第8話 対決・御庭番十六忍衆①! VS阿羅船牛鬼
前回のあらすじ:ガンダブロウはオウマの見張り棟に放たれた刺客、阿羅船牛鬼と相対する。帝に逆らってでもガンダブロウには通したい決意があった……草刈剣士VS御庭番十六忍衆!果たして勝負の行方は……?
「な……太刀守だと!?」
「ああ、そうだ」
牛鬼は俺の姿をまじまじと観察すると、あからさまに人を侮ったような笑い声を上げた。
「ぬっはっはっは! こんなところで見張りなどしておると頭が狂うらしいな! 貴様が太刀守ぃ~? ぬっくっく、笑わせおって!」
「…………信じる信じないは勝手だが、引かぬというのなら覚悟を持って立ち会いに臨む事だな」
「立ち会い? その鎌一本で……御庭番の剣客と? ぬはは! どこまでも笑わせる男だ! 見張り兵など辞めて、道化師にでもなるがよいだろうよ!」
「では、勝負は成立だな」
「ぬはッ! 勝負になどはならぬ! 何故なら貴様は一歩も動けずに、ソレガシに一太刀で斬り伏せられるのだからな!」
そう叫ぶと、牛鬼は刀を抜いて大地を蹴った。
同時に、周囲の空気が歪み、岩でもくくりつけれられたかの様に俺の身体は何倍にも重くなった。これは土行の力……"凝固重点"の作用だな。
「喰らえいッ!」
牛鬼は動きが重くなった俺に対して横薙ぎ一文字の剣を放った!
「横薙ぎ・"縛不破壟"!」
迫る白刃!
これを止めるには2本……3本……いや、5本だな。
5本すべての指がいる。
俺は左の空き手を牛鬼の放つ剣閃に対して水平に構え、わら半紙を掴むように、そっと……迫る白刃をキャッチした。久し振りに触れる刀の刀身はひんやりと冷たい。
「なっ? にィ……!?」
「おっ、名刀"野牛重米松吉"か。いい刀を使っているな」
捕らえた白刃を流すように離してやると牛鬼の体勢は崩れ、よろけ足で数歩間合いを離した。
「やるな、牛鬼。太刀守に剣を止めさせるのに5本も指を使わせるとは……」
牛鬼は一瞬、何が起こったか分からないという顔をしていたが、直後には体勢を立て直し再び俺の正面に相対した。
「くっ、では……これはどうだ!! 袈裟斬り・"刃居蹲"!!」
牛鬼の放った二の太刀は切っ先が重力を歪めるほどに「呪力」が込められた斬撃だった。
すさまじい破壊力を秘めた剛の剣だが、緩急が無い。
ズドン!と、音を立てて剣激が着弾した地面は大きく抉れたが、俺はその瞬間には袈裟斬りをかわして牛鬼の背後に周りこんでいた。そして、静かに牛鬼の首元に鎌を突き付ける。
「大した剣腕だ。しかし、俺を斬るにはちょっと工夫が足りないな」
「ぬぐっ……!」
二流の剣士ならば、背後を取られた事に錯乱して暴れだすか、命乞いかするところだろう。しかし、牛鬼はその下劣な品性とは違って勝負の結果には潔い態度を見せた。
「ソ、ソレガシの負けだ。信じがたいが…………その人智を越えた身のこなしは紛れもなく太刀守だ……」
牛鬼は剣を手放し地面に落とした。
これは剣士同士の立ち会いで負けを認めた時に行う所作である。
それと同時に遠巻きで勝負の行方を見守っていたサシコから歓声が上がった。
「太刀守殿~~~~~~!!!!」
俺は鎌を牛鬼の首から離してやり、サシコに目を向けると手を挙げて跳びはねていた。服を破かれているというのに、手で隠す事も忘れており胸部あたりの肌が露になりそうになっていた。む、目のやり場に困る……
「あの時……村を守ってくれた時と同じだ。また、太刀守殿は私を守って下さった……うう……」
サシコめ、涙まで流して大げさな……そんなに喜ばれてはこちらが照れるではないか……
視線を隣に移すと、アカネ殿がこちらを見て目を丸くしていた。これで彼女の依頼は達成したが、満足してくれただろうか。
「ねえ、あなた……サシコちゃんだっけ? ガンダブロウさん、ちょっと信じられない程強いみたいなんだけど…………一体何者なの?」
「あの方は……」
サシコは涙を拭って胸を張って宣言した。
「あの方は……大陸最強の称号たる”太刀守”の名を十代で与えられた稀代の天才剣士! 数々の剣豪や武芸者を打ち倒し、エドンに無双の伝説を築いたジャポネシアの生ける武神! 村雨"太刀守"岩陀歩郎殿です!」
ちっ、そういう誇大広告みたいなのは恥ずかしいからやめてくれと何度も言ってるのに……
「……どういう巡りあわせなのかな? そんな凄い人とこの世界に来ていきなり会えるなんて…………」
しかし、アカネ殿も何だか少し嬉しそうな表情である。
