第102話 業魔殿!
前回のあらすじ:金鹿の助手・百合沢喪奈登場!一方アカネは【富嶽杯】の2回戦を無事突破する。
※一人称視点 サシコ→アカネ
「ぐ……転妖の……術……!」
金鹿馬北斎が口にした転妖の術という言葉。
テンヨウノジュツ…………て、何!?コジノさんは意味を理解してるようだけど……
あーん!またアタシだけ分からない言葉〜!
ちょっと最近多すぎるよ、こういうの!
「転妖の術……この娘は繁殖用ではないのですか?」
百合沢喪奈は不思議そうに金鹿に問う。
「この娘は戦闘用じゃ。幻砂楼の遊民の連中と同じ運用をする」
「なるほど。では【玉視】も摘出せずそのままですか?」
「そうじゃ。そっちの方が都合がいい。吾輩の体もこれ以上【玉視】を宿すには無理があるしな…………それで、今ちょうど良い妖は何がいるかな?」
妖……!?
テンヨウのヨウは妖って事!?
何それ、なんか凄くヤバい感じがするけど……
「妖って……そんなもの用意して、コジノさんをどうするつもりなの!」
「ヒェッヒェッヒェ!コジノちゃんの体に妖を宿すんじゃよ……ほれ、見た事があるじゃろ?御庭番十六忍衆の連中が妖に変身するのを。コジノちゃんもあれを出来るようにするんじゃ」
御庭番十六忍衆の妖化っ!
追い詰められた御庭番十六忍衆が最後に使う切り札……あれが転妖の術!?
じゃ、じゃあ、御庭番十六忍衆のアレはみんな金鹿馬北斎の術で変身してたってこと!?
「まあ、奴らの転妖は不完全。理性を保つための半妖化には対応出来ないようにしておったが…………コジノちゃんには完全な術を施そう」
御庭番十六忍衆は不完全?
確かに太刀守殿いわく、彼らは妖になっても理性が吹っ飛んでしまうのでいかに力が強くなっても1対1の戦いではそこまで驚異にはならない……との事だったけど……
半妖化というのは、それに対応出来るという事!?
「もっとも、妖との同化にはかなりの苦痛を伴うし、三割くらいの確率で失敗して妖に体を奪われる危険もあるが……ヒェッヒェッヒェ!コジノちゃんなら大丈夫じゃろ!多分!」
さ、三割で失敗!?
「そんな危険な事をコジノさんに……うぐ!?」
突然、体が重しをつけられた様に重くなる。
「実験動物は黙ってなよ」
百合沢喪奈の重力増加の術……!
ぐぅ……これではまともに動けない!
「サシコちゃん。大丈夫……」
磔にされたコジノさんは、今にも酷いことをされそうになっているにも係わらず、心配するアタシの事を案ずるように言った。
「師匠と同じ妖の力……ちょうどウチも欲しかったところたい」
「え!?」
「……それも師匠の妖化よりも更に完全な術というなら願ったりや。それをタダでやってくれるば言うなら、そげん有り難い事はなかと」
コジノさんは強がりなのか本気なのか、そう毅然と言い放つ。
確かにコジノさんの求める強さには妖の力は足しになるかもしれない。でも、その強さは人外のような存在に身を窶してまでも必要な強さなの?妖に体を乗っ取られる危険を冒してまでも手に入れる必要があるの?
そう思った時に、ハッと気づく。
アタシが20年という寿命を削ってまで力を求めた事……それは今のコジノさんと一緒だ。アタシが今、太刀守殿と旅をする為に手にした力の代償。それは、彼女が今差し出そうとしている代償となんら違いがないのではないか?
結局、人は自分の都合で力を求め、端から見ればどんなに愚かな事でも実行してしまうのではないの?「馬鹿の道こそ覇業に通じる」……金鹿馬北斎の話した狂気の言葉が、今自分自身の行為を問いただしている。
「ホホッ!いいねぇ、その姿勢!美美っとくるのお…………その願い、叶えて進ぜよう!百合沢くん!」
「はいはい……えーと、そーですねぇ……」
百合沢は箱を取り出し、中から何枚かの札を抜き出す……確かアレはミヴロの廃墟で金鹿が使っていた【王戯遊札】とかいうやつ!
