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兄を訪ねて三千世界! ~草刈り剣士と三種の神器~   作者: 甘土井寿
第3章 混迷の中原編 (オヤマ村周辺〜ミヴロ)
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第98話 黄泉の狭間!

前回のあらすじ:【龍の玉視】【玄野伊弉冊の像】……サシコにまつわるそれらの言葉の意味とは?



「【玄野伊弉冊(クロノイザナミ)の像】を使ったでしょう?」



 鼓動が早まる。

 コジノさんの言うクロノイザナミの像という言葉には聞き覚えがなかった……けど、それが何を指しているかはすぐに分かった。



「アナタは紅鶴御殿で()()()を見つけ、その言葉を聞いた。そして、像の導きに従い、()()()()()を開いた……そうでしょう?」



 ……間違いない。紅鶴御殿の中庭に建つ古びた小さなお堂。その中に祀られた()()()()……【玄野伊弉冊(クロノイザナミ)の像】とはあれの事だ。



「…………はい」



 そうか。七重隊長すら知らなかったあの銅像の事をコジノさんは知っているのね。


 太刀守殿にも七重隊長にもアカネさんにも話さなかったアタシの秘密……思い返せばアタシがあれを知り、計らずも利用する事になったのは七重隊長に沼御膳の儀を行うと告げられた前の日の夜の事だった。




───────────



─────



───




「はぁ……憂鬱だなあ」



 リンリンと虫の声だけが遠くに聞こえる静寂の夜。


 アタシはその日の修行を終えて、ヘトヘトになりながらも自室を目指して紅鶴御殿を移動していた。



「ううぅ、いきなり実戦をすると言われたって……そんなの絶対うまく行くワケないよー!」



 修行の終わりに行う日課の素振り500本の前に、七重隊長は「沼御膳の儀式」なる実戦訓練を翌日行う事を告げて去っていった。口ぶりから言ってその訓練は六行の技を使って何者かと戦う形式であり、隊長曰く命を落とす危険すらも孕んでいるという。


 アタシはまだ六行の修行を始めて1ヶ月足らず……そんな初心者同然の者にこんな無茶な試練を与えるなんて、やっぱり七重隊長は鬼だ。鬼教官だ。思い返せば太刀守殿も剣を覚えて間もないアタシを伴い、修行と称していきなり山賊の根城を攻めた。


 戦乱の時代に修羅場を幾度もくぐってきたからなのだろうけども、どうも彼らは自他の命に対する感覚が軽いというか、危険に対する心構えが違いすぎる……でも、アタシもそれについていけなくちゃ太刀守殿の旅に追いつくなんて夢のまた夢だ。ここは何とか歯を食いしばってでも耐えて、隊長の期待にも応えてみせよう!


 そのためには今日は明日に備えて早く体を休めなくちゃね…………て、んんっ?



「あれは……」



 ふと、中庭に目を向けると、雲間から指す満月の月明りがある一角を舞台の局所照明のように浮かび上がらせていた。



「お堂……?」



 そこには古びた小さなお堂が建てられていた。

 神事を司る紅鶴御殿の中には至るところに神仏や聖者を祀る部屋があり、中庭にもそのような所があって何ら不思議ではないけど…………あんなところにお堂があるなんて今まで気が付かなかったなぁ。



 アタシはなんとなしに中庭に出て、そのお堂を覗いてみた。

 四畳ほどの空間には埃を被った女神の象がポツンと一柱あるだけで、他には何もない……他の神仏を祀る間には神具やお供え物なんかがたくさんあるが、このお堂は実に簡素で、手入れもされずあまり大事にされているようには見えなかった。


 だけど、その像には自然と人を惹き付けるような存在感というか妖しさが感じられた。何の神様かは分からないけど、ずっと見ていると心を奪われてしまうような……ともかく不思議な魅力があった。まあ、こんな物置みたいな所にいるという事は、あまり位の高い神様じゃないのかもだけど……



 ……っと、のんびり銅像を眺めてる場合じゃないわね。まだまだ未熟者のアタシにとっては休む時間だって一分一秒も惜しいのだから。この銅像の事も何故か気になるけど、それはまた暇のある時にゆっくり見に来る事にしよう。



「はーあ、1日があと50時間くらいあればなー」



 ボソリと独り言を呟き、お堂から出て中庭を歩き出す……と、その時!



「 汝…… 孤雲の時を求める者か…… 」



「ふえっ!?」



 突然、背後から声がした!



「誰かいるの!?」



 お堂の中には誰もいなかったはずなのに……誰かのイタズラ?

 

 アタシの問いかけに対し、その声の主は再び同じ言葉を繰り返して答えた。



「…………汝…… 力を求め…… 孤雲の時を所望する者か…… 」



 振り返ると、お堂の中の銅像の目が青白く光っており……にわかに信じ難いが、銅像がこちらに語りかけている様であった!



「え…………ちょ……なに?これは……」



 黒子人形のような操り傀儡……じゃ、ないよね!?

