人を誰でも支配できるという傲慢不遜さがにじみ出るやり口ではないか。いや、と言うより【統制者】と能面法師がそもそも同一の存在というセンも考えられるか。
いずれにしても、彼らが先輩や先輩の家族を危険に晒すつもりならば看過はできん。今は奴らの描いた脚本通りに踊ってやる……が、いつまでも奴らの操り人形ではいない。舞台から袖に退いた暁には、裏でふんぞり返る脚本家どもにひと泡食わしてやるさ。
「だからガンダブロウ。私は君の事も利用させてもらった。君が私の頼みなら断れないと知っていてね……サムライにあるまじき卑劣な行為だが、私はもうあの頃の私ではないんだよ」
明辻先輩はそう自嘲してみせるが、今一番苦しい立場にいるのは間違いなく彼女だ。選択肢のほとんどない状況で最善を尽くそうとしている先輩を非難する事など出来ようはずもない。
「いや……やはりアタナはあの頃のままです」
俺を御庭番十六忍衆に誘うのはおそらく俺と戦う事になるのを避けたかったのだろう。ここまで卑劣な手を使ってくるやつらだ。俺が協力を拒否した場合、俺が手を出せない事を利用して先輩を暗殺者として仕向ける事などは平気でやってくるはず。いや、もしかすれば俺を口封じで抹殺する手段を【統制者】どもは既に準備しているのかもしれない。
その様な状況であるならば、かつてキリサキ・カイトに敗れた時のように今回だって御庭番の軍門に降るのもやむをえないだろう。
だが、しかし……
「しかし、先輩の大義が変わったように俺の大義も変わりました」
「……マシタ・アカネか」
「そうです」
俺の旅の目的はアカネ殿と首都に行き、キリサキ・カイトを元いた世界に戻すことだ。
その目的の為に御庭番や【統制者】がはいそうですかとマガタマを供与してくれるとも思えないし、少なくともその利害を一致させ得るだけの確信が持てない限り、俺が御庭番の側につく事はない。
「帝の妹と名乗る異界人……か。報告は聞いている。お前は何故その娘の為に戦う?」
「先輩に協力するのと同じ理由です。俺は彼女に恩義がある。その恩義に報いる事が今の俺の大義なんです」
俺は思っているままの事を率直に先輩に伝えた。
「…………そうか、恩義か。お前も変わらないな。お前が今も昔も力を発揮するのは誰かへの恩返しのために戦う時だったな。まったく最強の返し技使いとはよく言ったものだな…………と!」
何か遠くでの出来事を察知して、先輩は南方面に振り返る。
「羅蝿籠山の動きが止まった」
そう言って再び森の中を移動し、数十秒ほど進むと林を出てミヴロ内の切り立った丘の上に出た。眼下にはミヴロの町が一望できる。
「……ここから半里ほど先。あの辺りだ」
ミヴロの町を流れる川が伸びる先……先輩が指差す方にはアカネ殿のいる巨大船、能飽の方舟がそびえていた。
ふっ……遠回りしたが、結局ここに戻ってきた訳か。
羅蝿籠山があちらに向かったという事は、奴らの本拠地(=金鹿馬北斎の居場所)はあの船という公算大……となれば……
「ガンダブロウ。さっきの話はこの戦いが終わったら改めて話そう。今は奴らを倒すのに何も言わずに協力してくれ」
「承知しました」
俺は発煙筒に火をつけながら短く答えた。