「そ、それは……タコの式神を出した時の……」
「式神? ああ、『真紅眼の黒烏賊』の事か? あれは式神じゃあなく、妖じゃよ!」
あのタコみたいな触手……やはりあの斬った時の触感は式神じゃなく実体のある妖だったのね!町中に複数の妖が突如現れたのも恐らくは同じ術…………しかし、式神ではなく妖そのものを召喚するなんて前代未聞の術だ。またしても金鹿の謎の技術には驚かされる。
「この札にはそれぞれ妖が封印してあるのじゃよ。詳しい原理を説明するとじゃな…」
「先生。長くなるのでその辺で」
百合沢喪奈は金鹿が脱線して解説を始めるのを防ぐ。
うぅむ……また金鹿が説明に夢中になって隙が生まれるかもと思ったけど、この百合沢という女は冷静な分つけ込みづらく、金鹿よりも厄介かも……
「おっと、そうじゃな…………それで百合沢くん。いいのはあるかの?」
「この娘の属性……火行と空行に適合しそうなのは3枚あります。一枚目は『火山椒魚』。火炎と強い毒瓦斯を吐くとかげの妖です。攻撃力は高いですが、毒瓦斯が強すぎて自分自身も中毒死する事があるのが玉に瑕です」
「ふむふむ、悪くはないが……次」
「二枚目は『炉融なめくじ』。自身の体が核分裂させ続ける事で周囲に放射線を撒き散らし続ける蟲の妖です。唯一の欠点は敵味方関係なく周囲を溶かし、最後は自分も溶けてなくなってしまう事」
「それも悪くないが……」
百合沢喪奈は淡々と危険な妖を紹介していく。
悪くないって……どっちもかなりヤバそうなんですけど!
「三枚目は『星麒鵺』。獅子の頭、鷹の羽、鰐の鱗、馬の足など複数の獣をかけ合わせた体に、炎と雷を操る伝説級の力を持った妖です。特に弱点はありませんが、あまりに呪力が強すぎるので素体が同化に耐えられない可能性が高いです」
「……ほほぉ!」
金鹿は最後に紹介された妖に反応を見せる。
「ヒェッヒェッヒェ!『星麒鵺』!美美っと来たよ!百合沢くん、それで行こうじゃないか!」
金鹿は懐から筆を取り出すとうつ伏せに磔にしたコジノさんの着物をガバッと脱がせ、露わになった白い背中に怪しげな模様を描き始めた。
「ぐゥ……!」
コジノさんの背中に描かれた模様からは焼きごてで判を押されたかのように、煙が上がる……何よあれ!
「 ギア・フブ・マハ・ンザ・オジ・ドム・ドギメ…… 」
金鹿は何やら意味不明な言葉で詠唱を始める……
普通の陰陽術とは明らかに違う言語体系!
「 アディ・ルガ・ナグマ・ムーカリマサ…… 」
金鹿は詠唱をしつつ、百合沢から手渡された札をコジノさんの背中に描き出した模様にかざしてみせた!
「 融 ★ 合 !! 」
その掛け声と共に、金鹿の手にある札から妖が姿を現し、凄まじい光を発しながらコジノさんの背中へと吸い込まれていく!
こ、これが……転妖の術!
「く……あ……うぅウッ!!!」
コジノさんは苦悶の表情を浮かべる!
しかし、百合沢喪奈の術で拘束されたアタシは助けるどころか指一本動かす事はできない……!
