第111話 託されし希望!
前回のあらすじ:過去のリャマナスでの戦。明辻泉綱はガンダブロウを庇って敵の陰陽術を喰らい……
※一人称視点 ガンダブロウ(過去)→ガンダブロウ(現在)
リャマナス侵攻作戦に失敗し、チェチェブ山脈の死線から撤退を果たして1週間が経過した。
作戦終了後の事後処理も片付き、俺はある人を見舞うため駐屯地に付設した軍病院を訪れていた。
「明辻先輩……お加減はいかがですか?」
「おお、ガンダブロウか。悪くはないよ」
明辻先輩は寝台から半身を起こしていつものような笑顔を見せた。
傷付き体のあちこちに包帯が巻かれたに姿は痛々しいが、一時の容態を思えばこれでも随分と回復したと安堵を覚える。
あの時──
チェチェブ山中で敵の追手がせまってきた時、先輩は俺を庇って重傷を負った。俺があの時隙を見せなければ……いや、そもそもこの無謀な侵攻作戦などに参加しなければ先輩がこんな目に合うことはなかったはずだ。
俺は今回の戦いでことごとく選択を誤った。そして、そのツケは自分自身ではなく明辻先輩や敗死した仲間たちが払ったのだ。後悔してもしきれない……時間を戻せるならあの軍議の時まで戻したいが、そんな方法などあろうはずもない。
「先輩。今回の件は本当に…」
「それより聞いたぞ、ガンダブロウ!太刀守の称号を得る事が正式に決まったそうじゃないか」
先輩は俺の謝辞を遮って言った。
太刀守……そう太刀守。
その称号を巡る思惑が今回の無謀な出征の一因にあった。
「はい……しかし……」
しかし、結局軍は何の成果も上げる事なく、伊冬師団長が戦死するなど手痛い損害だけを被って敗退した。
俺とて命からがら雪山から退いただけだが、駐屯地に戻ると八百万協会の連中から何故か太刀守に内定した旨を通知された。
「凄いじゃないか。おめでとう。私も同門の先輩として鼻が高いよ」
「いや……全然嬉しくなんかないですよ。だいたい今回俺は先輩に助けられなければ死んでいる所だったし、戦いにだって結局負けたのに……」
「謙遜するな!お前の撤退戦での働きは目をみはるものがあった。太刀守の名を得るに十分な戦いぶりだったぞ」
撤退戦での働き……か。
俺は先輩が負傷した時、動けなくなった彼女を守るために死にものぐるいで追手を倒し続けた。その後なんとか本隊の医療班と合流して山を引き返したが、かつてエドンに敗れたリャマナス軍の恨みは骨髄に徹し、その道中でも度々の襲撃を受けた。
俺は明辻先輩と生き残っている仲間たちをそれ以上この馬鹿げた戦いで失わぬよう殿となり必死に戦った。その結果、負け戦においては異例となるほどの数の敵を倒し、皮肉にもその功が認められて太刀守の称号を得る事になったのだ。
しかし、俺は到底納得できない。
いかに敵を多数斬ったとて、それは仲間や先輩の犠牲の上に成り立たった戦果だ。功績は俺にではなく彼らにある。
いや、今まで俺が戦って自分自身の手で勝ち取ったと思っていた武勲も同じだ。俺一人ではどうにもならなかった。
それを自分だけの功績として過分な地位を得るなど、恥知らずもいいところだ。
「先輩……俺、太刀守就任を辞退しようと思います」
「何を言う!お前の太刀守就任は惨敗した今回の戦いで唯一の希望なんだぞ!死んだ仲間も偲ぶつもりならそれこそ太刀守になれ!お前が力をつけて、エドン軍を導く存在になる事こそ彼らへの弔いだ!」
先輩は俺を慰めてくれる。
だが……
「…………とてもそうは考えられません」
俺はもう駄目かもしれん。
俺は今、兵士として剣を振るう事に疑問を感じてしまっている。
国のためジャポネシアのためと信じて戦う事に迷いを抱いている……そんな状態でサムライの役目がまともに果たせる訳はないし、ましてや太刀守の威名に相応しい働きなどは到底出来ようはずもなかった。
「おいおい、弱気になるなよ。お前はもう人の上に立つ人間だ。直に隊長就任の辞令も下りるだろう。私が辞めたあと、替わりがそんな状態では皆が不安になるぞ?」
「……や、辞める!? 先輩がですか!?」
明辻先輩の口にした「辞める」という言葉──
本当は俺が言おうとしていた言葉を彼女が先に口にした事に驚きを隠せなかった。
彼女が辞めるなんてありえない事だ。
確かに作戦前の軍議で先輩は亡き師団長に隊長の任を解かれた。しかし、そんなものが今なお効果を持続させているなど主張する者は誰もいないはずだ。
「隊長解任の話は既に無効でしょう!命令した師団長は亡くなられたし、結局先輩の進言はすべて正しかったのだから!それに今回の戦いで改めて分かりました……人の上に立つべきなのは俺じゃなく明辻先輩!アナタだ!」
今回、先輩は最初から最後まで正しい判断と状況打開のための最大限の努力をした。負け戦とはいえ功績が認められてしかるべきなのは彼女の方なのだ。
「ガンダブロウ、私はな……」
「そうだ、師団長の座が空位となっているんだ!先輩はサムライを率いる者として誰よりも相応しい方だ!先輩が師団長になって俺たちを導いてくださいよ!」
「…………それならもう上層部から打診があった」
……!
