第100話 ハロー・ニューワールド!
前回のあらすじ:サシコの目に秘められた力が明らかに!一方アカネは【富嶽杯】の一回戦を突破!
※一人称視点 サシコ→アカネ
「ここは……」
アタシとコジノさんが手錠をつけられ連れて来られたのは金鹿馬北斎が自身の研究室と称する広間。
部屋の奥から伸びる青白い光に照らされた不気味な空間には、壁にびっしりと本棚が並び、よくは分からないけど恐らく何かの儀式に使うであろう器具が散乱している。雰囲気としては紅鶴御殿で見た吉備牧薪の司教の間に近い。
……金鹿馬北斎って一応絵師なのよね?何でこんな研究者みたいな部屋を持っているのだろうか?
「こんなでっかい部屋をよう作ったね……ここは船の中やろう?」
コジノさんが金鹿にそう指摘する。
牢屋に連れて来られた時は目隠しをされていたが、水上特有の揺れからここが船内というのは分かる。これほど大きな部屋を船内に作れるほどの巨大船……十中八九、アカネさんが乗った能飽の方舟だろう。それは、さっきまでいた小太りのキモい爺さん(板岱屋の偉い人らしい)が「そろそろ主賓席に戻らないと」と言って去っていった事からも伺える。
アタシは結局元いた場所に戻ってきてしまった訳ね。
「ヒェッヒェッヒェ……能飽の方舟は新世界に持っていく旧世界の文明の全てじゃからの。必要な設備は全て整っておる」
う……またワケの分からないことを……
「さ・て・と……早速だが君らには吾輩の崇高な計画に協力して貰おうと思うのだが」
ミヴロ郊外の廃墟での戦い……金鹿はアタシたちを殺さずに捕えた時にも計画に役立てる為とか言っていた。金鹿にとってアタシたちには何か利用価値があるという事だろうけど……
「計画って……そもそも何が目的なのよアンタ!一体何がしたいの!」
意味深な事ばかり言って一切説明しない態度、イライラするわー!吉備牧薪もそうだったけど、自分だけ分かったようは口振りをして人には説明しないヤツってホントなんなんだろうね!
「説明なら何度もしてるじゃろ?吾輩の目的は新世界を創ることだと」
ああ!? この期に及んでまだ抽象的な事を言う!?
ボケてるのかしら、このジイサン!
「何が新世界よッ!」
アタシは激昂し、手錠をつけられたまま金鹿に食って掛かる。
「サシコちゃん、落ち着き!」
コジノさんに諌められるも、苛立ちは収まらない。
「御庭番を裏切って国家転覆でも狙っているんだろうけど、そんなの上手く行くワケないじゃない! ホント馬ッ鹿じゃないの? だいたい悪魔絵師だか万能の芸術家だか知らないけど、新世界を創るだなんて神様じゃあるまいし…」
「そう!そこが肝じゃ!」
……は、ハァ??
「世界を創ることが出来るのは神だけじゃ!しかし、神への道は遠く険しく、そして不条理……人の歩める道ではない。少なくとも賢者の道では通じない。神に近づくには己が愚者にならねばならん。馬鹿の道こそ覇業に通じる。だから馬鹿じゃないかと問われれば吾輩はその通り!と答えよう」
???
こ、コイツ、何を言って……
「馬鹿げた事を叩いて、こねて、ちぎって、溶かし、ひっくり返して、混ぜてみて。いつしか馬鹿が自分の名前に入る程、愚直愚昧に生きてようやく見える……遥か高みの神の領域!新世界【富嶽】、その頂が!」
何?この人、本気で言ってるの?
やっぱり頭がおかし…
「……!!」
瞬間──頭の中の線が繋がる。
「吾輩は今、ようやく見えた。この世界を創造した神の視点。海を山を木々を人を……思いのままに作り壊す絶対者の景色」
金鹿が今まで口にしていた戯言……
古い価値観のない無限の原野。
汚れのない原初の景色。
始祖となって開闢する世界。
選定。繁殖。創造……そして、マガタマ。
金鹿馬北斎の極彩色の羽織に刻まれた「鹿金」……いや「鏖」の文字が目に入る。
「察したかね? 新世界とはつまり吾輩が選定した人類以外を綺麗さっぱり"鏖"して、その後の世界を無から造り直すことじゃ」
人類を……皆殺す!
そして、人類が滅んだこの大地で新世界を築く!
あまりに馬鹿げた妄想だけど、淀みなく話す金鹿の言葉には有無を言わさぬ真実味があった。コイツ……狂ってるけど本気だ!本気でそんな大それた事をやろうとしてるんだ……
「そ、そんな事できるワケ……」
「出来る!この吾輩の知恵と、アレさえあれば!」
金鹿は部屋の奥を指差す。その枯れ枝のような指が示す先は部屋を不気味に照らす青白い明かりの光源──
すると木の根が掛張り巡らされたような形状の黒い台座がひとりでに動き、光を放つその物体を覆う黒い根が一本、また一本とはがされていく。
「ま、まさか……アレって!?」
「ヒェッヒェッヒェ!そうじゃ、アレが……俗に言うマガタマというやつじゃ」
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦∦
≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≷≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶≶
「ほお。貴様が駝場文鳩を倒した女か」
傷面に禿頭。さらに陣羽織のような物々しい装束……まるで歴戦の武将のような出で立ち。例によってとても年下には見えないほど貫禄のある少年と、試合前に相対する。
「お手柔らかに」
握手を求めて手を差し出すも対戦相手の少年……甲斐田震源君は「フン!」と一瞥して、手を払いのける。
「小決闘は殺るか殺られるかの戦……敵に対してそのような生ぬるいマネはせん」
えー、感じ悪ぅ〜……
さっきの対戦相手の子もそうだったけど、【富嶽杯】の参加者てみんなこんな感じなの?
「一回戦は運良く突破した様だが、このワシ甲斐田震源と山火林風は運だけで倒せるほど甘くはないぞ」
甲斐田震源は開始線についてもまだこちらを挑発してくる。
……なんと言うか皆、おとなしく出来ないのかしら?
「これより2回戦第一試合・マツシタ・アカネ 対 甲斐田震源の試合を始めます!」
でも、せっかくだからわたしも何か言い返しとこうかしら。え〜と……
「所詮は女人の戦い。圧倒的なワシの兵法で一気に叩き潰して…」
「そこの君!」
「ん?」
「……あまり強い言葉を使わない方がいい」
「……あっ?」
「弱く見えるわよ」
……ど、どうかしら?
何かどっかで聞いた事があるような煽りだったけど……
「……許さぬ」
「え?」
「許さぬぞ、女ァ〜!?」
めっちゃ効いたー!!
やっぱ見た目はアレでも、中身はみんなガキンチョなのね!!
「それでは待ったなし! 小決闘発揮陽……轟!!」
開始の合図とともにお互いが小懸騎士をバトルゾーンに投げ入れる。
「見せてやろうリャマナスを制した我が応変の兵法…………まずは、疾きこと風の如し!」