「こ……コジノ……さん……!」
「その表情……いいね!いいよコジノちゃあん!新世界で生まれ変わる為に必要な苦痛!これこそ、人間の進化……いや新人類の誕生だ!これを耐えれば君は人間を超えた存在になるぞぇ!ヒェヒェヒェ…………ヒェーーヒェッヒェッヒェ!」
「ぐ……」
アタシはどうする事もできないまま、金鹿の高笑いの下、コジノさんの無事を祈るしかなかった。
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「多分、僕の三盾走亀が一番強いと思います」
「へ?」
3回戦の対戦相手、果東毎里男君は1、2回戦の対戦相手同様、自信満々に話し掛けてきた。
「駝場と甲斐田を倒したのは見事でしたが、僕を彼らの様な慢心し切った輩どもとは一緒にしないで頂きたい」
果東少年は赤い帽子のツバをクイッと上げて、ニヤリと笑う。
……いや、別に一緒にしてるとか言ってないし。
「今までのアナタの試合、分析させてもらいましたよ」
「はあ……」
「僕の分析によれば君が僕に勝てる確率はおよそ256分の1」
あー、データ重視の頭デッカチタイプか。
こういうやつ、スポーツ漫画とかにはよくいるよねー。
「ふふふ。この圧倒的な確率差……お気の毒ですが、あなたの勝ちの目はほとんどありませんよ」
うーん、にしても何故こう皆、執拗に挑発してくるのか……相手を煽らないといけないルールでもあるのかしら?小学校高学年くらいの子だし、調子に乗っちゃうのは分かるけどね。
やれやれ、でも……
「確率確率って言うけどさ……君、どんな計算したの?」
「……何?」
わたしもこの挑発合戦、何だか楽しくなってきたのよね。
「単純な確率計算にも、重複する要素を含む場合にはそれを考慮して計算しないといけないけどそれは分かってる?場合の数の計算なら順列(P)と組み合わせ(C)でも求め方は異なるし、そもそも確率計算の基本である和の法則では事柄AとBがどちらも起こり得る事を想定して…」
「ちょ……え、あ!?」
「…対して積の法則ではAとBは同時に起こり得ないケース、m×n通りという計算式となる訳。これはあくまで基本中の基本。でも、そんな事すらわからない人が確率確率言っててもおかしいでしょう? で、それを踏まえて答えて欲しいんだけど、例えばn≧3の時、1、2、3、4と数字がnまで並んでいたと仮定して、その中からランダムに数字を3つ取り出して組み合わせを作るとしたら…」
「いや、な、な、何の話だ!?君は一体何を……」
「……まあ、算数じゃ分からないか。この数学の話は」
小学生くらいの子を相手に高校数学の基本知識でマウントを取る……我ながら大人げないね。
「なッ……何だと!僕を……"オービターの機械式"と恐れられるこの果東毎里男を侮辱するのか……身の程知らずのド低脳め!」
ジャポネシアの学習レベルは分からないけど、簡単な確率の問題はわたしのいた世界では小学生でもやるし、今話した内容だって教科書にも普通に乗ってる話だ。ちゃんと学習してる子なら付いてこられるけど、こういう確率確率言うやつに限って教科書の基本的な内容はおろそかにしがちなもの。そう思ってハッタリかましてみたけど、ドンピシャだったようね…………さあ、トドメよ。
「あら?ド低脳なんて言葉は自分よりも低脳な相手に使うべきじゃないかしら?」
「あ……!?」
わたしは開始時間ギリギリを見計らない、最後の煽り文句を叩きつけた。
「て、てめェ……!」
「これより3回戦を始めます!マツシタ選手、果東選手、開始線について!」
「…………〜〜〜ッ!」
ふふふ、効いてる効いてる。言い合いでは最後の台詞をどちらが言うかが重要。口喧嘩とは、そこまでタイミングを計ってやるものよ……て、そういえばこの手の罵り合いは昔、兄貴とよくやったなぁ。小さい頃は口喧嘩じゃ全然勝てなかったけど小学校高学年にもなるとほとんどわたしが論破して兄貴が喚いて終わっていた。思い返せば馬鹿馬鹿しい事でばかり口喧嘩してたけど、今思い返すと懐かしい。
「それでは待ったなし!小決闘発揮陽〜〜〜……」
「行け!三盾走亀!」
えっ!?
「轟!!」
更井さんの開始の掛け声が終わるか終わらないかのタイミングで果東毎里男はいきなり小懸騎士を放り込む……て、フライングじゃないの、それ!汚いぞ!
「全速力でフッ飛ばしてやる!! 三盾走亀!! "追尾赤甲"、発射!!」