いや、あんまりサシコの過大評価を真に受けられても困るが……
まあ、今はそんな事はどうでもいい。
俺は目の前で膝をついて下を向く牛鬼に声をかけた。
「命まで取るつもりはない。敗北を認めたのなら、このまま王城に帰るがよい」
「……」
「竜騎士の事は気の毒な事をした。仇討ちならいつでも挑戦を受けるが、今は…」
「いや。師の事は戦場の倣い。恨んではいない……貴殿の事もいち剣士としては尊敬しておる…………だがな」
その時、牛鬼の体から呪力とは別の禍々しい気が発せられるのを感じた。
「むっ! これは……!?」
「新参とはいえ、俺も御庭番の一員! 立ち合いには負けても…………任務に失敗する訳にはいかんのだ! 例え相手が誰であろうとも!! ヌウゥーーーーー!!!!」
「何ィ!?」
牛鬼の体が異形に…………
そして巨大に変質していく。
数秒のうちに、牛鬼の体は十六尺(約480cm)はあろうかという巨駆のバケモノに変貌を遂げてしまった。その姿は牛の頭に鈎爪のついた足が八本という、まさに妖そのものであった。
「そ、そんな~~~!??」
サシコの悲鳴が上がる。
「な、なにあれ!? バケモノ!? この世界にバケモノがいるなんて神様から聞いてないけど!?」
「牛鬼…………妖に魂を売ったか!」
「ヌフゥ~~…………オンナ……強大ナチカラ……ヌフゥ…………ツレカエル」
牛鬼(妖怪形態)は八本の丸太のような足を這わせ、獲物を狙う蜘蛛のような突撃を見せた。巨大な角と振り回す鉤爪の威力で、周囲の木々を軽々となぎ倒す。
「チッ!」
俺は攻撃を回避しつつ、すれ違い様に鎌での反撃を試みた────しかし、わすがに皮膚を傷つけた程度で仕留めるどころか動きを止めるにも至らなかった。
「ヌ……ヌ……」
牛鬼は方向転換し、再びこちらに照準を合わせた。
俺は背後を振り返るとサシコとアカネ殿の姿が目に入る。
ちっ、このまま突っ込まれては彼女たちを巻き添えにしてしまう……!
「くそっ! こっちだ!」
俺は牛鬼を引き付けるように、サシコたちがいる方向とは逆に走り始めた。
「ヌモゥウウウウーーーー!!!」
牛鬼はおぞましい雄たけびと共に、俺が走る方を追跡してきた。
「ガンダブロウさんっ…………!」
「太刀守殿ーーー…………!」
俺はサシコとアカネ殿の声を背に受けつつ、出来うる限り牛鬼を引き離すべく逃走を試みた。
「ああ、そんな……太刀守殿があたしたちを庇って行ってしまわれた……」
「ねえ! これは結構やばいよね! 助けなくちゃだよね!」
「でも、あんなバケモノ相手に出来る事なんて…………はっ、そうだ!」
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「ハァハァ……! さすがにあの図体ッ! やはり、この鎌だけでは倒せんな……」
サシコたちから牛鬼を引き離すために俺はいつの間にやら見張り棟まできていた。
その間、牛鬼の攻撃をかわしつつ何度か反撃を試みたものの、ダメージはまったく与えらていなかった。やはり、こいつを倒すにはもっと強力な武器がいる。
「ヌガアアッ!」
牛鬼が嵐のような鈎爪攻撃を見舞うと、見張り棟の壁やら屋根やらが崩れ飛んだ。
そして、この攻撃で不覚にも唯一の武器であった鎌をはじかれてしまう。
「ぐ……しまった!」
このままではジリ貧。
せめて刀さえあれば…………
「太刀守殿!」
ふいに声が聞こえた。
振り返ると、見張り棟の物置からサシコが半身を出していた。
「サシコ! 何故こっちに来……」
言葉を続ける間もなく、サシコは刀を放り投げてきた。
「以前掃除している時にみつけたんです!! この見張り棟にある唯一の刀…………使ってください!!」
サシコめ、無茶をしおって……
しかし、この僥倖は偶然ではあるまい。サシコが刀を見つけられたのはこんな職場でも腐らずに仕事に取り組んだ賜物だろう。無駄に見えた日々の営為がこんな形で身を結ぶとは……人生とは本当に面白いものだ。
俺は鞘に納められ刀を右手でガッチリと掴んだ。
そして、その瞬間────
俺の脳裏には帝に命じられた言葉が反芻される。
( 「太刀守なんて大層な名前は恥ずかしいだろう?」 )
……
( 「お前は今日から"草毟守"だ。精々仕事に励んでくれたまえ」 )
…………
( 「そうそう、お前は金輪際、剣に触れてはならないぞ。もし触れた事が知れればその時は謀反と見なすから」 )
……………………知ったことかァ!!
