第108話 大義と名誉と!(前編)
前回のあらすじ:アカネは能飽の方舟の外に激しい閃光を目にする!その光はガンダブロウの戦いによる光なのか………遡る事1時間ほど前、ガンダブロウの周りで事態は思わぬ経緯を辿っていた。
※一人称視点 ガンダブロウ
「そうですか……御庭番十六忍衆の背後にいるのは【統制者】でしたか……」
ミヴロ北端の水車小屋から羅蝿籠山を追う道中、明辻先輩から話せる限りの情報を話してくれていた。
サイタマ共和国に吸収された旧エドンの首脳部にいた【統制者】がキリサキ・カイトの目を掻い潜り御庭番十六忍衆と密かに盟を結んでおり、俺の情報は彼らから聞いたという事……今の御庭番十六忍衆はキリサキ・カイトの直属護衛部隊でありながら面従腹背で彼に忠誠を誓う者など誰もいないという事……現在のキリサキ政権下では、【統制者】に限らず様々な奸臣・佞臣が中枢に蔓延り、各々が私欲のために権謀を巡らせ政治は混迷の中にあるという事……そして、キリサキ・カイトはそういった事態をまるで知る由もなく、危うい均衡の上に保たれた状態でこの世の春を謳歌しているのだという。"地異徒の術"の圧倒的強さという下着一枚を身に着けただけの裸の王様として……
…………ふーむ、なるほどな。
御庭番十六忍衆の動きがどうも他の国軍部隊やキリサキ・カイトの意思と連動していない様に見えたのは、そういう事だったか。元々今の御庭番十六忍衆はキリサキ・カイトによる統一後にジャポネシア各地から選抜したと聞く。考えてみれば彼と敵対していた国や不本意に併合された国の出身者たちを集めても完全に忠実な集団であろうはずはない。
だが、とすれば俺たちは今までキリサキ・カイトの手勢と争っていたのではなく、サイタマ共和国内のいち独立勢力と争っていた事になる。下手をすれば、アカネ殿の事や俺の脱走はまだキリサキ・カイトの耳にすら届いていない可能性もある訳か……
「しかし……キリサキ・カイトの意思が関係ないのであれば、御庭番十六忍衆の奴らは何故俺やアカネ殿を狙うんです?」
最初に戦った阿羅船牛鬼とは成り行きであったとしても、続く襲撃や黒子人形の暗躍は明らかに俺たちへの害意があった。報復や異界人たるアカネ殿を排斥しようという意図も感じられなかったし、御庭番十六忍衆の目的は一体どこにあるのだろうか?
その辺りは【統制者】との関係……つまりマガタマが鍵になってきそうだが……
「……」
明辻先輩は目を伏せ沈黙する。
…………知っているがこれには答えられない、という事か。
しかし、代わりに彼女が話した内容はそんな疑問が吹っ飛ぶほどの衝撃があった。
「……ガンダブロウ。実は私はこの作戦が終わったら御庭番十六忍衆に入らないかと誘われているんだ」
「な……!?」
ば、馬鹿な!
明辻先輩が御庭番十六忍衆に!?
