第106話 六分の五行!(後編)
前回のあらすじ:サシコの身体に六行の属性付与の実験中、金鹿の元に手下から急報が入る……
※一人称視点 コジノ
「明辻泉綱に……太刀守じゃと!?」
「はい!今、船の停泊地のすぐ側で警備部隊がその両名と交戦中にあります!」
…………突如部屋に入ってきた男が金鹿馬北斎の前にひれ伏し、報告をはじめる。
そうか、別行動していた明辻泉綱は太刀守の協力を取り付けるのに成功したのか…………それは、よか。
「ふーむ。サシコちゃんが単独行動しているのはおかしいと思っとったが……太刀守……まさか、その様な動きをしているとは。それに明辻泉綱とは……」
斥候部隊の連絡が途切れてしまったので、この場所を見つけてくれるかは不安だったけど流石はサムライの元連隊長やね。
「何をやってるのぉ……幻砂楼の遊民はそういう輩から船を守るのが仕事でしょぉ!そんな事はそっちだけで処理してこっちを煩わせないでよ!」
百合沢喪奈が不機嫌そうに言い放つ。
ふむ……イライラしとるようやね。金鹿は元々集中力が途切れ気味でスキも多い。百合沢喪奈の警戒が薄れれば、脱出の機会はある。もっともウチの身体がちゃんと動けばの話やけど……
……金鹿の転妖の術を受け、ウチは一時気を失ってしまっていた。
いや、あの凄まじい衝撃。気を失うだけやなく、一時的に息も止まっていたのかもしれん。奴らは死んだ(と恐らく判断した)ウチへの興味は失われ、百合沢喪奈の重力による拘束も解かれた。
結果的にウチは死なず、妖化の力を手に入れて目を覚ます最高の形となった。金鹿たちはサシコちゃんに怪しげな儀式──聞く限り六行の属性を付与する実験──を施すのに夢中で、ウチへの注意も逸れているし。サシコちゃんには悪いが、今彼女を助けるために奴らと戦っても勝ち目はない。このまま突っ伏して覚醒している事を隠したまま、決定的なスキを伺う方がよいと状況判断したわけやけど…………どうやらその機も近いようやね。
「はっ……今、警備部隊全員で対応に当たっております故、奴らを退けるのは時間の問題! しかし、この場所が【統制者】側に割れた以上、速やかに対応せねば、たちまち奴らの軍勢に囲まれてしまい、如何に我らといえど……」
「もういいわ…………どうします? 先生……」
百合沢喪奈が金鹿に判断を仰ぐ。完全に外の敵に意識が向いている。
…………今、そっと逃げれば、おそらくウチだけは逃げられる。
でも、出来るならサシコちゃんも助けたい。
敵同士とはいえ、あのコは他人とは思えないけん……
ただ、今のウチにサシコちゃんを救うだけの余力があるかどうか。ここから、サシコちゃんのいる位置まではおよそ20歩。そのまま彼女を抱えて金鹿の手下が開けた扉から逃げ去るまでは50歩……ちょうど彼女から注意が逸れた今なら何とか行けるかもしれんけど彼女の身体は今、火行の炎で焼かれている。あれは処刑や拷問を意図した炎ではなく、属性付与のための擬似的な火のはずやけん、殺傷力は無いのやろうけどさっきからサシコちゃんがピクリとも動かん。
……もし彼女がもう死んでしまっているのなら、ウチの彼女を助けるための動きは完全な無駄行動になる。その隙がアダとなって逃走失敗すれば目も当てられん。この作戦の前に師匠は、仲間の生死が不明の時は自分の使命と安全のみを最大限に考えるべし……とウチに説いた。まったく同感たい。でも……
「能面法師のやつめ……やはり、計画通りには行かせてはくれんの」
サシコちゃんの身体を纏う炎は徐々に消えていく。儀式は終わりに近づいている。今近づけば彼女の体にも触れられる。
ただ、サシコちゃんの身体には目立った外傷はないものの、やはりピクリとも動く気配はない…………どうする!?
「ここにサイタマ軍が押し寄せるのは時間の問題か……これが一手早ければかなり不味い事になったじゃろうが……」
…………考えてる暇はないッ!!
えーい、ままよ!!
ウチは意を決して起き上がり、音を殺してサシコちゃんのいる方へと歩き出す!!
「ヒェッヒェッヒェ!しかし、僅かの差で吾輩の手札が先に揃ったぞぇ……」
まだ、気づかれていない!
あと十歩……五歩……三、二、一……
「見よ!我が研究の集大成!六行のうち、五行をその身に宿した奇跡の少女の姿……を…………て、んん!?」
金鹿がサシコちゃんの方に再び注目した時……
「あっ!」
ちょうどウチが彼女を抱え、逃げるところであった。
「ちィっ!」
気づかれたっ!
でも、立ち止まっちゃダメ……このまま、駆け抜けろ!
「おおお、コジノちゃん!生きておっ…」
金鹿が素っ頓狂な驚きの声より早く、百合沢喪奈がこちらに術の「触媒」である不思議な球体地図をこちらに向ける。
「……ッ!」
重力増加の術!
しかし、ウチの身体は彼女の術が身体の自由を奪うより早く動き、術は不発に終わった!
…………この身の軽さ!身体能力が以前より上がっている!
金鹿はウチに施す術が半妖化への対応ができるとか言っていたけど、どうやら変身せんでも妖の力の一部を引き出せるようだ。
「これは便利たい!」
ウチはサシコちゃんを抱えたまま金鹿の研究室から出る。
背後からは「待てぃ!」という金鹿の手下の男の怒声と、追いかけてくる足音……しかし、振り返っている余裕はない!このまま行けるとこまで突っ走る!
「ちっ!先生……あれを使ってアイツを捕らえましょう!」
「いや、今あれを使えば船の外で太刀守どもと交戦してる連中にも影響がでる。コジノちゃんの追跡は幻砂楼の遊民に任せよう。それより、今は我が体に5つ目の属性付与を行う方が先じゃ」
「! せ、先生……という事は……」
「ああ、コジノちゃんに連れ去られる直前に見えたわい……サシコちゃんは生きておる。生きてその身体に5つ属性を宿しておったわ。やはり吾輩の理論は正しかったのじゃ……ヒェ〜ヒェッヒェ!」