やはり……!
此度の戦い、死んだ師団長には悪いが作戦立案の段階で既に敗退が決まっていた。伊冬師団長は剣の実力は申し分なかったし指揮能力も決して低くはなかったが、臨機応変の軍略を構築する能力はお世辞にも高くなかった。それは作戦に反対できなかった俺や他の隊長たちも同様で、唯一その力に秀でているのはサムライ師団では明辻先輩だけ。彼女の師団長就任は当然のなりゆきで…
「…………でも断ったよ」
……え!?
「断ったって…………な、何故です!?」
「私が辞めるのは師団長の命令だからじゃない。私自身の意志なんだ」
自分の意志で辞める!?
……て、そんな……一体どうして……?
「はっ! ま、まさか……怪我が相当に重いのですか!?」
「いや、この怪我が理由じゃない。ガンダブロウ、実はな…………この怪我が癒えたら、私は故郷に帰って結婚するんだ」
………………へ?
「い、今…………な、なんと……?」
き、き…………聞き間違いだよな?
先輩が……け、け、け……
結……婚……なんて……
「黙っていてすまない。私には故郷の村に許婚がいるんだ」
「い、許婚!?」
「本当はもっと早く引退して嫁入りする予定だったんだ。でも、私の故郷は国境紛争地帯の小さな村……この戦乱の世ではそんなちっぽけな村一つ、いつ滅ぼされてもおかしくないだろ?だから私は家族や故郷のみんなが戦火を恐れることなく平和に暮らせるようになるまでサムライとして戦おうと決めていたんだ」
…………は、ははは。
「私はその信念のもと我們塾に入り、剣を学んでサムライになった。でも、私が兵士を志したあの頃よりもエドンはずっと強くなった。剣は自国や同盟国を守るためではなく、敵国を攻めるために向けられるようになった……私の剣は仲間や家族を守るために習得したのであって、敵から何かを奪うためじゃない。それなら私の役目はもう終わりだろう」
……………………そ、そうだったのか……
なるほど……なるほどね。
結婚……そりゃあ、全くおめでたいや。
いやいや、まったく……
「ガンダブロウ。次の時代のサムライはお前が導け。今のお前ならエドンの覇業がどんな形になるにせよ、もう大義を見失う事はないはずだ」
……泣くな……泣くなよガンダブロウ!
涙を見せず、感情を内に秘めろ!
「……できますかね。俺に」
俺は今できる最大限の笑顔を先輩に見せて言った。
「工夫を忘れなければな。そうすればお前は太刀守の名に相応しい男でい続けられる」
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…………俺は強がった。
真意を打ち明ける事なく破れた恋のみじめさに。
恩人に託された希望を絶やさぬ為に。
その強がりがグシャグシャになって崩壊しそうな心をかろうじて繋ぎ止めた。そして、その強がりを本当の強さにするため俺はそれからも研鑽する事ができたのであった。
──結局、その繋ぎ止めていた心もその後キリサキ・カイトによって粉々に砕かれる事になる訳だが、俺が短い間だけでも太刀守でいられた事は先輩のおかげだ。先輩の強さ……特にどんなに自分に不利益な事があっても心の軸がブレない強さは今なお俺の行動の指針となっている。だからこそ俺は彼女からのミヴロへの誘いを断らなかったし、たとえ陰謀の渦中にあっても悪逆な行為に加担する事はないと信じた。実際、彼女は陰謀の内容についても俺に話せる限り話してくれた。先輩は昔となんら変わっていないと、そう思った。
それ故に、明辻先輩が俺に表明した決断には驚愕を禁じ得なかった。
「ガンダブロウ、私は御庭番十六忍衆になるつもりだ」