……い、いや、あり得ない話ではない。
剣の実力は申し分ないし、強さという点においては俺たちが倒した3人の欠員と裏切った金鹿馬北斎の抜けた穴を埋めるにこれ以上の人選もないだろう。
しかし、問題は彼女の性格だ。
明辻泉綱という人は純然たる武人で、謀略や隠密にはまったく向かない。
御庭番十六忍衆がどんな大義を持つにせよ、サムライとして誰よりも高潔だった明辻先輩が彼らのような陰謀を是とする組織に与するようには思えなかった。
そうだ……あの時だって彼女は信念をぶらさず、己が信じる正義を貫いたではないか……
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「はぁーー…………流石に寒いな」
エドン公国最西端の駐屯地にて。
リャマナス王国との国境線にほど近いこの場所は、前回の第一次リャマナス戦役で占領した地域であり、天然の要害と言われるチェチェブ山脈の麓にある。冬の近づくこの季節は吹き下ろす山風が息を白くする。
エドン公国の最精鋭である俺たちサムライ師団がここに集められたという事はいよいよリャマナス王国の平定に向け、侵攻作戦を行うという事を意味していた。
「おい、村雨岩陀歩郎だぜ……ミトの戦いであの竜騎士を倒したっていう……」
「スゲェな……まだ18そこそこだろ?」
「まぐれじゃねえのか?」
「いや、その後も名の知れた武芸者を連破して武功を重ねているらしい」
「ああ、間違いない。アイツは本物だよ」
ふふふ……また噂話か。流石に慣れてはきたが、やはりこそばゆいな。
羨望、嫉妬、称賛、懐疑、激励、誹謗……ミトの戦い以降様々な声が意図しなくとも耳に入ってくる。正直これらの声にはうんざりする事もあるがこれも剣士として名を上げたからこそであり、俺の目指すジャポネシア一の剣士に近づいているという証拠でもあった。
自分で言うのも何だが、今このジャポネシアで最も勢いのある剣士は間違いなく俺だ。
ミトの戦いで"バラギスタンの竜騎士"緋虎青龍斎を倒したのを手始めに、イーゼ湾上陸作戦で"ミューエの迅星"鈴鹿崎都、クローヴェ砦攻略戦で"トマヤの大巨人"立山正力と名の知れた武芸者を立て続けに討ち取った。エドン公王より勲章も賜ったし、エドン随一と言われる名刀「孤影抄」も与えられた。この戦いでリャマナス平定に貢献すればいよいよ、俺も隊長……いや一足飛びに師団長になる事だって夢じゃない。
ふっふっふ、そうなれば十代にして爵位とか領地なんかも与えられちゃうかもな……っと、そんな事考えてる場合じゃないな。師団長や明辻先輩たちとの軍議に出席しないと……
「ん?」
師団長の帷幕からは何やら黒い装束に深々と頭巾を被った集団が出てくるのが見えた。そして、入り口には彼らを見送る明辻先輩の姿……
俺は彼らとの入れ違いで帷幕の入口まで行き、先輩に彼らについて訪ねた。
「今の人たちは何ですか?軍の慰問団には見えませんでしたが」
「……彼らは八百万協会の者たちだ」
「八百万協会!あの噂の……!」
八百万協会といえば、ジャポネシアの民の九割以上が信仰するヨロズ神道の元締め……だよな?
創世紀時代から続くとされる大陸一由緒のある団体で、各地の寺社や聖殿も元を辿れば彼らから分化した組織だという。彼らはどの国にも属さない中立的な組織でほとんどの国の自由通行を許されていると聞いていたが、その彼らが何故わざわざこんな戦地に……?
「彼らはお前を見に来たとの事だ」
「え? 俺を?」
「ああ。今度の戦で、お前が…………太刀守の称号に相応しいか見定めるのだそうだ」
「た……太刀守!? て、お、お、お…………俺がですか?」
太刀守………といえば、あの当代最強の武芸者に贈られるという伝説の称号!俺たち剣士全員が一度は夢見る憧れの名前だ!
「称号の付与も、八百万協会がいにしえより行ってきた役目のひとつ。太刀守は20年以上空位だったが、お前は候補者として彼らのお眼鏡にかなったようだな」
そうだ。太刀守は先代の死以降、20年以上も空位となっていたと聞いていた。それは前の世代、戦国七剣と呼ばれる剣豪たちが皆拮抗した力量を持ち、その強さに甲乙が付け難かったからだとも噂されていた。
その戦国七剣の一角である緋虎青龍斎を倒したのであるから、考えてみれば俺が太刀守の候補に上がるのは不思議な話ではなかった。
しかし、そうか。ふふふ、そうか、太刀守…………太刀守かァ…………
「お、俺が……俺が太刀守……」
「落ち着きなって、ガンダブロウ。まだなると決まった訳じゃないだろう」
「え、ええ。そうですね……はい」
そうだ。明辻先輩の言うとおり。
まだ正式に決まった訳じゃあない。
これからのリャマナス侵攻で彼らの見てる前で大戦果を上げなければ太刀守襲名は夢のまま終わってしまう。それに今から気負い過ぎて、武勲を立てる機会を逃すような事があっては元も子も……
「それに、今回はお前が活躍する機会はないかもしれんしな」
「えっ!? そ、それはどういう意味ですか?」
「戦が起きないかもしれんという事だ……私は今回師団長にリャマナス侵攻を止めるよう進言するつもりだからな」