「ヌモゥーーーーー!!」
俺は迫り来る牛鬼に対し、刀を抜き……
鉤爪の薙ぎ払いに対して剣激を放ち、八本足のうちの一本を切断した。
「ヌガアアッ!!!!」
「帝の指示などクソくらえだ!」
俺は剣を正面に構えると、牛鬼に対して一歩前へと歩み出た。
数年ぶりに触れたというのに、刀の重さは自然に手に馴染む。
「待たせたな牛鬼。決着をつけようか」
この時初めて気が付いた。
数年間、草刈りをしていた時の鎌の動き……この毎日繰り返していた動きに俺は無意識の内に、剣術の動きを重ね合わせていた。
その経験が、数年振りに振るう剣技に自然と身のこなしを追い付かせているのだと。
「タチノカミ…………テキ…………コロス…………ヌモオオオオオオ!!!」
牛鬼は残る7本の足と2本の角を猛然と振り回し、突進を開始した。
その勢いで、走路の見張り棟は全壊。
おそらく爪も角も、牛鬼本来の土行の力で硬質化させているのだろう。
「エドン無外流『逆時雨』…………」
しかし、刀を手にした”太刀守”にとっては、その攻撃も恐るるに足りなかった。
瓦礫の雨の中、俺は身を深く沈めて牛鬼の特攻を迎え撃つ!
「 秘 剣 ・ " 鬼 の 爪 返 し " !!!! 」
俺はすべての足を捌ききり、心臓に渾身の突きを叩き込んだ!
「ヌゥウグガアアアァァアアァーーーー!!!!!!!」
放った剣閃は白銀の光となって牛鬼の体を打ち砕く。
会心の一撃だった。牛鬼はうめき声と共に土煙を上げて倒れ込んだ。
妖と化した牛鬼の体は、みるみる内に崩壊していき、数秒後には生身に戻った牛鬼が瓦礫の中に横たわっていた。
近づくとまだ息はあったが、もう永く無い事はすぐに分かった。
「バラギの牛騎士よ。辞世の句を聞こう」
どんな相手であれ、倒した相手には敬意を払うのがサムライの倣い。また、サムライに限らず命を張って戦う前線の戦士たちは、いつ自分の身に何が起こるか分からぬが故、辞世の句をしたためているのは当たり前のことであった。
そして、立ち会いに勝利した側は辞世の句を聞き届け、介錯をするまでが礼なのである。
「…………空にはチェクバの白い雲…………野には緑を映す水…………この美しい大地に…………再び……剣の……………………ち、秩序……を……………………」
そう言うと、牛鬼は介錯をする前に事切れた。
チェクバは旧バラギスタン帝国領内の地名。おそらく彼の故郷だろう。
故郷か……そういえばエドンにはしばらく帰っていなかったな。
「ガンダブロウさ~ん!」
「太刀守殿~!」
背後からサシコとアカネ殿が駆け寄ってくる声が聞こえたが、返事をする元気は無かった。
……さすがに疲れた。
あと、腹が減った。
「そういえば今日は朝から何も口にしていなかったな」
俺は帝の禁を破り剣を使用。そして、あまつさえ、帝直属の御庭番十六忍衆を討ち倒してしまった。
安穏の日は終わり、幾多の受難が明日から待ち受けている事は間違いなかった。
しかし、今はとりあえず腹ごしらえだ。
それからのことは、飯を食ってからゆっくりと考えることにしよう。
≪どうでもいい雑記①≫ 地名について
この世界の地名は現実の地名や行政区分とリンクさせています(見れば分かる)。
エドン公国→江戸(東京)
サイタミニカ王国→埼玉
ウラヴァ→浦和
エイオモリア王国→青森
オウマ→大間崎
バラギスタン帝国→茨城
チェクバ→つくば
あと、位置関係も微妙にリンクしています。
島と大陸なので、完全に一致はしていないけど、例えば青森は本州の最北端にあるので、エイオモリア王国もジャポネシアでは北の方に位置している……とか。
挿絵なしのファンタジー小説だと地理が分かりにくいので、そういう感じにしてみました。
なので、サイタミニカ(埼玉)なら、ああエドン(東京)のすぐ北ねと考えてもらってOKです。
ちなみに余談も余談ですが、キリサキ・カイトとマシタ・アカネの兄妹は現実世界でいう埼玉県出身です。神様がカイトに東京モンと言ってますが、神様は大阪モンなのであのへんの首都圏エリアはだいたい東京と判定しているんですね。これだから大阪モンは……