 それじゃ六行の力で自動で開く扉のように、何か紅鶴御殿の研究を使った仕掛けがあるとか?何か普通じゃないのは間違いないけど……



「……?」

 


 アタシは混乱しながらもその銅像に警戒していると、ふとある事に気がつく──音がしないのだ。今日は確かに静かな夜だったけど、虫の鳴き声すら聞こえない。いくらなんだって静か過ぎる……そう思って周囲に目を凝らすと、中庭の木から落ちる葉っぱが空中でピタリと止まっており、池の中の鯉も微動だにしていないのが目に入る。


 こ、これは…………じ、時間が止まってる!?



「 汝…… 孤雲の時を求め…… 己が力の研鑽に努めんと欲するならば…… 汝の秘めたる可能性と等価の時限において黄泉の狭間に身を置く事を許そう…… 」



 銅像は再び、アタシに問い掛けを投げる。


 時間を止めているのは……この銅像!?

 何!? 何よ、黄泉の狭間て!?この時が止まった世界がそうだっていうの!?



「貴方は……一体なんなの!?」



「 …………力を求めし者、現れし時……未来を対価に力を得るべき時を与えるのが我が役目…… 」



 時を……与える!?

 え? て事は、つまり……!?



「 黄泉の狭間は現世の時間から隔絶された空間…… 力を練磨するため最適化された環境…… 汝をこの空間に踏み入るに資格有りと見なした…… 」


 

 この止まった時間の中で修行する時間をくれるという事!?


 修行中のアタシにとって時間はいくらあっても足りない。

 少しでも太刀守殿に近づく為には、一分一秒だって欲しい。

 それを与えてくれるというのは願ってもない事だけど……



「 しかし…… 黄泉の狭間を使うには制約がある…… 制約は汝が差し出す代償の多寡によって決まる…… 」



「だ、代償?」




───



─────



───────────



「……黄泉の狭間の使用には制約がある。まず黄泉の狭間を維持できる時間は使用者の呪力に比例する……そもそも呪力の足りぬ者には1秒すら空間の維持ができない。また呪力が足りていたとしても使用時間に応じて発生する代償……狭間に身を置いた時間に十倍する時の寿命を差し出さねばならないけん、普通ならおいそれと使う事はできんけど……」 



 そうだ……

 黄泉の狭間にいた時間は現実世界では時間が進まないけど、これはいわば時間の前借り。しかもとてつもなく高い利子付きの。


 黄泉の狭間を1日使えば10日、2日使えば20日、1年使えば10年……自分の寿命を失う事になる。仮にそれだけの時間を使って確実に成果を得られるのならば相応の価値はあるかもしれないけど、あくまで黄泉の狭間は時間を得るというだけでその中で成果を出せるかは自分次第。成果も出ずに無為に寿命を浪費するだけの恐れもあるし、命の危険が差し迫っているならまだしも、そうでない状況で使うなんてとてつもなく愚かで刹那的な行為だ。


 そんな事は言われるまでもなく分かっていた。こんな事したって太刀守殿が喜ばない事も。それでもアタシは……



「ウチも紅鶴御殿にいた時あの像の存在を知り──近衛兵の試験に合格するために黄泉の狭間を使用した。ウチの使用限界時間は80日。そのうち72日を使ったけん。つまり約2年の寿命を削って短期間の内に強さを得たばい」



「やっぱりコジノさんも黄泉の狭間を使ったのね」



「まぁね……アホな事とは分かっとったけど、使わずにはいられんかった。サシコちゃんもそうなんやろ?」



「……はい」



「その表情を見るに……かなりの時間を使ったようやね」



 コジノさんに問われると、再び鼓動が早くなる。



「どれくらい使ったん?」



「2年」



 ……今日この時まで、なるべく思い出さない様にしていた。あの2年の事……ほんの2ヶ月前の事だけど、太刀守殿に再開して旅のお役に立てるようになった事が本当に嬉しくて自分の愚かな選択からも目を背けていた。

 太刀守殿に追いつくために寿命を20年も差し出した事……墓場まで持って行きたかったこの秘密を計らずもコジノさんとは共有する事になってしまった。



「そう。今、この時の強さを得るために20年……か。サシコちゃん、アナタも結構狂っているね」



「コジノさん……この事は……」



「言わんて、誰にも。ウチの事だって師匠にも言っとらんし。ただ、自分と同じ様なコがいるんだなって思うと少し嬉しくて。そんで話をしたかっただけたい」



「コジノさん……うぅ……」



 自然と涙が出る。

 秘密にしていた事だったけど、アタシも心のどこかで誰かと話を共有したかった。自分を理解してくれる人がいる……これがこんなにも救いになるなんて思わなかった。例えそれが敵同士であっても……

 


「しかし、2年とは……それ程の期間、黄泉の狭間を維持できるなんてやはり【龍の玉視】の力は凄かたい」



「……ぐすん…………ギョクシ……さっきから気になっていたのですが、ギョクシというのは一体……?」



「ああ、それも説明せんとか。本当は師匠からあまり他言するなと言われとるんやけど……まあ、いっか。【玉視】というのはね……」




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